「髪、染めてみよっかなぁ・・・」
彼が洗面所の鏡の前にいること、15分。
いつまで自分に見惚れているんだと呆れ半分のあたしの耳に、そんな呟き声が入ってきた。
「髪? 何で?」
「ちょっと色変えてみたほうが、カッコいいじゃん」
そう答えながらも髪をいじくっている彼に、あたしはますます呆れてしまう。
「何で今更そんな、高校卒業したての若造みたいなこと言ってんの?」
「失礼な。俺だってまだ若者だよ」
やっと彼はあたしの方を見て、口を尖らせた。
「そろそろ茶髪の季節だろ」
一体何がどうなると、「茶髪の季節」になるんだか。
「茶色にしてどうすんの?」
彼の黒い髪が好きなあたしは、どうしても明るいトーンの頭をした彼の姿が想像できない。
「別にどうもしないけどさ。
何かこう、気分が変わるっていうか」
彼はブラシで髪を梳いて、いろんな流れを作ってはポーズを決めたりしている。
その様子が何だかナルシストみたいで、あたしは思わず吹き出してしまった。
「わかった。女にモテようと思ってるんでしょ?」
「うん、そうそう・・・って、違うだろ。
そういう時期はもうとっくに通り過ぎました」
さっきは自分のこと、まだまだ若者だって言ってたくせに。
「お前さ、彼女だろ。そういうこと言うかフツー」
彼は、やれやれという口調でそう言った。
「だってさ、鳥や蝶のオスって、やたら見た目キレイじゃない。
あれってメスにモテるためなんでしょ」
「鳥や蝶の自己顕示欲と一緒にされてもなぁ・・・」
そう嘆きつつ、彼が半分遊びで逆立てた毛先は、本物の鳥みたい。
「なりたい自分、ってのがあるだろ」
ふと、彼はそう呟いた。
「なりたい自分?」
「そう。 別に意味はないんだけどさ、
こんなふうにしてみたらいいかもな~っていうちょっとしたビジョン。
女にモテるためでもなく、周りに差をつけたいってわけでもなく、
自己満足にしかすぎないけれどコレが結構重要だ・・・
っていう自分像だよ」
「ふーん・・・」
「ってか、お前にもあるだろ、そういうの」
彼に指摘されて、あたしはう~んと考えてみる。
確かに、ないことはない。
すぐそこのスーパーに行くのにもちょっとした化粧は欠かせないし、
気に入った服を見つけたらどうしても買わずにはいられない。
前者は身だしなみでもあるし、後者はおしゃれでもあるけれど、
やっぱりどっちとも自己満足という要素が強いかもしれない。
人は何のために、自己顕示するのか。
「でもあたしは、黒髪の方が似合うと思うけどなぁ」
相変わらず乗り気でないあたしの言葉に彼は苦笑いして、
「そう言うと思った」
と、案外楽しそうな声で応えた。