小学3年生になって転校するまで
近所に同学年の男子がいなかったせいか
ずっと友達は女の子ばかりで
遊びといったらママゴトなどの人形遊び
お絵かきしに近所の図書館に行くのがほとんどだった。
その時の名残か 今でもぬいぐるみや人形の眼を見ると
人形の心が呼びかけてくる気がする
図書館に行った時に
ラックに厚さはないが大き目の写真メインの本があった
アサヒなんとかという写真の雑誌
号によって風景がメインの写真や 外国人の写った写真や
ジャーナリズムにあふれた写真
いろいろとバリエーションがあった
その中にそれはあった
第二次世界 ベトナム戦争
初めてページを開いた時にショックを受けた
人の死
安らかな死ではない
残酷な死
これを見た時に自分の何かが壊れた
もしここでこの写真を見ないで
そのまま思春期を向かえた時に
女の子のグラビアやエッチな写真に興味を
持っていれば それが正常だったのだろうと思う
でも ここに載せてあった写真は違った
男も女もない 大人も子供もない
ひたすら死の世界だった 裸のまま積み重ねられた死体
脚がちぎれて骨が見えている兵士
首のない死体 上半身だけの死体
死体の眼は何処を見ていたのだろうか
その頃の自分には戦争の意味がわからなかった
見てはいけないと思いながら
何か扉の向こうの世界が見えた気がした
自分のまわりにはお医者さんや看護婦さんが多かった
母が元看護婦だったから
それでそれまでは自分も医者になるつもりでいた
人の体の構造がわかる図鑑
そういった本に興味を持っていた
杉田玄白に憧れていた
でも その写真を見ているうちに
いくら一生懸命に人を治しても
戦争になったら簡単にバラバラにしちゃうし殺しちゃう
そんな風に思った記憶がある
シャム双生児の写真も載っていた
無能症の子も
それを見て知った事は
親にも先生にも友達にも言えなかった
ショックを受けるのは自分だけでいいと思った
あの頃、見なければ良かったのかもなとも思う
どうしてもトラウマになっているから
知らないで死んでいける人がいたなら
知らないで死んでいったほうが幸せだと思う
人を助けたいという気持ちと
滅んだほうがいいと思う気持ち
自衛隊に入った時に救難隊を選んだ
もしかしたら自分の中のまとまらない気持ちが
形になった場所がここだったのかもしれない
除隊して何年も経った
ひとつのきっかけから
写真ではなくリアルに
感じる機会が増えた
人の生と死
まだ 答えが見つからない