ずーっと昔に関わらせていただいた方ですが。
その方は、奥様とふたりで過ごされていて、
食べることやら、掃除することやら、トイレにいくことやら、
日常生活上の支援があきらかに必要な方でした。
その方に対して、ケアマネジャーさんやヘルパーから、
色々な生活上のサービス導入についてご説明するのですが、
その方は、そんなこと(!)より、もっともっと別のことを求めていました。
それは、「生きてきた証」です。
こんなことをおっしゃっていました。
「私は人が作ったレールの上を歩くのは嫌で、他人にまねのできない道(人生)を築いていこうとこれまで生きてきた。自分の理想を追い求めていきていた。でも、実際には社会の色々な状況に翻弄されてここまできてしまい、いまの自分は、自分が理想としていた道とは全く違うものになってしまった。
いまは、動物のように、ただ食べ寝て生きている。
私はまだ、”生きてきた証”を残せていない。自分が生きてきたことの意味、生きてきたことの価値を見出せていないんだ。
だから、人生の証をなんとかして見出したいんだ」
こういったお話を切々と訴えられ、深く考えさせられました。
私たちケアする人間の視点は、つい日常生活上の困りごとに目が行きます。
食べること、排泄すること、眠ること、そういうことを解決することばかりに目が行きます。
でもこの方は、そういったことで困っているのではなく、「生きてきた意味」を見出せないことにあせっていらっしゃいました。
人間っていくつになっても生きてきた意味を追い求めるものなのかな・・・ってこのとき思ったのを記憶しています。
なかなか難しいテーマですが・・。