あの頃確かにべラだった -2ページ目

あの頃確かにべラだった

シャガールの妻だったと信じるRyacoさんのブログ

アラサーと言われる年代になった頃から、あらゆるジャンルで本当に自分に合ったものを探してトライしてきたけど、
ここ最近になってようやく、ストレスのない下着だったり、自分の肌にベストな化粧品だったりが定着してきたような気がする。
特にここ1年くらい、同じものの色チ買いが多くなったのはたぶん、気持ちのよい使用感が理解できた証拠なのかも。


だから、おばあちゃんが亡くなるまでももの花を使い続けていたように、
私も永遠のMy定番みたいなものと既に出会っているのかも。
もちろん、今はマストなアイテムも、10年後にはズレてしまったり、廃盤になってしまったり、My定番をアップデートする機会はあると思うけど。


そういえば、眉ペンは16歳の時からずっと同じものを買い続けている。これはもう廃盤にならない限り永遠のベストだと思う。
初めて買ったとき感動して、当時仲良しだったのんちゃんに勧めたら、のんちゃんもとても気に入ってくれた。


本当にとても仲良くしてたけど、卒業したあとのんちゃんはホステスになり、私は大学生になり、いつの間にすっかり疎遠になってしまった。
卒業式のときは、また会おうねって言ったし、ずっと付き合っていきたいと思っていたはずなのに、今は連絡先もわからない。
(のんちゃんは今も同じ眉ペンを使っているんだろうか…)


と、My定番の話をぴこぴこ打っていたはずが突然旧友の話に飛んじゃう私だよ。
だけどまあそういえば人付き合いも、アラサー辺りから本当に合う人だけが残り、
その場限りの共通点だったり、思い出だけで繋がっていた人とは距離ができたように思うし…ってなんとか絡めて纏めようと必死。


そう思うと、永遠のベストなんてまだ判断すべきときじゃないのかも。
いろんな物にトライして、たくさんの人に出会って、だってまだ33歳だもの、もっともっと宝探ししたい。(無理矢理〆)

















(そういえば先日結婚記念日だったのでお祝いランチと、その他詰め合わせ写真。)
ずーっと無いものねだりばかりで、隣の芝生なんかもう毎日毎日青すぎるし、
あれも欲しいこれも欲しいと、いろんな物に手を出したけど。
いつしか必要のないものまでかき集めて腕が痺れていたことに気がついたから、いろんなものを手離してみたらとても楽になった。
それから、手元に残ったものがどれだけ自分にとって大切で尊いものかと、実感することもできた。


(服への物欲だけは止まらないけどね)


今だって望めば果てしなく無いものねだり出来るほど、私には足りないものばかりなのだけど、
今の自分を受け止めて、今の自分に出来ることに真っ直ぐ向き合っていたら、
余計に欲を張ることも、他人を妬むことも少なくなって、なんとなくふんわり平和なのだ。


大人になるって、自分を許すことなのかなあ。
ここで中二病な歌詞をお願いしますと言われたら、惰性だらけの大人にはなりたくない~みたいな感じで書きそうだけど。


自分に対して惰性することと受け止めることって、行動にしたら似ているようで、心持ちは全然違う。


なんて考えていた雪の日でした。
時間があるとね、いろんなことを考えがち。
(また時間があったら考えが変わるかもしれない)







前は歩く剃刀みたいだった
二歩手前からさらに二つ先を見てた
時計の針をぐるぐる回してた


と言われ、以前はものすごく生き急ぎながら刺々していたらしいことが伺えてなんか笑えた。


今の私は歩くわたあめみたいで、無理のない足元からせいぜいひとつ先を見るくらいだし、時計の針なんか止まってるのかと見間違うほど緩やかだと思う。


前と今と、どちらの生き方がいいのか悪いのかはわからないけど、
自分に対して優しくするようにしたら、人に対しても優しくなれたような気がするのと、
ゆとりを持ったことで、仕事に対して心から楽しいと思えることが増えたような気がして、
だから当分は呆れるくらいのスローライフを継続していってもいいのかなって思った。







さおりちゃんと、かなり遅れた誕生日アフターヌーンティー。
CHANELのハンドクリームをもらって、私からはサンローランのティントを贈呈。色ちがい!


