一昨日、ミーティングに行った
ここ2週間、まともに寝ていなかったので
夢見心地で参加していた
ろれつ回らないし、少し眠ってしまったかも
仲間達はとてもやさしい人達ばかりで
女性が多いからだろうか
可哀想な人々を守りたい、なんとかしたいという気持ちと
各々の分野の特技を生かして
またグループの団結力を感じた
多分、男ばかりだとこうはまとまらないかもしれない
自分はというと
チャリティーとかボランティアには抵抗を感じることが多い
東北大震災関係のボランティアでも衣食住ならともかく
仮設住宅に移って友達ができない被災者
その気持ちをケアするボランティアもあったりで
いたれりつくせりで優しい人ばかりだなと思う
自分はそこまでする気にはなれない
実際、エジプト・ガーナ・ケニアと行ってみたけど
テレビや映画で見ていたほど
可哀想なイメージは持たなかった
確かに貧しくは感じたが
日本でも一昔の田舎の暮らしはこんなもんだったんじゃないかな
そんな風に思っていた
ポスターや映像の中の悲しそうな眼の子供ではなく
とても元気で活気にあふれる子供ばかりを自分は見た
以前、イギリスのTV局のフェアトレード関係の映像で
ガーナの子供が奴隷のように扱われて
ナタでカカオを切り落とす危険な作業をしていると
放送されたのですが
度が過ぎてはいけないけれど
日本のでっち奉公のような域であればいいと思うし
子供が刃物を持つという事は
今の日本では危険な事と思われるかもしれないが
ガーナでは家族の手伝いで料理を作る時に
刃物を使うのは当たり前の光景であり
むしろ子供の時に刃物や火の危険性を知るほうが良いと思う
ただ可哀想、可哀想と自分のものさしで測り
あれこれ手を貸しすぎても良くないとも思う
では 何故、自分は仲間達に協力するのか?
ガーナ、ケニアの都市には高層ビルが建ち始めていた
しかし、その所有者は別の国の人
よその国の人間がガーナやケニアで裕福になる一方
そこの土地の人の生活は何も変わらず
いつのまにか隅に追いやられる
そんな風に感じた
ここの国に住む人が戦争などの武力以外のよそからの介入
それに対抗するには
世の中の動きに対応する知識を得る事だと思った
よそからの知識は正しい事ばかりとは限らない
日本での子供が持つ刃物と同じで
この国では余計な干渉もあると思う
ゆったりとした時間の流れを足早にさせてしまう知識かもしれない
だけど
その中から必要な知識を取捨選択するのはこの国の人達
そういった選んでもらう干渉なら良いと思った
あげるだけでなく 未来に繋がる事なら良いと思った
だから 学校建設に協力したい
アフリカにも原発開発の流れが来ている
できるものなら原子力の光ではなく
いつまでも星の光を見れる国をあって欲しいし
そういう道を選んで欲しい