大晦日から正月にかけての仕事がひと段落、
フレデリック・ワイズマン監督の
「パリ・オペラ座のすべて」を見ました。
160分の上映時間の中、
ナレーションもなければ、インタビューもなし、
効果音さえ使わず、カメラがオペラ座の裏側を見せてくれます。
聞こえてくるのは、
レッスン中のダンサーたちのトウシューズが床を叩き、摩れる音、
そして振付師のアドバイスとおしゃべり。
その振付師の言葉で
「言葉は使わなくても、意味は動きで伝わる」
「動きを通して、ここで言う」
「独りよがりな動きは、観客に伝わる」
といった言葉が印象的でした。
私たちは、
仕事を通して「想い」を伝えます。
その「想い」が言葉となり、技術や行動となります。
誤解を恐れずに言うならば、
知識や技術は「想い」を伝えるための道具でしかないのかもしれない。
故に、
「想い」が無ければ、魂のない空っぽの人形のようなもの
オペラ座のダンサーたちは、その「想い」を一瞬に懸けるために
過酷なレッスンの日々を送っています。
映画を見た直後は、一切の説明もないので、
?といった感じでしたが、時間が経つとともに作中の場面とともに
ワイズマン監督のメッセージが聴こえてきます。
多分、テーマは「光と影」
オペラ座の屋上の秘密?
そこでは養蜂が行なわれています。
そして地下の下水路にはなんと魚の泳ぐ影が・・・
外から差し込む光と、窓枠の影
154人のダンサーの中で、一割のエトワールと呼ばれる最高峰の座、
そして、それを影で支える1500人のスタッフ。
教室の内装・修繕や塗装工、館内の清掃人はすべて黒人、
ダンサーに黒人は一人もいないのです。
「リーマンブラザーズならお金を出してくれるわ・・・」
経営陣たちの手練手管の金集め・・・
その陰と陽のコントラストが絶妙に描かれていたんですね。
修道院の内側を撮った「エッセネ派」
次回作は、「ボクシング・ジム」
作中でモーリス・ベジャールの名言を言わしめて
「ダンサーは修道女でボクサーのようなもの。」
私たちも
神に身も心も捧げる、一途で直向きな修道女の心と
ボクサーの様に、強靭に鍛え上げられた、精神と肉体を身につけてゆきたいものです。
