最近ブログ更新が滞っていましたが、今日は仕事がお休みでサッカーのチャリティマッチがやっていたので、なんとなく見ていました
ご存知の方も多いとは思いますが、この試合で40歳を超えてなお現役で活躍している三浦知良選手がゴール
なんとなくシュートを撃ったら入ったというものではなくて、ショートバウンドのボールをキーパーが正面にいてシュートコースが少ない中で決めるという完璧なゴールでした
Jリーグ全盛に子供の頃を過ごした私にとって、カズがいまだに一番のサッカー選手だと思っているので、「カズやっぱすげー
」と大盛り上がりで今も興奮が冷めないほどです
そして今回のチャリティーマッチを迎えるにあたりカズがこんなコメントを残していました
生きるための明るさを 三浦知良・サッカー人として(2011年3月25日 日経新聞より抜粋しています)
このたびの大震災の被災者の方々に、心からお見舞いを申し上げます。
被害に遭われた方々にとって、この2週間が、その1分1秒が、どんなものだったかを思うと、
おかけする言葉も見つかりません。
生きているとはどういうことなのだろう、サッカーをする意味とは何なのだろう。
そういったことを見つめ直さずにはいられなかった日々のなか、
思わず頭をよぎったのは「今のオレ、価値がないよな」ということ。
試合がなくなり、見に来る観客がいなければ、僕の存在意義もない。
プロにとってお客さんがいかに大切か、改めて学んでもいる。
サッカーをやっている場合じゃないよな、と思う。
震災の悲惨な現実を前にすると、サッカーが「なくてもいいもの」にみえる。
医者に食料……、必要なものから優先順位を付けていけば、スポーツは一番に要らなくなりそうだ。
でも、僕はサッカーが娯楽を超えた存在だと信じる。
人間が成長する過程で、勉強と同じくらい大事なものが学べる、
「あった方がいいもの」のはずだと。
未曽有の悲劇からまだ日は浅く、被災された方々はいまだにつらい日々を送っている。
余裕などなく、水も食べるものもなく、家が流され、
大切な人を失った心の痛みは2週間では癒やされはしない。
そうした人々にサッカーで力を与えられるとは思えない。むしろ逆だ。
身を削る思いで必死に生きる方々、命をかけて
仕事にあたるみなさんから、僕らの方が勇気をもらっているのだから。
サッカー人として何ができるだろう。
サッカーを通じて人々を集め、協力の輪を広げ、
「何か力になりたい」という祈りを支援金の形で届け、一日も早い復興の手助けをしたい。
そこに29日の日本代表との慈善試合の意義があると思う。
こんなことを言える立場ではないけれども、いま大事なのは、これから生きていくことだ。
悲しみに打ちのめされるたびに、乗り越えてきたのが僕たち人間の歴史のはずだ。
とても明るく生きていける状況じゃない。
でも、何か明るい材料がなければ生きていけない。
暗さではなく、明るさを。
29日のチャリティーマッチ
Jリーグ選抜の僕らはみなさんに負けぬよう、全力で、必死に
真剣にプレーすることを誓う。
今回の大震災で、私の仕事もかなり痛手を負いました
全国規模のお店なのでもちろん系列店が被害にあっていますし、納入が滞ったり、節電や営業自粛のあおりを受けました
ですが、正直言ってゲーセンの方がサッカーと比べ物にならないほどこういったときの優先順位が低く、下から数えて1番下なのではないのかとさえずっと思っていました
かといって私が何か特別なことができるわけでもなく、また、こんな時だからこそ無事な私たちが活気づいて経済をまわそうとまで崇高な考えができるわけでもなく、ここ2週間は悶々と過ごしていました
「不謹慎」という言葉が広まっているなか、私の同僚にも、日々の様子を見ているとある意味では当然のように、地震の直後に「被害にあった店の分までうちのお店で売り上げを取ろう」とか心にもないことを言う人が出てきたり、それこそ「不謹慎」というに足りるような発言(本人は冗談のつもりだと思いますが)を言っている人が多々います
アルバイトさんの中にも地元が東北だという人は少なからずいるにも関わらずです