そして最近のお散歩と




























この前のご近所ランチ






コロナの影響で、最近は半径500メートルくらいの範囲で動くことがしばしば。
遠出は大好きだけど、狭い範囲の中にも楽しいことや幸せなことがあるんだなって再発見しました。
自粛強化のため半径300メートルに絞ろうと、今日はおうちの前の広場だけ行ってきました。















奇跡的に一緒に撮れた4枚
全部イヤイヤ感出てて笑いました。





私たちの仕事は基本コンペだから、誰かひとりが勝ち取ったらその他たくさんの歌詞は陽の目を見ることがない。
世の中1位じゃなきゃ意味がない!なんて言いたくないけど、この仕事についてはもうそうとしか言えない。
同じ曲に別の歌詞がつくなんて普通ないからね、だからあいこでしょも銀賞もない。


CDになって世の中に発表された歌詞よりも、私のパソコンにしか存在しない歌詞のほうが断然多い。たぶん、20倍くらいある。
ようするに殆どの歌詞が落ちるわけだから、ある程度負けることにも慣れてきたのだけど、
毎回絶対勝ち取る気持ちで120%出してるつもりだから、ときどき本当に心の底から立ち直れない。


特に落ちた曲が街中で流れたりとか、宣伝のバナーなんか見ちゃった日にはもう
本当に心の中が洗濯機にでもなったかのようにぐるんぐるん揺さぶられてしまう。

 
負けを認めるって、とても大変なことだ。
羨んだり、妬んだり、悔しがったり、そういうドロッとした感情を受け止めるってことだから。


とかもやもや考えてたらポツンと口ずさんでしまった、自分が歌詞を書いた内田彩さんのANSWER。
あの曲はSuper Soy Sourceさんと共作させていただいたのだけど、
自分がキライだった主人公が、自分の弱さや傷を丸ごと抱き締めたことで最後は自分を好きになれた、認められたってストーリーだった。


そう、たぶんね、自分で書いててあれだけどこれ本当私にとってのANSWERで。
弱い自分を認めて、受け止められないうちは、前には進めないし自分も好きになれないよって、書いたんだよね。
うん、書いたのは私(と、Super Soy Sourceさん)だ。書いた本人が負けを認められずみっともなくもがいていたら滑稽だよ。


今ならキライじゃないキライじゃない
キライじゃないって 真っ直ぐ笑えるよ♪


↑今ここだけ大音量でリピート歌ってます。
アルバム持ってるかたは一緒に歌ってください。







真新しいことをはじめてみる機会って、意識して自分から飛び込まない限りなかなかないもんだ、たぶん大人になればなるほど。
既にいろんなことが経験済みだったり、今手元にあるものを育むのにいっぱいいっぱいだったりしてね。


去年作家仲間のひとりが、今年は10個の初体験をする!って目標を立てていて、素敵だなと思った。
難しいことだけでなく、初めて行くとか、初めて食べるとかもカウントしていって、ポイントカードのように今○個目!みたいに数えていたのを思い出す。


そういえば今年はまだ会っていないから、10個の目標は達成されたのか聞けていないけど、前向きで真面目な彼だからきっと達成したのだと思う。
もう3月だけれど、私の今年の目標は彼の目標コピペでいこうと。今決めました。














5歳のとき、私は何がなんでもセーラームーンになりたかったので、
幼稚園で将来の夢を描こう!みたいな機会があっときにうさぎちゃんの絵を描いた。


そうしたら隣の席の子が、
「ちぃちゃんはセーラームーンなんだ!私はセーラービーナスになるの」
と言っていたのが今でも忘れられないけど、その子の名前はぽっかり忘れた。


