★モダンドールズの答えは | BEROのBEROBERO通信

★モダンドールズの答えは

モダンドールズ BEROです。
福岡の音楽シーンやSTONESにまつわる話、企てている企画の事などを配信していきます。


今日はモダンドールズ(Modern Dollz)の話を少し・・。


写真ファイルの整理をしてたらモダンの写真が大量に出てきた。


私は当時モダンドールズからオールアクセスの許可を得て、バックステージやオンステージの撮影をしていた。


これは多分、都久志会館でやったときのバックステージの様子だ。

モダンにとっては3回目の都久志会館だったが、ライブハウスでやるときとは違った緊張感があるようで、ライブが始まるまでのメンバーは口数が少なかったと記憶している。

でも、独特の緊張感の中、佐谷や小峰が他のメンバーを笑わせようとジョークを言っては緊張がほぐれる瞬間があった。

それでも、ファインダー越しに見えるみんなの姿は確かにいつもとは違っていた。

この日、大勢の某プロダクションの方々と一緒に大沢誉志幸が客席にいたことは、あまり知られていない。

ハスキーでソウルフルな声が特長で、当時多くのヒット曲をもち、作曲家としても沢田研二の「おまえにチェックイン」などでも大活躍していたヴォーカリストだ。

モダンの人気は最高潮に達していた。

この日も超満員。

彼らはアマチュアでありながら都久志会館を満席にするという偉業を簡単に成し遂げていた。

それから数ヶ月が過ぎた頃、モダンドールズは福岡にいた。

次のライブの計画を立てるため天神のシェーキーズに集合して、メンバーが全員集まるまでジョークを飛ばしあう佐谷達。

誰も、あのときの話をしなかった。

だから私も、なぜモダンドールズが「NO」という答えを出したのか、聞くタイミングを逃してしまった。

佐谷が逝ってしまった今、その真実は永遠にわからない。

また、暑い8月がくる・・・・・。

※敬称略
※天神のシェーキーズは、モダンが打ち合わせの場所としてよく利用していた

2006年7月の松川泰之インタビューはこちら
1983年12月の佐谷光敏のエッセイはこちら