26年間、田舎で独り暮らしをしていた母が、突然、亡くなり、2週間前に葬儀を終えました。
亡くなる前日には、変わらないいつもの声で、留守電が入っていたのに、、、。
約束していた日曜日の夜、電話をしても出なくて、「約束を忘れて寝ちゃったのかな、それともお風呂に入っているのかなあ」と思い直し、翌朝、もう一度電話をしても出ず、、、。いよいよ心配が現実になってきて、兄に頼んで実家の最寄の交番に安否確認をお願いしたところ、、、。
お風呂場で亡くなっていました。
東京の自宅から田舎の実家に帰ろうと、東京駅で新幹線の改札を通り抜けようとした瞬間、刑事さんから電話が入り、「〇〇さん、お風呂場で亡くなられていました」との知らせが、、、。
もう、目の前が真っ白になってしまい、思わず嗚咽が込み上げてきてしまいました。
「お母さん!!とにかく、生きてて!もう一度会えたら、私はもっと優しいいい娘になるから、絶対になるから。神様、お願い、お願いだから!!!お母さん!!」と心の中で叫び続けていたのに、それは、もう二度と叶わない夢になってしまいました。
たった独りぼっちで逝ってしまった。さよならもありがとうも言えなかった、、、。
亡くなる前日、留守電に私が贈った冬用の下着が届いたといって「ありがとう、届きました。ありがとね、じゃねっ。」が、最期のメッセージでした。「ありがとう」は、こっちのセリフなのに、、、。私が、お母さんに言う言葉なのに。なんでお母さんが私に言って、逝っちゃうの?
私は、ぜんぜんいい娘じゃなかった、、。
仕事にかこつけて忙しいと言っては、母の電話に出なかったり、出ても邪険に対応したり、、、。冷たい娘だった。
もっと母の話を受け止めて聴きたかった、、、。
今は、ただただその後悔と、それをリカバリーできる機会が永遠に無くなってしまったことが、哀しくて悲しくて淋しくて、胸が締め付けられて息ができなくなるほど苦しくなります。
母が60歳の時、父が58歳で亡くなり、それ以後、26年間、独りで暮らした母。
70歳まで働き、最期まで経済的にも精神的にも自立して日常を生き抜いた母。
私が幼少の頃、おばあちゃん(父の母)もお父さんも、母が外で働くことを反対したのに、「私は、家やこの地域だけに籠っていたくない、外に出ていきたい」と信念を曲げずに、自分の居場所を働くことで確保し続けた母。

本当に本当に、心から尊敬してた。大好きだった、、、。
でもでもそれをちゃんと母にしっかり伝えることができなかった。その後悔ばかりが胸を締め付けて、おいおいわんわんまるで幼子のように声を上げて泣いてばかり。
大学入学と同時に、母から離れて暮らすようになって35年、私は自立して、ちゃんと大人になったつもりだったけど、そんなのは、大間違い。
私が生きていられたのは、母という存在がそこにいてくれたから。
こんなにも、母の存在が大きかったのかと今頃気づく大馬鹿もんです。
「人は、独りでは生きていけない」というけれど、「人は、独りでは生きて”いない”」のだと、やっとお腹のあたりでわかりました。