今日のじゅとう屋のレジ(お会計)での・・出来事!!
「それでは、本日のお会計『合計で4240円です!!』」と私・・・
「嫌やわぁ~数字が・・」とお客様が小声で・・・
私も 言われている意味は、わかっていたが、ここはボケたふりするしかない
一緒に「正月そうそう 縁起悪いですね・・・」とは言えませんし・・
(たかが数字ですよ顔・・・)ですり抜けましたが・・・
一寸嬉しかったのです。
「何が」・・・と言うと・・ 数字にこだわる人を見たからです
しかも、些細な日常の出来事の中で・・・
例えば、病院で4階9階に病室を置かないところが多いのはよくあります。
これは、公然の「縁起担ぎ」です。
数字自体が意味を持つものでないことは誰でもが知っているのに
こだわってしまう・・・
何かのメッセージかなぁとかさえ思ってしまうから怖い( ╬◣ 益◢)
実は、私にも些細な日常の気になる気に入らない数字があるのです・・・
それはお風呂のシャワーと湯船の温度
毎日すぎて「慣れて」しまいましたが・・・
デジタル表示で 42・42 それを睨みながらの入浴・・ 大変気持ち悪いです。
お風呂の温度って1度変わるだけでも敏感にわかるものと思いませんか?
41度ではぬるいし43度では熱いので42度が適温なので・・・
しょうがないです(´;ω;`)
しかし、些細なことでこだわった時、あまりにも個人的な事で
人に言うのを・・はばかったりする事 ありません??
なのに、私の母雅子は、「わぁ又42分見てしまったぁ!」
「嫌やわぁ これで42分見るの今日で3回目」・・・とか
はばからず声に出すのです。
これは、人も巻き込んでしまおうとする「悪意」ほかならない・・迷惑
だけど母なりの儀式なのでしょう。
忌み嫌うことにたいしては、不安や不快さを解消するための「打消し」という心理療法的なプロセスを「人に言う」と言う言動で、行っているのでしょう・・しかし迷惑
(「打ち消し」行動で思い出しました。霊柩車を見ると、親指を隠すという慣習も昭和の時代にありましたよね。確か・・・・・)
お会計の話に戻りますが・・・
逆に7770円とか ゾロ目は大変喜ばれます。
10000円丁度の時など(中々ないのですがたま~に)
昭和な人は「がっちり買いましょう!やなあ」 って
平成の人は「ビンゴ!!」と言って帰って行かれます。
ホントたかが数字されど数字を考えさせられたワンシーンでした。
