「冷蔵庫の奥には小人が住んでいる」
突然、彼女はそう呟いた。
気でもふれたか?
俺は不審な顔つきで、テーブルで肘をついている彼女を見つめる。
彼女はもう一度、同じ台詞を繰り返した。
「だから何の遊びなわけ、それは」
恐る恐る、だけどちょっぴり呆れたように、俺は尋ねる。
「テレビを消して。そして、耳をそばだててみてよ」
いつもとは違う真剣な表情。
俺はテレビの電源をオフにして、彼女の言うとおり冷蔵庫の方に神経を集中させた。
クイズの答えが気になるところだけど、背に腹は変えられない。
彼女の異常な様子の方が、俺には大事だ。
「別に何も、聞こえないけど?」
躊躇いがちな俺の声に対して、彼女は目をつぶったままぴくりとも反応しない。
やれやれ、一体何なんだ。
「よく聞いて」
そう言われても。
どんなに耳をすませてみても、冷蔵庫に小人が住んでいるような物音なんて一切聞こえない。
大体、何を根拠に、こんな突飛なことを言い出したのだろう。
「実際に小人がいるところをみたわけ?」
相変わらず、彼女は無反応。
俺は小さくため息をつき、彼女のお遊びにとことん付き合う。
「小人は人間の前には姿を現さないのよ」
「なるほど」
「だからあたしも、姿を見たことはないの」
「なんか昔、そういう物語があったな。
真夜中にこっそり、靴屋の手伝いをする小人の話」
「その小人はいい小人でしょ。うちに現れるのは、悪い小人なの」
「悪い小人?」
「夜中にこっそり、あたしのババロアを食べちゃったの」
ババロア。
思わず、俺は笑ってしまった。
「ごめん、あれ、食ったの俺」
ずっとつむったままの目を、彼女は開いた。
まずった、と思った。
悪気もなく正直に言ってしまったけれど、しらばっくれておけばよかっただろうか。
だけど、とぼけて責任逃れするのも情けないし。
「あの、ごめん・・・な?
また同じの買ってくるからさ、機嫌直せよ・・・な?」
大きな目玉をぐりんと動かし、彼女はその瞳孔に俺をとらえる。
「小人がようやく、自分の正体に気付いた」
マズい、怒ってる。
見えない冷や汗が、だらだらと流れ出ているような気分だ。
「明日までにババロア100個。よろしくね、小人さん」
そんなに買ったら、全部食べきる前に腐らせちまうだろ。
そう突っ込みたかったけれど、悪魔の麗しい笑顔で小指を差し出されては、こっちも愛想笑いしながら小指を握り返さないわけにはいかない。
そんな小心者の小人の俺なのだった。