平成から令和へ | 嵐ごと時々息子ちゃん&自分ごと

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1人息子と暮らすシングルマザーの独り言ブログです。
自由のない毎日の中、嵐さんに生きる元気をもらっています。

年越しとは違うけれど、どこか年越しのような空気感の今日。

 

昭和天皇がご崩御されたときはまだ学生でしたが、日本全体が喪に服すという表現でいいのかわかりませんが、印象はやはり黒と白のモノクロの世界でした。

 

でも今回の改元は、天皇がまだお元気な中での皇位継承。約200年ぶりのことらしく、今生きている人は誰も経験をしたことがない出来事なんですよね。だからこそのお祝いムード。今日、ショッピングモールに行ったら、令和というラベルのついたお饅頭だの、お酒だの、こんなところにまで?!と驚くほどの令和フィーバーぶりでした。

 

テレビも平成をいろいろと振り返る番組や、これまでの天皇皇后の歩みを特集したものなど、初めて知ることだったり、改めて学ぶことだったりがあり、それもまた大きな違いですね。

 

きっと今夜も渋谷には多くの人が集まっていたり、あちこちで令和になる瞬間をお祝いしていたりするのでしょうが、我が家はいたって静か。

 

“ボッチ”で令和を迎える覚悟をしていましたが、翔くんがzeroに出ているということで、息子ちゃん的にはジャニーズカウントダウンと同じような感覚なのか、夕方昼寝をしてまで0時になる瞬間まで、そしてzeroが終わるまで起きているんだと張り切っています。息子ちゃんにとっても、いい経験なので、今夜は特別に夜更かしを許可しました。

 

平成をふり返ってみようかと自分なりに考えましたが、どれが一番の出来事なのか・・・がわかりませんでした(;^_^A

 

高校は退屈で、大学で本気で学び、スノーボードに出会い冬の間は毎週末のように車を運転して滑りに行っていました。これは青春だったな。ちょうど、「私をスキーに連れてって」のちょっと後のこと。

その後、社会人になり、会社の机の下に寝袋を置いて寝るような雑誌編集部で仕事をし、その後は広告代理店、化粧品会社のプレスなど、忙しかったけれど、やりがいのある仕事に夢中になりました。途中1年ほど海外で過ごした時期は、今思い返しても学ぶことが多く、大きな出来事ではあったように思います。

仕事を言い訳に婚期を逃していたところで出会ったモトダンと結婚をするために仕事を辞め、東京を離れこの場所へ。

結婚、出産、別居、息子ちゃんの障害、離婚・・・で、今かな。

 

うーん、思い描いていた人生とはまったく違い場所にいます。

 

平成から令和への元号が変わる今。

 

平成の悲しい思い出やしがらみはできるだけ脱ぎ捨てて、新たな元号を迎えたいと漠然と思っています。

 

とても無理なことだけれど、テレビで紹介されている天皇や皇后の優しい笑顔の1/1000ぐらいでも持てたらいいなーなんていうことを考えながら、翔くんと一緒に令和を迎えたいと思います。

 

なんかね、世間がGWと改元でお祭りムードだからこそ、母子2人で過ごしているとめちゃくちゃ寂しく感じるんですよね。だから、昨日、そして今日と翔くんがテレビの中にいてくれて、とても救われています。

 

今日の昼間はVS嵐の収録もあったみたいで、福岡2Days→昨晩のzero、VS嵐の収録→今夜のzeroと、十分に眠る時間も取れていないのかもしれないけれど、どれも翔くんが目指してきた場所だろうから、私は今いる場所から精一杯応援したいです。

 

令和も変わらないことは、翔くんが好きで、嵐さん全員が大好きだ!ということかな。

 

うーん、平成最後なのに大したことが書けないって、私はこの30年、何をしてきたんだろうか・・・(-_-メ)

 

令和は何かを残せるように、自分でよかったと思えるようになるといいな。

 

さあ、翔くんと平成最後のデートです(*^^*)