☆     源頼信氏❗  ;
  歴史拾遺    ヒロイ  ;
     
         ☆    Japaaan    ;
     家族や友人など、もしも、大切な方が、
  「  人質にとられたら  」、 どうしますか?、
   身代金を支払うなどして、
  要求を呑むか、あるいは、
  「  テロに屈する訳にはいかない!  」、
  と、あえて、見殺しにするでしょうか。

    極限の状況の下のにおける決断こそ、
  人間の真価が問われる、 と言いますが、
   ここで、ある武者の逸話を紹介したい、
  と思います。

   彼は、 テロに屈せず、  人質も、
  見殺しにはしませんでした。

    時は、 平安時代の、  長保二年   ;
  第千年   、 ごろ。

    今回の主人公の 、 源頼信
 (   みなもとの よりのぶ  ) 、 氏が、
   上野介  (   こうづけのすけ。   現:
  群馬県の国司   ) 、 として、
  現地に赴任していた時のこと。

     頼信氏には、   藤原兵衛尉親孝
  ( ふじわらの ひょうえのじょう ちかたか )、
  氏、 という、 乳兄弟    ;
  (    乳母の子。   主従が、 
  同じ母親に育てられることで、
  兄弟同然の絆と忠誠心が養われた    ) 、
  がおり、  すぐ、近所に住んでいました。

    ある日に、  親孝氏の家に、
  盗人が忍び込んだところで、  主君の、
   頼信氏と同じく、
 「   極 (  きはめ  )タル、
  兵(   つはもの   」、 として知られた、
   親孝氏は、 恐れる事なく、それを捕らえ、
  縛り上げておいたのですが、どうした事か、
  巧く逃げられてしまいます。

    その時、 親孝氏は、 出勤していて、
  不在だったために、 家来たちが、
  すぐに、追い駆け、 間もなく、
  盗人に追いつくのですが、
   追い詰められた盗人は、 すぐ近くにいた、
  「   5  ~  6歳の可愛らしい男の子    ;
  (     五ツ六ツ計   バカリ  、 ナル、
  有ケル男子ノ、  形チ厳カリケル    」   、
  を、 人質にとると、  物置小屋     ;
 (  壺屋  )  、 へ立て籠もります。

    盗人が、  男の子をねじ伏せて、
  膝で、おさえつけ、 刀を抜いて、
  その腹へ突きつけた様子に、 一同は、
  すっかり、青ざめてしまいました。

    それも、 その筈、 盗人が人質にとった、
  男の子とは、  他ならぬ、
  親孝氏の息子だったのです。

    さぁ、困りました。
   とにもかくにも、報告せねば、と、
  家来の一人が帰って来ると、ちょうど、
  親孝氏も帰宅していました。

「   大変です❗、 逃げ出した盗人が、
  若君を人質に、立て籠もりました❗  」 ;

【  原文  】 ;  「      若君ヲバ、  盗人
 (  ぬすびと  )、 質  (  しち  )、
  ニ取リ奉リツ    」 。

   聞いた親孝氏が、 慌てふためきながら、 
  現場に急行してみれば、 確かに、   
  捕らえた筈の盗人が、  厳
 (   いつくし  =  慈し   ) 、い我が子に、
  白刃を突きつけています。

   一瞬、目の前が真っ暗になった     ;
  (   見ルニ、 目モ暗レテ、  為ム方無ク
  思ユ   )  、  親孝氏ですが、そこは、
  「  極タル兵  」 、 の意地、 どうにか、
   我が子を奪い返してやろう、と、
  にじり寄るも、

  「   近寄るな❗ 、  近寄ったら、
   子を突き殺すぞ❗  」  ;

  【 原文 】 ;   「     近く、ナ、 寄リ
 不御座 (  おはしまし  ) 、 ソ。
  近クダニ寄御座  (  よりおはしまさ  ) 、
  バ、  突キ殺シ奉ラムトス   」  。

