☆        日本と大陸の城ら❗   ;

    ◇     海外の反応
   2020/   4/25   20:25    露弁  ;   149 1,168   ;

    日本の城と西洋の城は、 外見からして、
   大きな違いがあります。
   それぞれの城の長短は、何だろうか、
   と、 海外の掲示板で、
   語り合っていました  :   reddit.com   ;

      ●投稿主❗    ;
    ヨーロッパの城と日本の城の、
   戦略上の長所と短所は、何だろう?   ;
   敵を遠ざけるようにするのではなく、
   キル・ゾーン     ;       殺し域     ;
   、 を使うようになっている西洋の城と、
   日本の城は、 外見の設計から、
   違っている。
  それぞれの長所と短所は、 何だろうか?   ;
    西洋の軍が、日本の城を包囲した場合は、
  どう対処する?    ;     あるいは、
   その逆は?   ;

    ●   どの時代かによるな。
    西洋の 、 ”  城  ” 、は、  殺ぎ域  、が、
  より、 機能的になっていった、
   ルネッサンス後に、
   星型要塞へと変わっていったんだし。

      ●    星型の要塞は、 北海道にもある。
   蝦夷共和国の時代  (  19世紀の後半  )。
※函館の五稜郭

    ●星型の要塞と、城は、 全然に、違う。
   星型要塞は、大砲が、  中世の城を     ;
 (    ついでに、軍のシステムも    )  、
   破壊した、 ルネッサンス戦争の産物だ。

    ●↑自分の理解してる限りだと、
   火薬による兵器が、 中世の、
  軍事システムを過去の物にした、
  んじゃなくて、 火薬兵器と結びついた兵站   ;
  (   logistics   ) 、  の大きな変化     ;
  (    と、それによる、軍システムの刷新    )
   、 からだったはず。

     ●   ↑中世の軍事仕須提   システ   ;
  システム     ;     、  は、  人々が、
   プレート・アーマー     ;       板鎧     ;
  、 を着なくなっていった中世の盛期     ;
  (    ※11、12、13世紀:wikipedia    )  、
   には、 破綻しつつあった。
   兵士らは、 雇われで、 重騎兵だった、
   騎士の割合は、 ほんの、わずかだった。

     ●   兵站は、  火薬兵器の出現前から、
  変わっていた。    非軍属の人間による、
   軍隊を作れる様になった火薬兵器は、
  確かに、その触媒には、なったけど。
  城は、 梯子に対抗するために、
   高くなっていったけど、
   大砲が、 それを破壊したんだ。

    一方で、 星型要塞は、 背が低く、
   大砲の弾が、まっすぐに、
   当たるんじゃなくて、  弾むように、
   スロープ    ;     坂     、 を成してある。
   更に、 マスケット銃で対応できるなら、
    要塞の規模については、
   そんなに、問題では、ない。

     ●     日本の城らでは、   防御する方が、
   昇ってくる敵を迎え撃てるように、
   西洋の城と比べて、
  多層状になっていることが、多い。
   あと、 日本は、 地震が多いから、
   石組みのヨーロッパの城らと違って、
   耐震性能が高い、木組みになっている。

    ●    中世のヨーロッパの城らは、
   石組じゃないのが、ほとんどだぞ。
  何で、そう思ってしまうか、というと、
  今までに残っているのが、
   石組みの城ばかりだから。
   多くの城は、 土と堀で補強された、
   木製の城で、これでも、
   侵入者らに対しては、かなり、
   効果的だった。
  当時でも、石は、かなり、
   高級な建材だったんだ。

    ●    ↑移行の期間が、かなり、
  長かったんだよな。
イギリスとアイルランドの小規模な要塞は、
       ➕     ~    11世紀の、
  モット・アンド・ベーリー     ;
   (    ※イギリスの要塞の形状の1つで、
   堀を掘って出た土で、 盛り土をして、
   要塞を作る:   wikipedia    )   、
   から始まり、  15世紀には、タワー・ハウス   
  (   ※塔状の建築物   ) 、 へと変わり、
   これが、  17世紀まで続いた。

