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- 闘病記 多発性骨髄腫 まなび
最期の病院でも、とてもつくしてもらいました。
緩和ケアというのが、それはもう、最期を悟り、最低限のことだけするという意味なのですが、
父の意思は、輸血もしてほしいから、今までと変わらない処置をということでした。

父はまだ、あきらめてないのだなあ。
父はまだ、戦っている。
いつもいつも仕事の愚痴をこぼさず、明るい父でした。
しかし、病室4人部屋。いろんな患者がおります。
その中でも病状が悪化していた父は、たまらず看護婦さんにわがままを言っていたらしい。
さらには他 患者ともめたとか。
夜 寝られなくててまをかけたとか。
私にはなんだか、信じられなかったけど、あの明るい父が、と思ったけど、
はけ口だったのかなあと。
ここから退院はもうできない、とわかっていたからなんだろうな。