   と、 凄まれてしまっては、
  どうすることもできません。

「    あぁ……我が子を殺されてしまったら、
  こんな盗人ごときを、
  ズタズタに切り刻んだところで、
 いったい、何になると言うのだ…   」  ;

 【 原文 】  ;   「     現ニ云  (  いふ  ) 、
  マヽニ突キ殺  (  ころし  ) テバ、
  百千ニ此奴ヲ切リ刻(  きざみ  )タリトモ、
  何ノ益カハ可有  (  あるべ  )キ   」 。

   途方に暮れてしまった親孝氏は、   
  家来たちへ、 「    逃げないよう、
  遠巻きに囲っておけ❗  」、と、
  命じておき、  自分は、
  国司の館へ急行しました。

    こうなったら、もう、
  頼信氏を恃むよりなかったのです。

    さて、  国司の、頼信氏の官邸は、
   すぐ近く。   親孝氏のただならぬ様子に、
   驚いた頼信氏が、  「    これは、 一体、
  どうしたことだ  (   此ハ何事の有ゾ  」
  、 と尋ねると、 親孝氏は、

  「     大事な一人息子を、  賊の人質に、
  とられてしまいました❗   」  ;

 【 原文 】 ;   「    只独リ持テ候フ子ノ童ヲ、
  盗人ニ質ニ被取 (  とられ  )テ候フ也   」 。

   、と、泣き出してしまいました。

    平素からの親子の情愛深さが、
  察せられるところですが、
   今は、状況が状況。

    頼信氏は、 動じることなく、
  咲(  笑  )って、 親孝氏をなだめます。

「     我が子が愛しい気持ちは、 解るが、
  別に泣くほどのことはなかろう。
  こんな時こそ、相手が、 鬼神だろうと、
  挑みかかる勇気が大切なのだ。

   いっそ、 『   こわっぱの一人くらい、
  殺させれば、よかろう    』、 位に考えよ。
   そもそも、 『   我が身が惜しい、
  妻子が心配だ   』、 などと言っておっては、
  武士の奉公は、 務まらぬ   」  ;

【  原文  】  ;   「      理ニハ有レドモ、
  此ニテ可泣  (  なくべ  ) キ事カハ。
  鬼ニモ神ニモ取合  (  とりあはむ  ) 
  ナドコソ可思  (  おもふべ   )ケレ……
 (  中略  )……然許  (  さばかり  )ノ小童
  (  こわっぱ  ) 一人ハ突殺サセヨカシ。
   然様 (  さよう  ) の心有テコソ、兵
 (  つはもの  ) ハ立ツレ…(後略)…   」 。

      一度は、 戦場に出てしまえば、
  いかに、手立ては打てようと、
 故郷の妻子を直に守ることは、できない。

   しかし、妻子の事など気にかけていては、
  奉公がおろそかになって、
  自分が、殺されるだけなら、まだしも、
  味方は、 戦に敗れ、
  主君に、面目が立たない。

    それなら、いっそ、気がかりとなる、
  子供など、殺させてしまえば、
  心置きなく戦い、奉公も適うというもの。

     現代の価値観からすれば、  随分と、
  酷薄で、非情にも思えますが、  これが、
  武士の倫理であり、  戦場で、
  互いの命を預け合う仲間に、
  求められる資質でした。

   ただ、頼信氏も、 別に、
  親の愛情がわからない人ではなく、
  ちゃんと捕漏を入れています。

   「    まぁ……とは言うものの、  一つ
   わしが行ってやろう   」  ;

 【 原文 】 ;   「……(前略)……然ニテモ
  我レ行テ見ム   」 。

   そう言って、太刀を一振り手にとり、
  悠然と出かけていきました。

    さて、太刀を一振り持って、
  現場に到着した頼信氏は、盗人が、
  親孝氏の息子を人質にとって立てこもる、
  物置小屋 (  壺屋  )、を確認します。

  「   上野介様だ❗、
     上野介様が来られたぞ❗  」 。

   すると、 盗人は、その顔色が、
  みるみる青ざめてしまいました。

  それも、そのはず、かねてより、
  文武に名高く、鬼神も恐れぬ豪傑として、
  知られた源頼信氏が来たとなれば、
  人質などは、お構いなしに、
  自分を殺しに来るかも知れません。

