☆ 関東管領と剣豪将軍❗ ;
歴史拾遺 ヒロイ ;
天文 18年 ( 1549年 ) 、の、
江口の戦いに勝った、 三好長慶は、
管領の、 細川晴元や、
将軍の、 足利義藤氏を、 近江へと追い、
京都で、 三好政権を築く。
天文 19年 ( 1550年 )、 の、 5月に、
父の、 義晴氏が、 穴太にて死去し、
義藤将軍は、 父が建設を進めていた、
中尾城で、 三好軍と対峙した ;
( 中尾城の戦い ) 。
戦局が好転しないまま、 11月に、
中尾城を自ら焼いて、 堅田へ逃れ、
翌る、 天文 20年 ( 1551年 )、の、
1月には、 政所頭人である、 伊勢貞孝が、
義藤将軍を、 強引に、 京都へ連れ戻して、
三好方との和睦を図ろうとして、 失敗し、
これを知った、 六角定頼氏の勧めにより、
2月に、 朽木へ移ったが、
これに反発した、 貞孝は、
奉公衆の進士賢光氏らを連れて、
京都へ戻り、 三好方に離反した。
同じ年の、 3月には、 義藤将軍は、
京都の貞孝の屋敷に、 長慶が呼ばれる、
との情報を得ると、 先に、
貞孝と共に帰京した、 進士賢光氏を、
伊勢邸に潜入させ、
三好長慶を暗殺しようと目論んだが、
失敗した。
賢光氏による暗殺劇は、 長慶に、
軽い傷を負わす程度に終わってしまい、
賢光氏は、 その場で自害した。
また、 5月5日に、 長慶への親派の、
河内への守護代、な、遊佐長教が、
暗殺された事件も、 義藤将軍の仕業とされ、
畿内に、不穏な空気が漂った。
7月には、 三好政勝、と、
香西元成を主力とした幕府軍が、
京への奪回を図って、 侵入したが、
松永久秀とその弟の、 松永長頼
( 内藤宗勝、丹波守護代 )、により、
破られた ;
( 相国寺の戦い )。
天文 21年 ( 1552年 )、の、 1月、に、
義藤将軍は、 長慶と和睦し、
京都に戻った。
これは、 同い月に、
六角定頼氏が急逝して、
和解への空気が生まれたことによる。
伊勢貞孝は、 赦免される一方で、
細川晴元は、 京都を脱出した。
2月には、 三好長慶が、 御供衆として、
幕臣に列せられ、 長慶が推す、
細川氏綱が、 京兆家を相続し、
その弟の細川藤賢が、 典厩家を相続する、
ことが、認められた。
が、 義藤将軍の側近である、 奉公衆の、
上野信孝氏が台頭し、 これに反発する、
幕臣との確執が強まった。
特に、 この年の6月に、 義藤将軍が、
伊勢貞孝らの反対を押し切って、
山名氏や赤松氏の守護職を奪って、
尼子晴久氏を、 8か国への守護に任じた、
ことで、 幕府内に動揺が生じた。
天文 22年 ( 1553年 )、の、 閏1月、に、
上野信孝氏などの、 側近の奉公衆らは、
長慶への排除のために、細川晴元と通じ、
2月には、 三好への親派な、伊勢貞孝が、
信孝らへの追放をなすべく、諫言を行い、
これに、長年を、義晴・義藤将軍に従って、
三好氏と戦ってきた、 大舘晴光氏や、
朽木稙綱氏も、 同調した。
3月には、 義藤将軍な自身が、
長慶との和約を破棄して、
東山の麓に築いた、 霊山城に入り、
晴元と協力して、 長慶との戦端を開いた。
義藤将軍は、 晴元と長慶が、
芥川山城を包囲している最中に、連合して、
入京を目論むが、 7月に、 長慶が、
芥川山城に抑えの兵を残し、上洛すると、
8月に、 幕府軍が籠る、
霊山城が攻め落とされてしまった ;
( 東山霊山城の戦い ) 。
同い月に、 義藤将軍は、
母方の伯父である、 前の関白、な、
近衛稙家氏らを伴い、 朽木元綱氏
( 稙綱氏の孫 ) 、 を頼って、
近江は、 朽木谷に逃れ、 以降は、
5年間を、この地で過ごした。
長慶は、 将軍に随伴する者らについては、
その知行を没収する、 と、 通達した、
が、ために、 随伴者の多くが、
足利将軍を見捨てて、 帰京した、という。
やがて、伊勢貞助や、結城忠正のように、
奉公衆でありながら、
三好氏の家臣に準じた立場で、
活動する者も現れるようになった。
天文 23年 ( 1554年 )、の、 2月12日に、
義藤将軍は、 朽木谷に滞在中、
名を、 義輝に改めている。
年号が、 永禄に改元された際、
朽木谷にいた義輝将軍は、
改元を知るのに、 3か月がかかり、
それまでは、 古い年号の、
弘治を使用し続けることとなったため、
