[隠された月神の系譜]1〜4 もくじ

 

【1】なぜツクヨミは隠されたのか ――消えた月の神と、日本神話に残された違和感

【2】ツクヨミと十種神宝――物部氏に隠された月の祭祀

【3】ツクヨミと世のリブート ――国常立之命、十種神宝、そして霊主体従の時代へ

【4】神々が宇宙存在だとしたら ――ツクヨミ・ニギハヤヒ・アナスタシアが示す地球の記憶

 

 本文

 

【2】ツクヨミと十種神宝 ――物部氏に隠された月の祭祀

前回までの話では、ツクヨミを追っていくと、なぜか十種神宝にたどり着きました。

 

最初は、自分でも不思議でした。ツクヨミは月の神。十種神宝は物部氏に伝わる神宝。ニギハヤヒは物部氏の祖神。神話上では、ツクヨミと十種神宝が直接結びつけられているわけではありません。それなのに、私はどうしてもこの三つがつながっているように感じていました。

 

ツクヨミ、ニギハヤヒ、十種神宝、物部氏。この四つを並べたとき、そこには「表の王権神話から外された、もうひとつの祭祀の流れ」が見えてきました。

 

 
十種神宝とは何か

十種神宝とは、物部氏の祖神であるニギハヤヒに関わる神宝とされています。

 

ニギハヤヒについては前の記事で触れたように、神武天皇よりも先に大和へ降りた神とされ、物部氏の祖神として語られる存在です。この記事では、そのニギハヤヒが携えたとされる十種神宝そのものに焦点を当てていきます。

 

十種神宝とは、一般的には次の十種類が知られています。沖津鏡、辺津鏡、八握剣、生玉、死返玉、足玉、道返玉、蛇比礼、蜂比礼、品物之比礼。鏡、剣、玉、比礼です。これらは、ただの装飾品ではありません。十種神宝には、死者をも蘇らせる力があるとも語られます。

 

ここで重要なのは、十種神宝が単なる権威の象徴ではなく、生命、魂、蘇生、鎮魂に関わる神宝として伝えられていることです。これは、太陽神アマテラスの「照らす力」とは少し違います。もっと内側に働きかける力。魂を鎮める力。失われた生命力を呼び戻す力。見えない世界と現実をつなぐ力。そこに、私はツクヨミ的な性質を感じます。

 

 
鏡・剣・玉に込められた意味

十種神宝の中でも、鏡、剣、玉はとても重要です。

 

鏡は、自分自身を映すものです。外側の姿だけではなく、内側の真実を映すもの。剣は、断ち切るものです。迷い、穢れ、偽り、不要な結びつきを祓うもの。玉は、魂や生命力を象徴するものです。丸く、中心を持ち、生命の核のようなものを表します。

 

このように見ていくと、十種神宝とは、外側の敵を倒すための武器ではなく、人間の内側を整えるための神宝だったのではないかと思えてきます。鏡で己を映し、剣で迷いを祓い、玉で魂を結び直す。これは、まさに鎮魂と蘇生の祭祀です。そして、月の神ツクヨミが持つ、夜、内省、死と再生、見えない世界の秩序とも響き合います。

 

この感覚は、伏見神宝神社の授与品袋に記されていた言葉とも重なります。そこには、こう書かれていました。

 

    

「神寶(かんだから)とは悟りの鏡

理(ことわり)のしるし

愛の力なり

大神の御心(みこころ)幸(さちは)ふ

此の御饌(みけ)により

吾が身我が心養(やしな)はん」

 

神宝とは、悟りの鏡であり、理のしるしであり、愛の力である。この言葉を読んだとき、私は、十種神宝が単なる古代の宝物ではなく、人間の身と心を養い、本来の状態へ戻すためのものとして受け継がれてきたのだと感じました。鏡で己を映し、剣で迷いを祓い、玉で魂を結び直す。それは、外側の敵を倒す力ではなく、内側の曇りを祓い、神の理と愛に沿って生き直すための力なのかもしれません。

 

