昨日は中スクの万物復帰の日
で、その一週間前の路傍演説の日に映画『マザーテレサ』を今更ながら初めて見た
ディスクの傷でクライマックスが見れませんでしたが…
マザーが老齢になって生きるか死ぬかの手術を受けるとき、牧師さんが「代わりに私を連れて行ってください」と祈っていた
そこで映画は止まってしまったが、そのあとマザーは助かり、代わりにその牧師さんが亡くなられたと聞いた
そのときは感じるものはあまりなかった
で、万物復帰の日、内的目標は「神様を感動させる歩みをする」
ペアで歩んだ姉妹はかなり体が打たれていて、辛そうに歩んでいた
見ていて私も辛かった
「代わりに私に苦痛を背負わせてくれませんか」という祈りが出た
ふとマザーのために祈る牧師さんの姿が脳裏に浮かんだ
次元は全然違うけど、私の中にも同じような心情が流れていることに気付いた
神様の愛は、相対を救うためなら自分の生命を差し出しても惜しくない
子女である私たち人間も本気でそう思えるDNAを持っているのだ
歩みながら涙が出て声が詰まる
「私は実績は出なくてもいいので他のメンバーに与えてくださいませんか」
しかし結局神様は私に多く実績を与えて下さった
神様は私たちに苦労させる
本当にそうしたいわけではない、しかし永遠の幸福のため苦労させざるを得ない事情がある
そんな神様の事情を悟って、苦難の中で苦しい顔で歩むのでなく、「神様、私は大丈夫です」と笑顔と希望をもって歩む子女の姿に、何より神様は慰労される
そして誰よりもお父様が監獄の中で神様を慰労されてきた
「私もそのように歩みます」と、喜びと希望を抱きながら歩む中で、確実に神様は感動してくださっていたと思います。