あらゆる組織の境界を取り除くヒューマンネットワーク
ネットワークのインフラを支えてきたシスコシステムズは、人同士がネットワークでつながることで生まれるコラボレーションの支援に注力している。コミュニケーションの基盤になりつつあるネットワークの新たな役割について、シスコシステムズの木下剛シニアディレクター慶應義塾大学SFC研究所の國領二郎所長が討論する。
[PR/ITmedia]2008年11月21日 10時00分 更新
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0811/21/news009.html


 インターネットが一般的に普及する以前の1980年代後半から、シスコシステムズ(以下、シスコ)と慶應義塾大学SFC研究所はネットワークの共同研究を手掛けてきた。これまでネットワーク機器であるスイッチやルータといった機器を提供してきたシスコだが、ここ数年は仕事や生活、遊び、教育など、生活のあらゆる局面を通して人と人のコミュニケーションの機会を創出するサービスやアプリケーションの提供に力を入れている。

 同社は、ネットワークを基盤にして人々がコラボレーションをする「ヒューマンネットワーク」というビジョンを提唱している。インターネットの基盤であるネットワークを支えてきたシスコとSFC研究所は、ネットワークの変化という潮流をどのようにとらえているのだろうか。シスコ、システムエンジニアリング&テクノロジーの木下剛シニアディレクターと、SFC研究所の國領二郎所長に聞いた。

ITmedia ネットワークの在り方は、これまでどのように変化してきたのでしょうか。


シスコシステムズ、システムエンジニアリング&テクノロジーの木下剛シニアディレクター木下 PCやスイッチ、ルータといったデバイスをそろえた環境を意識して使った過去のネットワークから、デバイスや環境を意識せず、いつでもどこからでもアクセスできるユビキタスな世界になりつつあるのが、現在のネットワークです。

 CGM(Consumer Generated Media)の台頭に代表されるように、情報を受け取る側だったユーザーの誰もが、自由に情報を発信できる基盤が整いました。発信された情報をインターネット上で共有することで、口コミやフィードバックが起こるなど、新たなコミュニケーションが生まれています。そして、それをサポートする技術やサービスが、現在は必要とされているのです。

國領 ネットワークの発達により、これまで出会えなかったような人たちがインターネット上で容易につながれるようになりました。例えば象徴的なのがインターネットオークションです。従来は、商品を作った人が大量に売り、欲しい人がそれを買うという一方向的なもので、カタログ通販の延長のようでした。ユビキタス化やブロードバンド化が進むにつれ、誰もがインターネット上で商品を売買できるようになり、個別商品や個人による商品のやり取りの価値が高まったのです。

木下 その変化と時を同じくして、シスコはネットワークのテクノロジーを提供する会社から、コネクト(つながり)を提供する会社に進化し、コネクトする側の人にどのような価値をもたらすことができるかを真剣に考えるようになりました。今は、「土管やひも」のような物理的なインフラ技術だけではなく、ネットワークの先にいる人々にコラボレーションを提供することを目指しています。

 コミュニケーションを物理的な距離や時間の制約から解き放ち、全く新しい体験を人々にもたらす基盤となるネットワークをヒューマンネットワークと呼んでいます。これは異なるシステムを容易に結びつけられる仮想化などのWeb技術が成熟したことで実現されるものです。

コラボレーションを得意とする日本企業がすべきこと
ITmedia ヒューマンネットワークでは、具体的にどういった環境が実現するのでしょうか。

木下 学校を例に考えてみましょう。距離が離れた学校同士をシスコのテレビ会議システム「テレプレゼンス」でつなぐことで、「空間を共有する」体験を提供できます。留学していた生徒が留学先の先生と同じ空間を共有するような、自然で効果的なコラボレーションが実現するのです。熱帯魚を見たことのない北海道の学生と、雪を見たことのない沖縄の学生がテレプレゼンスを介して共同で研究を進めることで、思いもよらなかった発見が生まれるかもしれません。

 シスコでは、ユニファイドコミュニケーションも推進しています。これは会話や情報共有、ビデオ会議といった機能を1つのインフラで統合的に提供するものです。従来は決まった場所にいなければ実現しなかった会議や授業を、あらゆる場所からさまざまな手段と情報を同時に共有して行うことを可能にします。授業はデータとして記録できるため、ビデオオンデマンドやストリーミング映像を見たり、学生がポッドキャストで聞いたりするといった使い方も考えられます。

