初めまして。私は千葉県で会社員をしております。そして今回初めてブログを書くので、文章や言葉が拙いところがありますが、ご指南、ご助言頂けると幸いです。

 さて、最初のお題ですが、先日読んでいた地政学の本で私が関心を寄せたあるビスマルクという人物とその当時の体制である「ビスマルク体制」について紹介して参ります。

 

ビスマルク(オットー・フォン・ビスマルク)は1815年にプロシア(今のドイツ)に生まれました。その後、代議士、外交官を経て1862年~1890年までプロイセン王国首相等を務めた人物です。また、普仏戦争(1870年~71年)で勝利をおさめ、ドイツ統一を完成し、初代ドイツ帝国の首相も務めました。その後、内政では通貨の統一や世界に先駆けて社会保険制度の導入等を実施していきましたが、特に外交分野での手腕を発揮し、当時のヨーロッパにおける国際関係を築いていきました。

その国際関係が「ビスマルク外交」です。この外交政策の主な目的はフランスを外交的に孤立させつつ、ドイツが周辺諸国と良好な関係を築き、争いが起こらないようにすることでした。当時、フランスは上記でお話した普仏戦争で負けており、ドイツとしてはその報復を警戒していました。ビスマルクはドイツを仲介として周辺諸国といくつもの同盟や協力関係を築き、ヨーロッパの勢力均衡とフランスの孤立を実現していったのです。

また、国同士で国境紛争等を抱えている場合でも同盟を結んで無理やり仲良くさせ、仲介人として取り持っていました。このビスマルク体制は1890年にヴィルヘルム2世によって罷免されるまで続きました続きました。

私は今回ドイツという一国家の首相が周辺諸国をここまで複雑にしながらも勢力均衡を保っていたことに驚きました。ましてやこの時代は国際連盟等の平和組織ができる前であり、その中でも大きな争いがほとんどなく、複雑な同盟関係を維持し、ヨーロッパの平和を保つということは彼の外交手腕の高さに感心を抱きました。そして、こうした交渉力や仲介などの能力は現代の外交においても必要であり、自国の地位を高めるうえで大切なものと思いました。

以上、拙いものでしたが、ありがとうございました。