朝廷に抗議している。
永禄 元年 ( 1558年 )、の、 5月に、
義輝将軍は、 六角義賢( 承禎 ) 、氏、
からの支援で、 細川晴元とともに、
坂本に移り、京の様子を窺う。
翌る月に、 幕府軍が、 如意ヶ嶽に布陣して、
三好長逸らの軍と、 北白川で交戦した ;
( 北白川の戦い ) 。
一時期は、 六角義賢氏からの支援を受けた、
義輝将軍側が、優勢であったが、
長慶の弟な、三好実休の反攻を受け、
さらに、 六角義賢氏からも、
支援を打ち切られたために、
戦況は、思うように展開しなかった。
11月に、 義輝将軍は、
六角義賢氏の仲介により、
長慶との間に、 和議が成立した、
ことに伴い、 5年ぶりの入洛を実現し、
御所での、 直接的な幕府政治を再開した。
この年の12月28日には、 伯父の、
近衛稙家氏の娘を正室に迎えている。
長慶は、なおも、 権勢を高め、
幕府の御相伴衆に加えられ、さらに、
修理大夫への任官を推挙されたが、
同時に、 義輝将軍への臣として、
幕府の機構に組み込まれることとなった。
ただし、 長慶も、 義輝将軍の権威に、
自らが取り込まれる危険性や、
長年を対立してきた自身と、
義輝将軍、との、 和解が難しいことは、
理解しており、
永禄 2年 ( 1559年 )、の、 12月に、
その嫡男な、 孫次郎が、 義輝将軍から、
偏諱を拝領して、 義長 ;
( 後に、義興 ) 、 と名乗り、
翌る、 3年 ( 1560年 )、の、 1月に、
義長が、 三好氏の代々の官途であった、
筑前守に任ぜられると、
長慶は、 三好氏の家督と、 本拠地である、
摂津国は、 芥川山城を、 義長に譲って、
河内国は、 飯盛山城に移っている。
長慶は、自身は、 義輝将軍、と、
一定の距離を置きつつ、
三好氏の新しい当主となった、 義長
( 義興 )、と、
義輝将軍、との間で、
新たな関係性を構築することで、
双方の関係の安定化を図った、
と、 みられている。
長慶が、 御相伴衆になると同時に、
嫡男の義興と、 重臣の松永久秀が、
御供衆に任ぜられている。
義輝将軍は、
天文 23年( 1554年 )、には、
大友氏から、 鉄砲と火薬の秘伝書 ;
『 鉄放薬方并調合次第 』 、を手に入れたり、
永禄 3年 ( 1560年 )、 には、
ガスパル・ヴィレラへ、
キリスト教の布教を許している。
永禄 8年 ( 1565年 )、に、
正親町天皇は、 京都から、
イエズス会を追放するよう命令したが、
義輝将軍は、 この命令を無視した。
◇ 越後の龍・長尾景虎氏❗ ;
義輝将軍が、 京都に戻った翌る年な、
永禄 2年 ( 1559年 ) 、には、
2月に、
尾張 ; ( 現、愛知県の西部 )、の、
織田信長氏が、 少数の供を連れて、
上洛し、 義輝将軍に拝謁した。
また、 その少し後には、 美濃 ;
( 現、岐阜県 )、の、 斎藤義龍
( さいとう よしたつ )、 氏が、上洛し、
領地の一部を、 将軍に寄進し、
義輝将軍は、 義龍氏を、
相伴衆に任じて、 これに報いている。
各地の大名らが、 短期間とはいえ、
上洛し、 将軍に懇託 コンタク ;
コンタクト ; 、 を取ってくるのは、
義輝将軍の存在価値を、 大名たちが、
改めて、 再認識したからであろう。
そして、 4月に、 義輝将軍にとって、
運命的な出会いが訪れた。
越後 ; ( 現、新潟県 )、の、長尾景虎 ;
( 後の上杉謙信 〈 うえすぎけんしん )、 が、 精兵な、 5千余りを率いて、
上洛した。
さすがに、 5千もの、将兵らを、
京都に入れることを、 三好が嫌がり、
景虎氏は、 兵らを、 近江に留め、
供回りのみで、 京都の義輝将軍に拝謁した。
景虎氏が、 義輝将軍を公式に拝謁した、
目的は、 大きく、 二つ。
一つは、 義輝将軍の京都への帰還、への、
祝いであり、
もう一つは、 関東管領
( かんとう かんれい )・上杉憲政
( うえすぎ のりまさ )、 氏が、
望んでいる、 関東管領職と上杉家を、
景虎氏が、 継ぐこと、 への、
将軍の義輝氏からの許可を得る事だった。
しかし、 それだけであれば、
5千もの、将兵らを引き連れる、
必要は、ない。
景虎氏には、 もう一つ、 義輝将軍へ、
内々に伝えたいことがあった。
景虎氏の上洛は、 3ヵ月以上の、
