ブログネタ:春に遊びに行きたい場所は?
参加中小さい頃、よく山に連れて行かれた。
街から車で1時間ほど離れた、千メートルほどの山。
父は山菜採りやキノコ採りが好きだった。
春になると、父が運転する車に乗って、わくわくしながらドライブを楽しむ。
でも、山に到着するやいなや、父は私や母や妹を置いて山の中に入っていってしまうのだ。
残された私たちは、所在なくそのへんをぶらぶらしたりして父が戻ってくるのを待っている。
山道を散歩するのがイヤだったわけではない。
妹と一緒に沢に下りたり、花を摘んだりして遊ぶのは楽しかった。
でも、休みのたびに山に連れて行かれると、子供心に「またか」
という気持ちになった。
という気持ちになった。私は、山に行くのが嫌いだった。
私が高校生くらいになると、山に行くことが少なくなった。
というより、私の方が部活などで親と一緒に行動できなくなったのだ。
私は少しホッとしていた。
やがて私は一人暮らしするために家を出、山とは縁がなくなった。
結婚して住んだ場所も、山から遠い場所だった。
こうなると、さすがに少しは山の連なる景色が恋しくなった。
たまの旅行には、山の近くを選ぶことすらした。
さて。
ちょうど一昨日、息子が学校の教科書を開いて
「ふきのとう」という物語を読んでいるのに気づいた。
「ふきのとうって知ってる?」

食べさせたこともないのに、ふと聞いてみた。
「知らない、これって食べられるの?」

息子はふきのとうを知らなかった。
わらび、ぜんまい、みず、タラの芽、こごみ、うど…。
息子は、それらがどこで採れるのか、どんな味なのか、ましてや名前さえも知らないのだ。
久しぶりに父に電話したくなった。
いつも母に受話器を取られてしまうけど、本当は私と話したそうにしている父。
きっと、山のこと、山菜のこと、いろいろ教えてくれるに違いない。
今度の日曜日、もし晴れたら…
息子を連れてふきのとうを採りに行こう。
母がそうしていたように、朝早く起きてお弁当をいっぱい作って。

春に行きたい場所、それは、春の山。

嫌いだった私の思いは、今はもうどこにもない。
その代わり、山菜をどっさり手に持って山の斜面を下りてくる
父の笑顔だけが、今もはっきり脳裏に浮かんでくるのだ。