ですが、そういう人と私で差がないのが事実で、結局みんな今回何をしたかというと何もしていません
私の仕事とちょっとだけ似たある職種のある企業が「こんな時だからこそいつも通りに営業をして希望の灯を・・・」みたいな雰囲気のことを言っているとの話を聞いたんですが、
向こうはどうかは知りませんが少なくとも今のアミューズメント業界、ゲームセンターにおいてはそんな認知のされ方はされていません
ゲーセンなんてやってる暇があるなら営業休んで電気をまわせといった声が飛んでくるほどです
これはきっと
「プライズやメダルの原価以上の価値は、お客様に楽しんでいただくということで発生し、その対価としてお金を頂いている」つもりのゲーセン側
「プライズの原価なんてたかが知れてるんでしょ?メダルなんてタダじゃん。楽しんだ分のお金を払うとか何言ってるの?」と考えているお客様側
極端にいうと、そういうギャップがもろに出ているんじゃないのかなと思います
もちろん先に言ったような節電に関しては、近隣の施設ではもちろん自粛するべきだとは思いますが、不満の声が全国各地のゲーセンに寄せられるということは、世間一般から見たゲーセンの位置づけを感じてしまいます
私がこの仕事が楽しいと感じている一番の点は『ゲーセンは「小規模で気軽なレジャー施設」として色んな人が足を運んでくれるところだ』とずっと思っています
色んな人に心から楽しんでもらうために何ができるかを日々考えていかないといけないと思います
三浦選手が言うような「あった方がいいもの」リストに今後は一人でも多くの人がゲームセンターをいれてもらえるように、頑張っていかなくてはいけないですよね
今すぐ「楽しんでもらうために被災地でも通常営業!」なんてバカなことは思いませんが、今後の働く意欲を今回のサッカーの試合とカズの言葉で、被災者じゃない私がもらったような気がします
今後の世相がどうなっていくかはまだわかりませんし、アミューズメント業界がどうなっていくのかもわかりませんが、今のところ転職する気はないので今回感じた色々なことは心に留めておこうと思います
ご存知の方も多いとは思いますが、この試合で40歳を超えてなお現役で活躍している三浦知良選手がゴール
なんとなくシュートを撃ったら入ったというものではなくて、ショートバウンドのボールをキーパーが正面にいてシュートコースが少ない中で決めるという完璧なゴールでした
Jリーグ全盛に子供の頃を過ごした私にとって、カズがいまだに一番のサッカー選手だと思っているので、「カズやっぱすげー
」と大盛り上がりで今も興奮が冷めないほどですそして今回のチャリティーマッチを迎えるにあたりカズがこんなコメントを残していました
生きるための明るさを 三浦知良・サッカー人として(2011年3月25日 日経新聞より抜粋しています)
このたびの大震災の被災者の方々に、心からお見舞いを申し上げます。
被害に遭われた方々にとって、この2週間が、その1分1秒が、どんなものだったかを思うと、
おかけする言葉も見つかりません。
生きているとはどういうことなのだろう、サッカーをする意味とは何なのだろう。
そういったことを見つめ直さずにはいられなかった日々のなか、
思わず頭をよぎったのは「今のオレ、価値がないよな」ということ。
試合がなくなり、見に来る観客がいなければ、僕の存在意義もない。
プロにとってお客さんがいかに大切か、改めて学んでもいる。
サッカーをやっている場合じゃないよな、と思う。
震災の悲惨な現実を前にすると、サッカーが「なくてもいいもの」にみえる。
医者に食料……、必要なものから優先順位を付けていけば、スポーツは一番に要らなくなりそうだ。
でも、僕はサッカーが娯楽を超えた存在だと信じる。
人間が成長する過程で、勉強と同じくらい大事なものが学べる、
「あった方がいいもの」のはずだと。
未曽有の悲劇からまだ日は浅く、被災された方々はいまだにつらい日々を送っている。
余裕などなく、水も食べるものもなく、家が流され、
大切な人を失った心の痛みは2週間では癒やされはしない。
