ケーキを作ろう。
誕生日でもクリスマスでもないのに、急に思い立った。
キッチンで砂糖やら小麦粉やらの分量を量る。
1グラムも誤差のないように、慎重に。
量りの針がレシピどおりの数字をピッタリ指すと、あたしの緊張はふっと解れる。
そしてまた、同じことを別の材料で繰り返す。
するとその様子を本越しに見ていた彼が、フフッと笑い声をもらす。
「真剣だな」
「そりゃそうよ。分量ひとつでスポンジの膨らみが全然違うんだから」
あたしは顔を上げず、針に視線をとめたまま返事する。
すると彼は「へえ!」と感心したような声を上げた。
「ところで、何でケーキ作ってんの?」
「何となく」
「誰かにあげんの?」
「そんな予定はないわよ」
素っ気なく答えると、彼は「ふーん」と呟いた。
「なあ」
シロップを作るための水を計量カップで測っているときに、彼が再び話しかける。
「何よ?」
ケーキ作りに集中したいのに。あたしは少し尖った声で聞き返す。
「なぞなぞ」
弾んだ声の彼に、あたしは思わず「はあ?」と声をひっくり返した。
そんなあたしにもおかまいなく、彼は言葉を続ける。
「適量じゃないと上手くいかないもの、
つまり少なくても多くてもいけないもので、
ケーキの材料みたいに目に見えないものってなーんだ?」
「・・・何それ」
あたしの頭は卵や生クリームやバニラエッセンスでいっぱいだから、彼の言う目に見えないものがちっとも浮かんでこない。
「わかんない。降参」
両手を挙げて、彼に視線を移す。
すると彼は、にやっと笑った。
「それは、愛情」
勝ち誇ったような彼の顔に、あたしは少なからず悔しさを覚える。
「なんだ、聞いて損した」
捨て台詞を吐いて、作業に再び取り組む。
適量じゃないといけなくて、目に見えないもの。
愛情、か。
小麦粉をふるいながら、あたしはその2文字を反芻する。
この分量なら絶対成功する。
そんな確実性があれば、全ての恋愛はきっと上手くいくんだろうな。
だけどあいにく、愛情を量る道具なんてこの世に存在しない。
「なあ」
彼が再び話しかける。あたしは不貞腐れて返事をしなかった。
「しつこいようだけど、何でケーキ作ってんの?」
無視。
「じゃあ質問を変えて・・・。誰と一緒に食べんの?」
なんだ、そんな答えが聞きたかったんだ。
鈍いあたしはようやく気づく。
照れ臭さのあまり少し拗ねた口調になってしまうのは、許してね。
「あなたと一緒に。ふたりで」