   もうダメだ、と、震え上がった盗人は、
  いよいよ、テンパって、
  童に、刃を突きつけます。

  「    く、来るな❗ 、  こ、こいつが、
  どうなってもいいのか❗   」 。

   すっかり、泣き疲れていたであろう息子も、
  また怖くなって、大声で泣きわめきますが、
  そんな事で動じる頼信氏では、ありません。

    頼信氏は、 盗人に訊ねます。

「   そなた、その童を人質にとったのは、
  そなたが助かりたいためか。それとも単に、
  その童を殺したいためか……申せ   」  ;

  【 原文 】  ;    「    汝(  なむぢ  )ハ、
  其ノ童ヲ質ニ取タルハ、我ガ命ヲ
 生カムト思フ故カ、  亦(  また  )、只
  童ヲ殺サムト思フカ。  慥(  確か  )ニ
  其ノ思フ所ヲ申セ、彼奴   」 。

   静かに、しかし、有無を言わさぬ、
 威厳をもって発せられた頼信氏の問いかけに、
 すっかり萎縮しながら、盗人は、答えます。

「    別に、  子供を殺したい訳が、
  ないじゃないですか。  ただ、
  私は、死にたくない、 生き延びたい、
  と思うから、 一縷の望みを賭けて、
  人質をとっただけです   」 。

 【 原文 】 ;    「    何  (  いか  )デカ、
  児ヲ殺シ奉ラム、 トハ思給ヘム。
  只、 命ノ惜ク候ヘバ、 生カムトコソ、
  思ヒ候ヘバ、  若(  もし  ) ヤトテ、
  取奉タルナリ   」 。

    そりゃ、 そうだろうな……という事で、
  頼信氏は、 盗人に、
  「  解決策  」、 を提示します。

  「     よし……それなら、  悪いようには、
  せんから、 刀を捨てよ。この頼信が、
  『  捨てよ  』、 と言うからには……、
  解って居ろうな……  この頼信を信じて、
  刀を捨てよ    」  ;

 【  原文  】   ;    「     ヲイ、 然ルニテハ、
  其ノ刀ヲ投ゲヨ。    頼信ガ此許
 (  かばかり  )、  仰セ懸ケムニハ、 否投
 (  えなげ  ) デハ不有 (  あらじ  ) 。
   汝ニ童ヲ突セテナム、  我レ否見
 (  えみ  ) マジキ。   我ガ心バヘハ
  自然  (  おのづか  ) ラ、音ニモ聞クラム。
  慥ニ投ゲヨ、彼奴   」 。

   刀を捨てて、人質を解放すれば、
  命は、助けてやる。

   そうは、言われても、刀を捨てたら、
  約束を反故にされてしまうかも知れない。

   盗人は、暫し、 逡巡しましたが、結局は、 
  頼信氏を信じることにしました。

「    ありがとうございます。  頼信様が、
  そう仰せなら、どうして、 
  背くことがありましょうか   」 。

 【 原文 】  ;   「    忝(  かたじけな  )ク、
  何(  いか  )デカ仰セ事ヲバ不承
 (  うけたまはらで  )ラ
 候(  さふら )ハン。  刀ヲ投ゲ候フ    」 。

 そう、 刀を投げ捨てると、
  童を解放したのでした。

   さて、頼信氏は、 家来たちに命じて、
 盗人を捕らえて、引き出させました。

   大切な息子を殺そうとした極悪人ゆえ、
  親孝氏は、 斬り捨ててくれようと、
  息巻きますが、  頼信氏は、
  それを制して言いました。

  「     こやつは、 この頼信を信じて、
  息子を解放したのだから、  
  約束を反故には出来ない。   そもそも、
  盗みを働くのは、 貧しいからであり、
   人質をとったのは、
   助かりたいからであって、
  憎む事でも、ない。   結局、
   息子は、 無事だったのだから、
  今回ばかりは、 赦してやる。  道中、
  何か、入用な物はあるか?    」  ;

