最近思うけど、世の中どんどん小さなミスを許さない社会になってません?四半期ごとに評価が行われる会社だと小さなミスで差別化しないと評価に差なんて出ないし。小さなミスが表に出れば寄って集って皆でそれを叩きいじめるし、そのいじめているさまをマスコミはまじめな報道を装い結局は拡散し助長しているし、マスコミを通じてそれを知った本来無関係の人々はネットやSNSが便利になったおかげで世界規模でいじめに加担するし(しかもマスコミ報道内容だけを真に受けて真相も知らずに)、やられた側はよくてもうつ病、悪ければ自殺。自殺されたら、善人面して「何も命を絶つことはないのに」と悔やむ。どこかおかしくありません?

こういう社会だから、まじめな人間は小さなミスが表に出ないように必死に隠す。小さいうちは隠し通せるけど積もり積もって隠し覆うせなくなり、大きなミスとして表面化し所属している組織全体に迷惑をかけることになる。すると組織は必死になって個人の問題へと矮小化してトカゲのしっぽ切りに走る。でもこれってもともとの風土が招いた災難ではないの?

一方アウトローを気取る本来まじめでない連中はわざとバカなことをやったり犯罪すれすれの行為をしている様をわざとネットにアップしたりして「どうだ俺様は悪だろう!」と楽しんでいる。なんと器の小さい子供じみた行為であろうか。

そんな大人の社会の住人が「学校でのいじめは問題である、何とか歯止めをかけなければ!」なんて言ったところで子供たちが聞くと思うの?子供達は見ているよ、大人の社会ではいじめる側が勝つ事を。本当に学校でいじめのない社会を作りたいのならばいじめのない大人社会を作ることが答えではないの?

そのためにはまず、他人の失敗(犯罪行為や故意の失敗ではなく本来の失敗ね)に対して寛容であろうよ。「失敗は成功の母」は正しいと思うよ。
ぼったくりコインパーキングをご存じだろうか?そのような正式名称があるわけではなく、筆者が勝手にそう呼んでいるに過ぎない。ぼったくりパーキングは東京など大都市の商業地域の時間貸し駐車場が不足している地域にみられるコインパーキングで、最大の特徴は料金上限記載がないことである。多くの真っ当なコインパーキングは通常時間帯料金(例:8時から24時¥200円/20分など)と深夜時間帯料金(例:24時から8時¥100円/60分など)の他に時間内料金上限表示(例:12時間内¥1500など)があり、ある程度の長時間駐車にも対応できるようになっている。ところがぼったくりコインパーキングの場合この時間内料金上限表示がなく、青天井に料金が上がっていく。先ほどの例で朝10時から翌朝8時まで駐車した場合を計算してみると、上限表示有の場合は朝10時から夜10時までが¥1500、夜10時から12時までが200×3×2=¥1200、深夜帯が¥800で合計は¥3500となる。ところが上限なしの場合だと金額は通常時間帯で200×3×14=¥8400、深夜帯は¥800で合計¥9200にもなる。このような条件の異なるコインパーキングが極めて近い範囲にある。私はこれを暴利だと思うが皆さんはいかがであろうか?

もちろんこのようなぼったくりをやめさせる一番の方法は使用しないことであることは言うまでもない。しかしながらそもそもぼったくりパーキングは時間貸し駐車場が不足している地域にあり、コインパーキングを使う状況というのは大体において不慣れな場所を短時間訪れた際であり、細かい表示を確認するよりも、空の駐車場所を見つけることが優先する。知らずに止めてしまった結果、何倍もの料金を請求されるというのがどうにも腑に落ちないのである。

最近は路上駐車に対する取り締まりが強化されており、蛍光色のベストのおじさんたちが二人一組で地域内を歩き、違反車両を見つけると即座に違反ステッカーを張っていく。だからこそコインパーキングが繁盛するのだが、民間の商業活動とはいえコインパーキングの地域内料金にも何らかの規制を施す条例などを施行してあまりにも大きな駐車料金格差をなくせないかと思うのである。駐車違反の反則金よりも高いコインパーキングなど笑い話にもならない。

私はかねてから消費税増税は必要と言ってきた。もともと、日本は間接税に比べて直接税(所得税や地方税)が占める割合が高すぎると感じている。しかしながら間接税を上げようとするとマスコミは大騒ぎするし、反対する国民の該当インタビューばかりを放送するから、政治家は恐れをなして、確固たる立場を取れずにいた。




もともとマスコミの役割は反対、批判する事であり、国のグランドデザインを構想したり、将来像を描くような能力はないわけだから、、その様な声に流されていては、英断はひたすら先送りになり、国は破たんする。


ところが、ここにきて、国の財政状況がにっちもさっちもいかなくなり、増税待ったなしという状況になったため、首相と財務省はいよいよ本腰を入れて増税の議論に踏み込んだ。大いに結構なことだ。




ただし、全ての商品一律というのは気にくわないし、日本全国一律というのも気にくわない。もっと、地方地方の創意工夫で競い合って、努力をすれば税収をふやす事が可能になるような仕組みを作ってほしい。




結構でないのは、同時に進めると言っていた公務員の待遇の見直しと、国会議員の定数削減である。前者は年末の国会で議論されたものの、結局のところ成立せず、しかも蛙の面に小便程度のわずかな引き下げである。結局時間切れで、昨年よりも高い賞与が支給されるなど、まったく理解ができない愚かな話である。




議員定数削減についてもやる、やる、と掛け声ばかりで結局は案すら出てこない始末である。なぜ具体的な提案ができないか、それはやる気がないからと思われても仕方がない。私であれば極めて具体的に、参議院については47都道府県から3人ずつ、合計141名、衆議院については人口100万人当たり1名の128名とする。この人数がいれば十分でしょう。しかも日本の人口が減れば、衆議院議員が減り、都道府県が合併すれば参議院議員が減るという仕組みだ。




ところで、私は道州制にも賛成なので、同州制が実施されたあかつきには参議院議員に関しては少し考え方を変えなければいけないが・・・