あ〜、雨か。。予報では夕方からだったが、朝6時、雨がテントをたたく音で目覚めた。

おまけに風も強い。雨雲の動きを調べると9時には途切れる。

 

とりあえず、今夜の宿を手配し、もう一眠り。

何度か降ったりやんだりを繰り返して雨は上がった。周りに薄黒い雲があるがテントをたたむのは今のうち。濡れてるのは仕方ない。荷物を自転車に装着後、テントごと建物の陰に移動し、風を遮り、比較的段取り良く撤収できた。よし!

もちろんこの時点では、雨対策もしっかり。レインウェア、レインシューズカバー、防水手袋装着での走行は久々だ。宮城県の鬼首以来か?記憶がない。記憶がないだけで真近にもあるかもしれないが。。それだけ雨に対しては連泊など早めに手を打ってきた。

 

息栖神社(いきす神社)。鹿島神宮、香取神宮に並び東国三社の1つである。

 

知名度もさほどではないと思うが、思いの外、小さい。江戸時代から東国三社巡りとして盛んで、今も観光の売りで観光客が後を絶たないが。

 

 

 

 


 

 

御神木の夫婦杉

 


 

 

 

招霊(おがたま)の木は幸運を招く樹の代表格。1年玉のデザインの木もこれ。

 

 

 

 

 

こちらは那岐(なぎ)の木。風が止んで海が静まるように、すべてが円満に丸く収まる。

平和の木だ。。

 

 

 

 

そこから1時間。小江戸といわれる佐原へ。ここも利根の水運で江戸時代から活気のある街で水郷である。今日は花嫁さんの嫁入り船を見ることができた。若い二人お幸せに!

 

 

 

 

 

 

そして佐原は、伊能忠敬が長く暮らした地でもある。伊能忠敬記念館を観てきた。(撮影不可)ところで伊能忠敬って元農民(漁民?)で武士ではなかったんだ。。しかも17歳の時4歳年上の連れ子のいた姉さん女房の婿養子で酒屋、醤油、貸金業をやっていたとか。つまり長らく商人。その手腕もすごく、危機的状況だった伊能家の財を3倍にしたとか。。また名主としても何度となく村の危機を救ったとか。

 

 


 

 

そんな伊能忠敬、かねてから興味を持っていた暦学や天文学。50歳を過ぎて(商売を息子に譲り」隠居して、そうした学問をしっかり学ぶために19歳下の高橋至時に弟子入り。

そこから日本全国歩き回って日本地図を完成させたんだ。もちろん一人でやったわけではなく幕府のバックアップと土地土地の住民の協力があってこそだが。。

ああ、この伊能忠敬の才能、熱意、実践、実績0.001パーセントでもあやかりたいものだ。

 

蔵を小物売りのお店にしているおじさん。築160年。

 


 

 

これなんて読むかわかるかい?

 


 

 

お客さん半分ぐらいわかるかな。

えっ?うっ?うそ!分からん。漢検準一級が泣く。わかる人、読める人はコメントへ。

と思ったけど、ネットで調べるとすぐわかっちゃうんだよね。「タケカンムリ延」でヒット!

今は、読み方わかっても、そのもの自体知らない人が多いかな?っておじさん。。

 

 

 

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