 
天津神 対 天津神の衝突

神武東征の物語では、ナガスネヒコが神武天皇に抵抗します。ナガスネヒコは、ニギハヤヒを主君としていました。

 

ここでさらに興味深いのは、ニギハヤヒ自身も「天から降りた神」とされていることです。

 

つまり、神武天皇側だけが天孫系なのではありません。ニギハヤヒもまた、天磐船に乗って天から降りた存在なのです。だとすると、神武東征の物語は、単純な「天津神対国津神」の構図ではありません。後から大和へ入ってきた天孫系と、すでに大和にいた天孫系。二つの「天から来た系統」の正統性をめぐる物語として読むことができます。

 

ニギハヤヒは、最終的に神武天皇に帰順します。

 

表面的に読むと、これは神武天皇が勝利し、ニギハヤヒ側が敗れた物語に見えます。けれど、本当にそうなのでしょうか。私は、ニギハヤヒは単なる敗者ではないと思います。むしろ、後からやって来た王権が、先に大和にいた祭祀王の力を取り込み、正統性を完成させた物語だったのではないでしょうか。ニギハヤヒがいたからこそ、神武天皇の大和入りは成立した。物部氏の祭祀があったからこそ、王権は地に根を下ろすことができた。そう読むこともできるのです。

 

さらに興味深いのは、『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』系の伝承では、ニギハヤヒが天火明命(アメノホアカリノミコト)と結びつけられている点です。

 

アメノホアカリノミコトは、天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)の子とされ、系譜によっては、ニニギノミコトの兄神として語られる存在です。つまり、この系統で読むなら、ニギハヤヒもまた、アマテラスから続く天孫の流れに属する存在として浮かび上がってきます。

※アメノオシホミミ:アマテラスとスサノオの誓約で生まれた天孫系の神。

 

ここで重要なのは、神武天皇側だけが「天の正統」を持っていたわけではない、ということです。

 

後から大和へ入ってきた神武天皇の系譜と、先に大和へ降り、神宝と祭祀を持っていたニギハヤヒの系譜。どちらも「天の流れ」を持つ存在として語られている。だからこそ、これは単なる征服や敗北の物語ではなく、二つの天孫系統が統合され、表の王権が完成していく物語として読むこともできるのです。

 

けれど、その過程で、ニギハヤヒの存在は表舞台から後ろへ下げられていった。ここに、私はツクヨミが隠された構図と同じものを感じます。

 

 

 

十種神宝は、外側ではなく内側にある

十種神宝は、太陽のように外側を照らす神宝ではありません。むしろ、内側を整え、魂を鎮め、生命を結び直す神宝です。これは、月の力に近い。

 

月は、太陽の光を受けて輝きます。自ら強烈に照らすのではなく、静かに夜を照らします。見えないものを浮かび上がらせ、心の奥にあるものを映し出します。鏡は月のようです。剣は闇を切り開く光のようです。玉は魂の核のようです。

 

十種神宝は、ツクヨミの名を持たないけれど、ツクヨミ的な力を宿している。私は、そう感じています。それは、人間の内側にある十の力です。私たちは、外側の神宝を探しているようで、実は自分自身の中に眠る神宝を思い出そうとしているのかもしれません。

 

ツクヨミが隠されたのも、ニギハヤヒが隠されたのも、十種神宝が神秘の奥に置かれたのも、すべては「内側に戻る道」を示すためだったのではないでしょうか。

 

ニギハヤヒの奥に、ツクヨミ的な力がある。

物部氏の祭祀の奥に、月の神の働きがある。

十種神宝の奥に、魂を鎮め、蘇らせる夜の知性がある。

 

ツクヨミは、消えた神ではありません。名前を変え、姿を変え、祭祀の奥へ隠された神です。そして、今、その封印が少しずつ解かれようとしているのかもしれません。

 

   

【2】ツクヨミと十種神宝 ――物部氏に隠された月の祭祀

 

 

【3】ツクヨミと世のリブート ――国常立之命、十種神宝、そして霊主体従の時代へ