長きに及ぶことになる。
その間に、 義輝将軍とは、 何度か、
私的に、ごく少数で、 酒席を囲む、
機会を得た。 そこで、 景虎氏は、
将軍へ、次のように伝えた、 という。
「 たとえ、 どのような状況になっても、
相応の御用を命じて下さるのならば、
私は、 領国のことなど、 一切を、
捨て置き、 無二、 上意様
( 義輝将軍 )、 の御前を、
お守りいたす所存です 」 。
驚愕した義輝将軍の表情に、みるみる、
感動の色が浮かんだことだろう。
領国を捨ててまで、将軍を守る❗、
という、大名が、 目の前にいるのだ。
義輝将軍は、 後日、書状に、
「 景虎氏の )、 覚悟に、
感じ入るばかりだ❗ 」、 と、 記し、
この時の喜びを伝えている。
「 そのために、
越後の兵を連れて参ったのか 」、
「 御意。 わが兵をもってすれば、
いかなる敵をも退治してご覧に入れます 」。
景虎氏の言う敵が、実権を握る、
三好一族であることは、明らかだった。
越後の龍 、と恐れられる景虎氏が、
采配を取れば、 確かに、
三好勢を粉砕するかもしれない。
しかし、 最終の決着までには、
時間がかかるだろう。 その間に、
景虎氏の領国な、 越後や、
関東が失われては、 元も子もない。
義輝将軍は、 景虎氏に感謝しつつ、
今は、 兵乱を起こすことを望んでいない、
と、伝え、 酒席に、
一人の貴人を迎えることにした。
その貴人とは、 関白の、 近衛前嗣
( このえ さきつぐ 、 後に、 前久
〈 さきひさ ) 、 氏。
義輝将軍は、 その前年に、 近衛家より、
正室を娶 ( めと ) っているが、
前嗣氏は、 その弟で、
義輝将軍への義弟にあたる。
年齢は、 将軍も、前嗣氏も、 ともに、
24歳。 景虎氏は、30歳であった。
近衛前嗣氏は、 関白、 という、
要職にある上に、 豪胆、かつ、
行動力のある人物で、 景虎氏とも、
すぐに、 昵懇 ( じっこん )、 となる。
そして、 この時に、 3人の間で、
密約が結ばれたのではないか、
とする、説がある。
すなわち、 関東管領となった景虎氏が、
関東への平定に臨む際に、
関白の近衛前嗣氏も、 関東に下向して、
朝廷の権威をもって、 それに合力する。
将軍の義輝氏も、争乱を調停しつつ、
関東が、 景虎氏の元にまとまる、
ことを支援する。
そして、 関東への平定が成った暁には、
景虎氏が、 関東の大軍を率いて、上洛し、
三好勢を駆逐して、 幕府を建て直し、
戦乱の世に終止符を打って、
諸国に秩序を取り戻す、 という、
壮大な計略であった。
これを裏づける史料は、 ないが、
その後、実際に、 近衛前嗣氏は、
関東に下向して、 景虎氏に合力しており、
また、 義輝将軍も、
景虎氏を支援していることから、 決して、
絵空事ではなかった、ことが、わかる。
☆ 関係を長続きさせるために、
最も重要なのは、 「 肯定すること 」、
でなく、 「 否定しないこと 」 ;
by Phovoir ;
新婚の当時は、 仲がよかったのに、
時間がたつにつれ、 愛情を示さなくなり、
離婚へと向かうという例は、
多くあります。
ここから、人間関係を、
長期的に継続させるために、
「 当初の大きな愛情 」、が、
そこまで、重要ではない❗ 、
ことが、 読み取れますが、
クイーンズランド大学の心理学教授の、
ロイ・ボーメイスター氏と、
ジャーナリストのジョン・ティアニー氏は、
最重要事項として、
「 否定しないこと 」、を挙げています。
多くのカップルを調査することで、
明かされた、「 カップルが、
否定性によって破綻する仕組み 」
、が、 解説されています。
Negativity Can Ruin Relationships - The Atlantic
https://www.theatlantic.com/family/archive/2020/01/negativity-can-ruin-relationships/604597/
感情は、 ポジティブな出来事よりも、
ネガティブな出来事に反応する、
傾向性にあり、
「 ネガティブ効果 」、と呼ばれる、
このような現象によって、
人の思考は、 ゆがめられています。
たとえば、 賛辞と批判を受け取った時、
人は、 賛辞に満足するよりも、
批判に執着する傾向にあります。