     ●    ↑日本の木造建築は、
   漆や漆喰を使っているから、 驚くほど、
   耐火性があるぞ。

   ●   ↑それは、 そうかもしれないけど、
   多くの城が、焼け落ちてしまっている。
   5千は、あった城らの内で、
   現存しているのは、  12 、で、
   多くの城が、火事で燃えてしまっている。

      ●    どちらの戦略も、技術も、
    非常に、よく似てるよ。
 ヨーロッパの城は、  キル・ゾーンを利用し、
  日本の城らの様な、多層防御も使っている。
  大きな違いは、 使っている、
  素材が、理由だね。     日本の城らは、
  木組みで出来ているから、
  地震で、破壊されることが、ない。
  結果として、 攻城の兵器には、若干は、
  弱いけど、通常は、 城は、
  そういう兵器を持ち込みにくい、
  場所に建てられている。
  ヨーロッパの城らも、同じような、
  地形に建てられている。
  包囲攻撃に対する選択肢は、
   どちらも、同じだ。
  籠城して、 外部からの応援を待つか、
  攻めて出る。

    ●      建築的に、 日本の壁は、
   ヨーロッパの主だった城らが、
  対処していないものに、
   対応するようになっている。
   それは、 地震。    これは、
   日本の城の壁が、拡張しやすい、
   理由でも、ある、と思う。
   ヨーロッパの城の、まっすぐな壁と違って、
   地震に強くするために、
   分厚く、傾斜している。
    日本の城らが、 
  拡張できるようになっているのは、
  壁に、傾斜が付いている分、
  まっすぐな壁の西洋の城よりも、
   幾分かは、 乗り越えやすいため、
   多層状に、防衛網を敷けるようにした、
    というのも、 理由らの1つ、
  なんじゃないだろうか。

    ●      日本の城らは、 敵が侵攻するには、
  何度も、壁を登ったり、
  門を燃やしたりしなくちゃいけない様に、
  多層な構造になってる。
  あと、壁も、 敵の火矢を防ぐために、
  斜めの板が付けられている。

     117.     日本と西洋では、   根本的に、
  地形が違う。   日本は、 山がちで、
   狭い道路を通らねば、ならないので、
   攻城の兵器は、 発達のしようが、ない。
    映画を見ても、分かるように、
   攻城兵器は、 巨大だ。
   同じ理由で、 大砲も、発達しなかった。
   クロス・ボウも、日本、 以外では、
   どこでも発達し、 大量に使用されたが、
   地形が複雑な日本では、
   長射程の意味がなく、
   連射が、 大きな意味を持った。

   当然に、 兵器も城も、
   それに合わせたものとなった。
   近代で見る城郭は、 安土城からで、
   それ以降は、 銃砲や大砲、
  等が、 重要となっていった。
   そのため、 熊本城や会津城は、
  近代戦でも、容易には、攻略できなかった。
  
     136. >>118     ;       必要なかったのは、
   その通りだけど、  理由は、違う。
  単純に、 日本においては、  和弓の方が、
  クロス・ボウよりも、 優れているから。
   クロス・ボウ 、 というのは、
   射手の熟練を要さない、 という点が、
   最大のメリットであり、
   熟練した射手を多く用意できる、
   環境の下では、 長弓に劣る❗ 。

   @     日本の近世の城郭に、
   大砲を打ち込んでも、その防御性には、
  ほとんど、影響が、ない❗ 。 

   中世の山城ならば、 ほとんど、
  土塁、なのか、 山、なのか、
   分からない程で、 土に、
   大砲の弾を撃ち込む事になる。 
    日本の城郭の防御性は、 堀と土塁が主役。
  後に、石垣も、それに加わる。 
    欧州や中国大陸で、 
  大砲が打ち込まれたのは、 その、
   石造りや、レンガつくりの城壁を、
  ガラガラと崩すため❗ 。  
     日本の城の城壁は、材質が違うので、
   大砲を打ち込んでも、ガラガラとは、
   崩れないし、 また、
  土塁や石垣に打ち込んでも、
   意味が、無い。 

       ・・ 続きは、 務録    ブロク    ;
 『    夜桜や    夢に紛れて    降る、寝酒    』
  、で❗ 。