  【  原文  】  ;   「     此奴、   糸(  いと  )、
   哀レニ此ノ質を免シタリ。
  身ノ侘シケレバ、 盗ヲモシ、
  命ヤ生  (  いかむ  )トテ、
  質ヲモ取ニコソ有レ。
  悪  (  にく  )ガルベキ事ニモ非ズ。
  其レニ、   我ガ、「  免セ  」、ト云ニ随テ、
  免シタル、物ニ心得タル奴也。
  速(  すみやか  )ニ、 此奴免シテヨ    」、
 「    何カ要ナル。  申セ   」 。

    こう聞いて、盗人は、
   感涙にむせぶあまり、  何も、
  言えなくなってしまいます。

  そこで、 頼信氏は、家来に命じます。

 「    よし、こやつに食糧を少しくれてやれ。
  それと、盗みの報復を受ける、
 かも知れないから、 厩の駄馬に、
  鞍を載せたものと、弓矢も、
  一揃いくれてやれ   」 。

    罪を赦したばかりか、  そもそも、
  盗みをするのは、 飢えたゆえ、と、
  食糧を与え、更には、 報復を受けない、
  場所まで、 身を護れるよう、
  馬や武具までくれてやる始末。

     盗人の恐れ入りようは、
   察するに余りあります。

  「    その食糧がある内に、
  まっとうな仕事を見つけて、今度こそ
   真っ当に暮らせよ……
  さぁ、早く行くがいい   」  ;

【 原文 】 ;   「      此ヨリ、 ヤガテ、
 馳散 (  はせちら  )シテ去( い )ネ   」 。

   盗人は、 頼信氏へ、礼を言い、
 親孝氏らな父子に詫びると、  そのまま、
  駆け去っていったのでした。

   その後に、 その盗人が、 どうなったかは、
  誰も知りませんが、  命の助かった、 
  親孝氏の息子は、   金峰山       ;
 (    みたけ。  現:奈良県の、 吉野郡は、
  ・金峯山寺?   )  、 で出家して、
  明秀(  みょうしゅう  )、 と名乗り、
  修行を積んだ末に、  阿闍梨 (  あじゃり  )、
  と、なられたそうです。

   こうして、 頼信氏は、人質の命も、 
  盗人の命も救ったのですが、
   これが、 成功したのは、頼信氏が示した、
  「  兵 (  つはもの  ) の威   」 、が、
   あってのことでした。

    盗人が、その名を聞いただけで、
  戦意を喪失し、観念してしまう程に、
  武勇にすぐれていた事に加えて、
  頼信氏が、 「  命を助けてやる  」、
  と、 言えば、 親孝氏のように、
  殺意を持った者がいても、
  制することのできる威厳、そして、
 「   そもそも、 盗みをするのは、
  貧しいからだ   」、と、
   罪を赦せる、慈悲。

    これらを総括して、 当時は、
  「   兵 (  つはもの  )の威   」、 と称し、
  それを感じたからこそ、  盗人は、
  頼信氏を信じて、 刀を投げ捨て、
 人質を解放したのでしょう。

    一方では、
  「    子供など、 足手まといなら、
  殺させてしまえ❗  」 、と、
  言い放つ非情さと、
  盗みをはたらくまでに追い詰められた、
  人に対する、 慈悲深さ。

    これらは、 決して、相反する物ではなく、
  武者にとっての、 「  中庸  」、 とは、
    両極端を足して、二で割った、
 「  平均値  」、 ではなく、
   両極端のいずれにも対処できる、
  柔軟さを意味します。

「  If I wasn’t hard,   I wouldn’t be alive.
   If I couldn’t ever be gentle, 
  I wouldn’t deserve to be alive.  」
(    タフでなければ、生きて行けない。
   優しくなれなければ、
  生きている資格が、ない  )  ;
※レイモンド・チャンドラー氏著  ;
 『  プレイバック  』、 より。

