昨日はO講師による『復活論』の講義を受ける機会があった。


本論ではない導入の部分に心を動かされた自分がいた。


み言は善悪が混沌とした世界に一つの絶対的な基準を示す、火の審判である


そこに賛同できる人を激しくスパークさせる力がある


しかし一方で凄まじい反感を買う羽目にもなる


イエス様やお父様は白黒はっきりつけすぎたために多くの敵をつくった


十字架につけられ 6度も監獄に入れられて


それでもメシヤとして妥協を許さない


世の中に受け入れられるように無難に生きていくこともできたが


敢えて難しく誰もが避けたい道を選択した


自分に動機がないのは明らかである


私は衝突を恐れて、はっきり自分の意見を述べることを避けるのが日常茶飯事だ


食口としてお父様に似た者となれるように、勇気をもって一歩踏み出していきたい