よくギブ&テイクではなく、ギブ&ギブって鼻息あらく言っている人がいるが、ぼくも負けずと鼻水を垂らしながら言いたい。
ギブ&ギブは見た目は美しいように感じる
ギブ&テイクは、ギブが先だって、そこがポイントって!言っている人がいた。
次に、それを見た人が「言葉遊びでは負けない!」って、
「ギブ&テイクではなく、ギブ&ギブが正義だー!」って叫び出した。
「『テイク?』もらってんじゃねーよ。」「俺たちはもっと上の次元だぜ」って鼻息をフンフン言わせている。
「与えて与えて与えまくるんだよ、そしたら、めぐりめぐって自分にかえってくるから、与え続けることが大事なんだ!」
おーーーー、確かに!なんかキレイに聞こえる。
ギブギブ言っている人の本当の目的
ちょっと待って!
ギブギブ言っている人に、共通することって、よくよく考えてみると「与えて与えて、人の為、お客様にやっていると最後は自分のところにかえってくるよ。だから、まずは与えましょう!」
ここに、変態なぼくはムズムズする。
日本いい人にみられたい会の会長である僕は、違和感を感じる。
なぜなら、
「人の為」「お客様の為」っていいながら、本当の目的は「自分の為」だから……。
彼らの本当の目的は、「与えたものが、最後に自分のところに帰ってくること」。つまり、ギブギブって言っておきながら、テイクする為にギブギブ言っているのだ。
なんてことだ!
ギブギブ民族の文化
ギブギブ言っているギブギブ民族には、共通の特徴がある。
それは、ギブギブしておきながら、見返りとして「感謝」を要求してくる。
しかも、「感謝」しなければ、見えないところで攻撃してくる。特にTwitterは要注意だ!
「やってあげたのに、俺は何ももらっていない。感謝すらないんだよ!」
って、つぶやいている。
本当のギブって
ぼくが思う本当のギブの精神って、本来は見返りを求めないこと。
ギブ&テイクが悪いとは、全然おもっていない。
タチが悪いのは、ギブ&ギブっていい人ズラした、テイク&テイクの人だ。
ギブギブ詐欺である。
最初から、「私はこれあげるから、代わりに〜ちょだいね」って言っておけばいい話だ。
それをいい人ズラして、相手に伝えずに、勝手に自分が相手に期待して、勝手に失望して、勝手にイライラしているだけである。
ギブする時は、相手に求めてはギブではなくなってしまう。
そもそも、
ギブとかテイクとか、そんな発想している時点で、ギブの精神はない。
結局、ギブしているって、「与えている」って思っている時点で、ギブの精神とかそんなんじゃなくて上から目線すら感じてしまう。
おかあさんが赤ちゃんにおっぱいあげる時に、「我が子におっぱいをギブしてる」って思わない。
人に「ギブしたい」って思ったときって、本当は「相手にもってもらいたい」「相手に食べてもらいたい」「相手に知ってもらいたい」など、主語は「私が」だ。
つまり、「ギブ」って、むしろ私がやりたいことを相手にやらせてもらっている。
「ギブ」よりも「テイク」に近い。
ぼくは、「ギブ&テイク」ではなく、「テイク&テイク」の人間だ。
相手の気持ちはどーでもよくても、ぼくがやりたいことをやって、あわよくば「感謝」してもらえると、ぼくは気持ちがイイ!
でも、「感謝」してもらわなくてもいいのだ。
見て見ぬふりをする方がぼくにとって苦痛なので、相手がたとえイヤに思われようが、ぼくがやりたいことはやりたい。
自分のために。
もし、ぼくがもう少しやさしいこころが持てるようになるなら、相手の気持ちももう少し考えられる人間になれるなら、ぼくのまわりの人間はもう少ししあわせになるだろうけど、それはもう少し先になりそうだ。
今は、まだまだ自分で精一杯。

