ハダカになろう
女の人は一人の「自分」のなったとき、
自分が何者なのかを言えるようにしておかなくはいけません。
海外で生活していたシャチョウは、こういう光景をよくみた。
ゴシップに溢れた世界とダンナさんの働く先、階級で
その妻達の序列がきまってしまう摩訶不思議な世界観。
大手の金融の部長さんちお奥さんは、自分が偉いわけでもないのに
なぜか偉い気分になってしまう・・・・・不思議なことだ。
これは、警察官の妻でも一緒だったな。
ダンナの階級が高くなると、なぜか威張るワイフ達。
そして、また現在。
児童館にいるママたちもこういう傾向が・・・・
あぁ、よくない。
これは、ちっとも自分のお手柄じゃないのよ。
私は離婚の時、コレをイタイほど味わった経験がある。
それまでは、外資系銀行員のエリート妻として不動産を見に行っても、
運転手さんの他にいつもきちんと案内する人がいた。
もっとも家賃も70万以上の所を見ていたし、感覚は完全にずれていた・・・と思う。
それが、離婚後始めて自分でマンションを借りたとき、
私は歩いて担当者と物件を見に行ったのだ。
このとき、私は今までの「おいしい」体験は私のお手柄ではなく
彼のお手柄だったということを改めて知った。
ここで、くじけたらね、いけません。
その時私は、「絶対頑張ろう」と誓ったのよ。
会社も、ダンナもなくハダカの自分になって、自分はこういうものですと言えるってことは
自分自身で輝けるということでもあります。
ほんと、これ自分が母になってとても大切だということを知りました。