そうした人々にサッカーで力を与えられるとは思えない。むしろ逆だ。
身を削る思いで必死に生きる方々、命をかけて
仕事にあたるみなさんから、僕らの方が勇気をもらっているのだから。
サッカー人として何ができるだろう。
サッカーを通じて人々を集め、協力の輪を広げ、
「何か力になりたい」という祈りを支援金の形で届け、一日も早い復興の手助けをしたい。
そこに29日の日本代表との慈善試合の意義があると思う。
こんなことを言える立場ではないけれども、いま大事なのは、これから生きていくことだ。
悲しみに打ちのめされるたびに、乗り越えてきたのが僕たち人間の歴史のはずだ。
とても明るく生きていける状況じゃない。
でも、何か明るい材料がなければ生きていけない。
暗さではなく、明るさを。
29日のチャリティーマッチ
Jリーグ選抜の僕らはみなさんに負けぬよう、全力で、必死に
真剣にプレーすることを誓う。
今回の大震災で、私の仕事もかなり痛手を負いました
全国規模のお店なのでもちろん系列店が被害にあっていますし、納入が滞ったり、節電や営業自粛のあおりを受けました
ですが、正直言ってゲーセンの方がサッカーと比べ物にならないほどこういったときの優先順位が低く、下から数えて1番下なのではないのかとさえずっと思っていました
かといって私が何か特別なことができるわけでもなく、また、こんな時だからこそ無事な私たちが活気づいて経済をまわそうとまで崇高な考えができるわけでもなく、ここ2週間は悶々と過ごしていました
「不謹慎」という言葉が広まっているなか、私の同僚にも、日々の様子を見ているとある意味では当然のように、地震の直後に「被害にあった店の分までうちのお店で売り上げを取ろう」とか心にもないことを言う人が出てきたり、それこそ「不謹慎」というに足りるような発言(本人は冗談のつもりだと思いますが)を言っている人が多々います
アルバイトさんの中にも地元が東北だという人は少なからずいるにも関わらずです
ですが、そういう人と私で差がないのが事実で、結局みんな今回何をしたかというと何もしていません
私の仕事とちょっとだけ似たある職種のある企業が「こんな時だからこそいつも通りに営業をして希望の灯を・・・」みたいな雰囲気のことを言っているとの話を聞いたんですが、
向こうはどうかは知りませんが少なくとも今のアミューズメント業界、ゲームセンターにおいてはそんな認知のされ方はされていません
ゲーセンなんてやってる暇があるなら営業休んで電気をまわせといった声が飛んでくるほどです
これはきっと
「プライズやメダルの原価以上の価値は、お客様に楽しんでいただくということで発生し、その対価としてお金を頂いている」つもりのゲーセン側
「プライズの原価なんてたかが知れてるんでしょ?メダルなんてタダじゃん。楽しんだ分のお金を払うとか何言ってるの?」と考えているお客様側
極端にいうと、そういうギャップがもろに出ているんじゃないのかなと思います
もちろん先に言ったような節電に関しては、近隣の施設ではもちろん自粛するべきだとは思いますが、不満の声が全国各地のゲーセンに寄せられるということは、世間一般から見たゲーセンの位置づけを感じてしまいます
私がこの仕事が楽しいと感じている一番の点は『ゲーセンは「小規模で気軽なレジャー施設」として色んな人が足を運んでくれるところだ』とずっと思っています
色んな人に心から楽しんでもらうために何ができるかを日々考えていかないといけないと思います
三浦選手が言うような「あった方がいいもの」リストに今後は一人でも多くの人がゲームセンターをいれてもらえるように、頑張っていかなくてはいけないですよね
今すぐ「楽しんでもらうために被災地でも通常営業!」なんてバカなことは思いませんが、今後の働く意欲を今回のサッカーの試合とカズの言葉で、被災者じゃない私がもらったような気がします
今後の世相がどうなっていくかはまだわかりませんし、アミューズメント業界がどうなっていくのかもわかりませんが、今のところ転職する気はないので今回感じた色々なことは心に留めておこうと思います