それから30年近く経った今、セーラームーンになってもいいよと突然言われたらかなり躊躇う。
生傷絶えないし、常に世の出来事に目を光らせていないといけないし、あとは何より33歳にもなるとセーラー服はかなりきつい。
たぶん、あの時隣に座っていた彼女もセーラービーナスにはなっていないと思う。


何が言いたいかっていうと、人の気持ちはそれが例えどんなに強い意志であったとしても、いつかは変わる可能性があるっていうことで。
「人の気持ちは変わる」というとどうしてもネガティブに捉えがちだけど、変化は何も悪い意味だけではないよねということで。


ナースになりたかったことも、漫画家になりたかったことも、歌手になりたかったこともあったけど、気づけば作詞家になり、今そこで落ち着いている。
全然想定していなかった職業なのだけど、今この肩書きがとても好きだし誇らしく気に入っていて、だから、環境や思考が変化してくれて良かったなぁと心から思う。
ありがとう、変化!


ここで唐突に、最近の美味しいものを貼って〆め。









資料集めて、昭和の音楽を沢山聴いた一週間。
元々古い服や建物などが好きな私は、どっぷりと浸りすっかり懐メロにハマってしまった。


昭和の歌詞は、今の曲より文学的。情景が思い浮かぶ、というより映像がドドッと流れ込み、情景に襲われる感じさえした。
今の曲はキャッチーだったり、耳障りがよかったりと、勿論今の良さがあるのだけど、レトロな言葉の美しさに気づいてしまったよ。


それにしても、息が止まるほど美しい歌詞に触れ、作詞家は誰だ!と調べたときの松本隆先生率の高さよ。
やっぱり松本先生は私にとって神様です。


脈絡なく最近の写真。
恐ろしいウィルスがはやってしまってるので、より一層引き込もってうさぎと戯れる日々です。











二人三脚で何かを乗り越えてみたり、一緒に飛び上がって喜んでみたり、
誰かと何かを分かち合えたとき、私はその人のことがもっと好きになる。


そういえばいつからか、きちんと心の底から分かち合える人しか周りにいなくって、
作り笑いをしてみたり、上辺の言葉を使ったりすることがなくなった。
大人になると逆に、そういう建前が増えるのかなあと思っていたけど、
大人になってからのほうがよっぽど、本物の気持ちで素直に人付き合いできている。


先週から今日まで、心からのおめでとうを2回言った。
人には昔から恵まれている。ほんと、いつもありがとうございます。






















何かの四天王ですか?というほど長生きだったじじばばの、
ラスボスばーさんが亡くなり、遂に四天王全員あの世にいってしまった。


折角みんな長生きしてくれたのに、健康で頭がしっかりしているうちに、いい所を全然見せられなかった。
もし、10年前の私が今の私なら、ひとつやふたつ誇れることもあったのに。
ちょっといいお菓子を買っていくお金も、今なら少しはあったのに。


親孝行したいときに親はいないなんていうけど、じじばばはもっとだった。
本当に、自立して自分の日々にそれなりの誇りを持てる頃には、もう天国なんだなって思ったら、悲しいのと情けないので涙が出た。


大切な人を見送るのは、何回経験しても慣れない。




自己分析するときって、どうしても弱点を探しがちだから、足りないものばかりが次々浮かんできて苦しくなる。
だけど、月丘さんのいい所はここですよと急に教えていただいたものだから、久々に自分の長所に気づくことができて救われた気持ちになった。


自分の弱さを知ることはとても大切だけど、足りない部分を無理して取り繕うよりも、優れている部分を強調しちゃうほうがずっと近道なのかも。


今年は少し遅めの書きはじめ。
通るか通らないかは別として、自分なりに満足できる仕上がりとなって、今年の滑り出しがこの案件で本当によかったと思った。


なんかよい写真が見当たらなかったから、唐突にパンケーキ行った日と春っぽいきゅーちゃん。














明日まで頑張ったら、少し休憩しよ。