三沢光晴さんが亡くなられたのが13日(土曜)。


 あの日から10日がたちました。









 10日たった今、ようやく三沢さんの話をする心境になれたので、今日は亡き三沢光晴さんについてお話させていただきたいと思います。



  13日午後8時半ごろ、広島市中区基町の広島県立総合体育館であったプロレスリング・ノア広島大会で、試合中にノア社長でプロレスラーの三沢光晴さん(46)が倒れ、心肺停止状態で広島大学病院に救急搬送された。県警広島中央署によると、同10時10分に死亡が確認された。


 毎日新聞記事より



 

 この記事をインターネットで目にしたのが、13日(土曜)の23時頃でした。

 翌日にフットサル県リーグ開幕戦を控え、「さて明日に備えて寝るとするか」と思いながら、布団に入る直前のインターネット閲覧をしていたその時です。


 「うそだろ………」


 本当にインターネットの記事を疑いました。信じられませんでした。











 しかし嘘でありませんでした。真実でした。


 本当に三沢さんはプロレスの試合中に帰らぬ人となってしまいました。

 布団に入ってからも1時間以上は寝付くことができませんでした。



 翌日起きてからも”三沢さんの死”を受け入れることができずにいる自分がいました。

 開幕戦の美郷町にいる時、試合を終えて自宅に帰ってから、翌日の職場にて、夜間の ber gioco 練習、Mt.KINGS練習……。


 日常生活に身を置いていながら、心の中に占めている”三沢さんの死”があまりに大きくなりすぎていました。

 そのためか、いつもよりも気持ちの弱い自分、ふさぎこんでいる自分であったように今思います。







 わたしN岡の生活にはいつも「プロレス」がありました。


 今の若い年代の方はご存じないかもしれませんが、

 私が幼少期であった頃の「プロレス中継」は、ゴールデンタイム(19~20時)に放送していました。


 父親が大好きであったプロレス。

 私が物心付いた頃から、テレビに写るプロレスを父と、そして弟2人といつも観ていました。

 ゴールデンタイムに放映していた頃は、長州力が新日本を退団し、全日本に参戦していた時でした。ジャンボ鶴田&天竜源一郎 VS 長州力&谷津義章のタッグマッチは今も忘れることのない名勝負でしたね。

 また秋田にプロレス興行がやってきた時は、父が息子3人を引き連れる形で親子4人でいつも毎回観に行ったものです。

 2代目タイガーマスクとしてジュニアヘビー級戦線で活躍していた三沢さんはこの頃でした。




 ちなみに私は「新日派」ではなく、「全日派」でした。

 分かり易くいえば、「全日本プロレスファン」でした。


 「全日本プロレス」のテレビ放送が深夜に移っても毎週のようにビデオ録画して保存したり、

 毎週金曜日には「週刊ゴング」という専門雑誌を買って愛読していました。


 高校生のなった頃、クラスメイトや友人にプロレスファンがほとんどいませんでした。

 「プロレス談義」ができない寂しさから、特に仲のよかった友人に対して「プロレス話」ばかり聞かせて、無理やりプロレスファンにしたこともありました。これは実話です。


 その頃の三沢さんは小橋選手・川田選手らと「超世代軍」を結成し、故・ジャンボ鶴田選手率いる「正規軍」との激闘をしていました。


 故・ジャンボ鶴田選手やスタン・ハンセン選手らとの激しい「3冠ヘビー級」タイトルの争い。

 テリー・ゴディー&スティーブ・ウイリアムズ組との「世界タッグ」タイトルの死闘。

 毎試合名勝負となり「名勝負数え唄」と呼ばれた、小橋健太戦。

 感情むき出しの激しい殴り合いを演じた、川田利明戦。


 三沢さんの試合には常に「名勝負」が生まれ、後世にいつまでも伝えられる一戦ばかりでした。



  

 師匠である故・ジャイアント馬場さんの死去ののちに、自らが代表取締役として旗揚げした「NOHA(ノア)」。

 各種報道にもあるとおりに、プロレス人気低迷に歯止めをかけるべく、現役選手兼社長としての激務を長年勤め上げてきた三沢さん。



 その志なかばにして、突如帰らぬ人となってしまいました。


 本当に残念で仕方ありません。








 

 幼少期、青年期、そして成人へと……自らが大人へと成長していく過程において、いつも身近な存在であり続けた「プロレス」。そして「三沢光晴さん」。


 いつもテレビに写る三沢光晴さんは、マット上で躍動し観客の声援を浴びていました。テレビの三沢さんがはいつも輝いていました。

 そしていつも試合のたびに私に感動を享受し続けました。「負けそうになっても諦めない気持ち」を教えてもらいました。

  






 改めて…三沢光晴さんの逝去に対し哀悼の意を表させていただきます。
 

 合掌。