    かつて、 武者たちが理想とした、
 「  兵の威  」、は、   戦乱のない、
  現代にあっても、平和や、
  大切な者を守るために、大切なことを、
  私たちに教えてくれます。

     ☆       海底からの噴火で、
   日本の領土が拡大か。
  数千人以上の日本人たちを監禁している、
  シナ❗   17/  3/25  16:53   ;

【      より早くに、 
   日本人たちの足元の地下へ、 
  避難経路らと、 
 住める避難所らとを、 作り拡げてゆく、
   公共事業らを成して、
  英米の実態的な金融員らから、
  日本国民たちへ、
  押し付け続けられて来てある、 
  『  デフレ  不況性  』 、 
  を、 解消し去ってゆくべき、 必要性が、
   日本国民たちと、 在り得る、 
  日本国民たちによる、 
  平和への調停を有効に受け得る、 
  可能的な戦争当事者としてもある、
   世界中の一般の人々には、 ある      】。

   ◇   湧き水の      濁りに続く        山津波 

       無い、水どもが        湧くも、先触れ・・。

  ◇    連れ殺す        浜から沖へ        離岸流 

         脇へ泳いで             命を拾え・・。 

    ◇       根途記事  ➕  論弁群  ➕    ;

    ☆      1858年に、 
    ・・立山カルデラ 、  という、 
  火山陥没地の、 脆い山の斜面が、  
  広大な範囲にわたって、 崩れ落ち、

    常願寺川の上流である、 
  真川や湯川をせき止めてしまったのだ。

 それから1週間ほどは、 何もなく過ぎた。
  が、 常願寺川の流量が、 5分の1しかない。

 誰彼ともなく、 山津波が来ると、 騒ぎ出し、
藩主や家中の侍たちは、 呉羽山に避難し、
城下の町人たちも、 家財を捨てて、 避難した。

  ◇   粥 カユ のごとき、 土砂の濁流❗  ;

   洪水時の常願寺川 ; 写真提供:
   立山カルデラ砂防博物館 ;

  先の地震から、 半月ほどを経た、 3月10日
(  新暦の、 4月22日頃  ) 、 だった。
 桜の花も散り、
  暖かい日が続いていた、 という。

   突然に、   立山の全山が崩壊したか、
  と思えるような、 
 激しい地鳴りがしたかと思うと、

 「    川筋の一面に、 黒煙が立ち上り、
みるみるうちに、 大岩小岩、大樹、
 森羅万象、押し出され、 
  右押し出せる内には、 
  水は、 一滴もなく、 皆、 固き粥のごとき、
   泥砂にて、 その内、 大小岩相交じり、    
  また、 岩と岩とが衝突して、砕け、 
  時々, 黒煙立ち上り、

  葦峅寺までは、 20~30間 
(  36 ~ 54 メートル  ) 、 ばかりの、
  大岩を押し出して、
   2、3里下の横江村辺では、 7~8間   ;
(   13メートル前後   ) 、 の石を押し出し 
   (  中略  );

   なかんずく、 廻り、  6 ~ 7尺の樫の木に、
   猿の、2匹が、 すがりながら、 
  葦峅辺より、 半屋村まで、
   4里あまり、 流れ来たり。

   その木そのまま、 今も、 川中に立てり。
   実に、 万代未曾有の変事なり    」
 (  『 立山変事録 』 ;    一部を意訳   )。

  この土石流は、 今の大日橋あたりから、
 右岸の舟橋村を直撃し、 白岩川をつたって、
  水橋の港を襲った。

 水橋の港では、 膨大な流木らが押し寄せ、
その下へ、 土砂が潜って、 大渦巻きが起こり、
 なにやら、 鯨のような、 
  得体の知れぬ生き物が、 渦の中で、 
  青白い炎を吐いた、 という、
  怪奇現象も報告されている。

        ・・続きは、  ブログ   ;
 『    夜桜や    夢に紛れて    降る、寝酒    』
 、で❗。