人と人との繋がりを増やす機会が増えてくる
だけど自分の中の警戒心がそれを妨げる
その人の裏を裏をと 何処か探る自分がいる
どこかで人を恐れている
それは初めての人だけではない
血の繋がった親類も同じ
子供でも年上でも同じ
どうして自分に近づくのか
疑いから入ってしまう
何かに誘われる
目的は何か? 考えてしまう
人助けの話にも警戒してしまう
欲しいものはお金だと特に
もしくはその人自身の正義だけに感じる事もあるから
パンフレットの写真にある子供の悲しそうな瞳にも興味ないし
演技でそうさせられる子供も見てきた
特に警戒する
人が好きな人を羨ましくも思える
どうして好きになれるのか
本当に好きなのか それとも演技?
ここでも疑う嫌な自分がいる
GW 最後の休みだ
ゆっくり考えよう 書きながら考える
もっと大人にならないといけない
社会性というか協調性はとても低い
仕事以外で
誰かと行動するというのは苦手
誰かといる時は 楽しむ為というより
目的の為に行動している時が多いと思う
後から友人に何で誘わないのか
言わないのかと聞かれる
何か巻き込んじゃいけないという気持ちと
独りでやらなければいけない気持ち
そんなのがある
自分は どういう人が好きで
どういう人が友人であるか考えると
本音をぶちかます人 さっぱりしている人が
居心地がいい
それは自分にも言えることだが
本音をぶちかますというのは かなり危険
敵も多く作る
やっぱりやめよう 答えが見つからない
状況で考えよう
デモや 被災地や 戦地とか スラムの報道を見ても
悲しみはもう伝わらない
人のやる事だからと 見てしまう
どうしてそれでも人に興味があるのか
守りたいという気持ちになる時があるのか
思い出す
いつだろう それは
ごく普段の当たり前の姿かもしれない
街で 公園で スーパーで イベントで・・・
子連れの親子が
親が大事そうに子供を見ている眼差し
嬉しそうに子供が親を見ている眼差し
とても自然な光景
それを見た時
関係の無いアカの他人でも大切に思う
いつも一緒にしていてあげたいと思う
その時 守りたい
多分 それだけなんだと思う
小さい事だけど その空間を守りたい
見つかった思いはそれだけかもしれない
まだまだガキから出られない