この歳になって、ようやく読みました。
『アンネの日記』。
ずっと読んでみたかったんだけど、
なかなか手に取る機会がなくて。
先日、図書館で見つけて、
今日、やーっと読み終わりました。
あー、長かったぁ・・・。
今回わたしが読んだのは、
2003年に文藝春秋から出された
増補新訂版です。
つまり、どういうことかというと。
『アンネの日記』が
彼女の父親の決断により
世に出されたのは、1947年。
それから今日までのこの日記はずっと、
短縮されたかたちで読みつがれてきました。
初版で削除されていたのは、
性への関心や母親への批判、
大人への反発心など、
アンネの心の中で
ひっそりと芽生えていた心情の部分です。
原作の日記にはそれらがみな、
赤裸々につづられていたことから
出版責任者であったアンネの父、オットー・フランクは
様々な配慮の後に、
読むのに不適切なところがない書物になおして
出版したといいます。
しかし時を経て、
彼女の完全自筆原稿を発表することは
何ら制約を受けるものではない、という
アンネ・フランク財団承認のもと
新版が公刊されることになったというわけです。
そういやこの前、
『アンネの日記』を読んでいたわたしに、
ウチの母が「こんなに分厚かったかなぁ?」と
首を傾げていましたが、
それはきっとそういうことだったんでしょう。
だけど世界的にすごく有名な作品だから
きっとみなさんも読んだことがあると思いますが。
あえて、ここで紹介させていただきますね。
ま、紹介というよりは、
わたし個人の感想みたいなものですけれど(;^_^A
アンネ・フランクといったら
「迫害されるユダヤ人」
「戦争の犠牲になった幼い少女」
というイメージがパッと浮かぶと思います。
確かに、そのとおりなんですけど、
この日記からは、それだけではない
「アンネ・フランク」というひとりの人間の
物語や思想が、ありありと伝わってきます。
例えば、愛情について。
「愛情とは、相手を理解すること、
相手を気づかうこと、
良しにつけ悪しきにつけ、
それを相手と分かち合うこと――」
例えば、幸せについて。
「どんな不幸のなかにも、
つねに美しいものが残っている。
それを探す気になりさえすれば、
それだけ多くの美しいもの、
多くの幸福が見つかり、
人は心の調和を取り戻す――」
そして、戦争について。
「戦争の責任は、
偉い人たちや政治家、
資本家だけにあるのではない。
責任は、
名もない一般の人たちにもある。
そうでなかったら、
世界中の人々は本当に立ち上がって、
革命を起こしていただろうから――」
閉ざされた隠れ家の中で
2年という歳月を過ごし、
収容所に連行された後
チフスにて15年の生涯を閉じた彼女。
わたしが15歳の時、
一体どれほどのことを考えて
日々を生きてきたのか・・・。
大人たちからは
「でしゃばりで、知ったかぶってばかり」と
ずっと批判されてきた彼女が、
日記にしか本当の思いを語れぬままだったこと。
そして、
「わたしがこれほどまでにかくありたいと願っている、
そういう人間にはどうしたらなれるのか」を
ずっと模索しながら生きていくのだろう・・・
という苦心を記した3日後に、
ドイツ秘密警察に連行されてしまったこと。
若く、未来も希望もある少女の命が
世間や大人の勝手な都合で踏みにじられたことが、
本当に無念でなりません。
ただ、彼女のこの日記が
現代までずっと残され、
多くの人に読みつがれてきたことが、
せめてもの救いだと思いました。
本当に世界中から知られすぎた作品で、
今更、こんなに絶賛しても遅いよ!
という感じなのですが・・・。
でも、一度は目にしたことがあったとしても、
昔と今ではきっと
感じることが違うと思います。
機会あれば、ぜひ
手に取ってみてくださいね(*^.^*)