 使用するのは、PDA端末やタッチパネル式の電子ホワイトボードなど、誰もが直感的に使える機器や端末です。それをネットワークにつなぐだけ使えるようになります。

ITmedia ヒューマンネットワークを実現するツールは、企業においても実用段階に入りつつあります。

木下 企業では、経営の意思決定の迅速化に役立ちます。企業内で出張の承認を取る場合を考えてください。まず上司や管理部門に承認を取らなければいけません。申請用紙に記入をして印刷し、上司に提出すると承認の結果が返ってきますが、この間にどれだけの時間を要するでしょうか。ここに電話や電子メールなどのコミュニケーションツールや情報を1つのユーザーインタフェースに統合したツール「パーソナル コミュニケーター」を導入すると、上司の在籍状態をWebで確認して、その場で承認をもらうことも可能になります。電子メールやアプリケーションによるリアルタイムな意思決定も、コラボレーションの代表例です。

 日本ではコラボレーションに対するIT投資の割合が諸外国と比べても少ないです。特に製造分野に強い日本企業では、何かトラブルが起こった場合、生産者やエンジニアをすぐに呼んで措置を取ることが必要になります。在席確認と即座に連絡できるコラボレーションツールを取り入れることで、生産性や顧客満足度を向上させられるのではないでしょうか。


SFC研究所の國領二郎所長國領 コラボレーションは知恵や情報などの多用なリソースを機動的に組み合わせて、大きな価値に転換するものです。この点に注力する企業とそうでない企業では、競争力にも大きな差が出てきます。

 日本は伝統的に、組織内や仲間内でのコラボレーションを大事にします。例えば、同じ職場内で品質管理活動を自主的に行う「QCサークル」や、データをカードに記述してグループごとにまとめて図解する「KJ法」などは、日本の企業で活用されています。日本企業は知識や知恵をまとめて活用することに長けているのです。

 ただ、組織内や仲間内でのコミュニケーションが優れていたために、組織をまたがってさまざまな人たちとコミュニケーションするという点では、諸外国に遅れを取りました。海外企業では組織を超えたコミュニケーションがさかんです。しかし、共有のための手法――例えば、カンバン方式など――は日本が生み出したものです。

 日本企業はこの事実をきちんと自覚して、コラボレーションを積極的に推し進めていくことが必要とされます。「会議は対面でないといけない」という言葉は、もはや通用しません。

ITmedia ヒューマンネットワークが実現する世界を端的に示したものが、コラボレーションにあたるのですね。

木下 ヒューマンネットワークは、「境界を取り除く」ことを意味します。誰かが情報を囲い込んでしまうことを防ぎ、組織を横断する環境や離れた場所での情報共有を実現します。

 例えば、アフガニスタンで戦争の被害にあった子どもたちを、現地に行けない医者が遠隔から診断するといった取り組みが実際に行われています。物理的な空間を越えて、人の生命を救うことができるのです。これこそが、ヒューマンネットワークが実現するコラボレーションの成果だと考えています。シスコはこういったヒューマンネットワークが生み出すコラボレーションの実践に真剣に取り組んでいます。

國領 ネットワークの信頼性が高まるにつれ、テレプレゼンスのような人間の持つ複数の感覚に訴え掛けるツールの導入が現実的になってきます。過去5年くらいはマシントゥマシンのコミュニケーションが一般的でしたが、今はマシンを使って人がどのようにコミュニケーションするのか、その結果何が生まれるのかについて考える方が重要です。そうした意味でシスコがビジネスのコンセプトに「人」を掲げている点は非常に興味深いです。

 テレプレゼンスの使い方ひとつでも、そのことをよく考えさせられます。医療の現場でテレプレゼンスを使った患者の診断はすでに実用化されていますが、画面の向こう側にいる医者を現地の医者がどれだけ信用できるでしょうか。もし信頼できない医者がいた場合、検査をやり直すことになったり、意思疎通ができないという理由からツールが使われなくなったりするかもしれません。

 ツールを使うのはあくまで人。ツールを使う彼らの信頼関係を作り、心理面での不安を取り除くことが大事なのです。信頼関係の構築には、対面によるコミュニケーションが一番です。一度顔を合わせておくと、テレプレゼンスを介したやり取りもスムーズに進みます。対面によるコミュニケーションに加えて、ブログやSNSといったインターネット上のサービスを使うことで、より密な関係を構築できるのではないでしょうか。