ネガティブ効果は、 人が、進化の過程で、
脅威を避けるために発達させてきた、
現象ですが、同時に、
人の思考や行動を大きくゆがめるのも、
事実です。
人間関係においては、 ネガティブ効果は、
パートナーの欠点を、 より、
大きな問題にみせます。
人は、 頭の中で、 自己を過剰に評価する、
傾向もあるので、
「 私は、こんなにもやっているのに、
なぜ、あの人は、
私に感謝しないのだろう? 」、 と、
相手のいい所が見えなくなり、
欠点ばかりが、目に付くようになります。
これまでに、 多くの心理学者らが、
カップルの幸せについて、
調査を行ってきました。
その中の1つである、 夫婦に、
おのおのの満足度について、
評価してもらう、 という、
調査で示されたのは、
「 基本的に、 時間の経過と共に、
評価は下がっていく 」 、 ということ。
これは、必ずしも、悪いことではなく、
ほとんどのカップルらは、
相手、 以外のものから、
結婚生活での満足を得ることで、
全体としての満足度を手に入れます。
一方で、
満足度が急激に低下することもある、
とのこと。
カップルらを観察した結果にては、
研究者は、なぜ、 カップルが破綻するのか、
について、驚くべき理論を発見しました。
たとえば、パートナーが、
浪費や浮気で、自分を不快にしていた時に、
人が取り得る行動を、 以下の、
4つだ、 と仮定します。
1: 成り行きに任せて、
状況がよくなることを願う。
2: 何が、自分を不快にしているのかを、
パートナーに説明して、
妥協案を見つける。
3: 何もしないし、何もいわないが、
パートナーから、心理的に距離をあける。
4: 別れると、脅したり、
新しいパートナーを見つけたりする。
4つの選択肢らは、
「 建設的、あるいは、破壊的 」 、
「 受動的、あるいは、 能動的 」 、
に分類できます。
一見すると、 効果的なのは、
「 2 」、 のような、建設的な選択肢ですが、
調査の結果にては、 実際には、
それほど、 重要ではなかった、 とのこと。
また、 受動性や能動性も、 そこまで、
大きな差異を生み出しませんでした。
もっとも、 カップルに、
大きな影響を及ぼしたのは、
「 破壊的 」、 な選択肢で、
「 何もいわないが、 心理的に、
距離をあける 」 、
「 別れると脅す 」、 といった、
破壊的な選択肢をとると、
人間関係が、 ネガティブのスパイラル ;
螺旋 ラセン ; 、に、
突入してしまうそうです。
また、カップルを長期にわたって観察するProcesses of Adaptation in Intimate Relationships ( PAIR ) 、 という、
プロジェクトでは、
新婚の、 2年目のカップルに、
インタビューを行い、
相手との関係での、 ポジティブな側面と、
ネガティブな側面を、
評価してもらいました。
すると、 カップルらのほとんどが、
関係について、 双方向の、
愛情を示しましたが、
この時の感情は、 その後の、
結婚関係の持続、への、
予測因子にはならなかった、 とのこと。
数十年が経過して、 判明したのは、
長期的に、 幸せな結婚を続けた、
カップルら、よりも、
離婚したカップルら、 の方が、
結婚の当時に示していた、
愛情が大きい❗ 、 ということ。
ここから、 ポジティブな感情は、
結婚を長続きさせるためには、
役に立たない、 という、結論が導けます。
それよりも、 ストレスや疑念、
問題といった、 ネガティブなものを、
どう扱うかの方が、関係の持続には、
大切だ、 と、 考えられています。
心理学者の、 サンドラ・マレー氏と、
ジョン・ホームズ氏の調査では、
カップルを、 研究室で、
背中合わせに座らせ、 テーブルに向かって、
アンケートに答えてもらいました。
研究者は、 カップルに対して、
「 同じアンケートに答えてもらう 」、
と説明しましたが、実際には、
アンケートらは、 別のものでした。
夫婦に渡されたアンケートらの1つは、
「 相手の嫌いなところ 」、
を書いてもらうもので、 他方は、
「 家にある全てのものを、
リストアップする 」、 という物でした。
このため、平均して、1年半の関係を持つ、
カップルの一方は、 相手の嫌いな所を、
1 ~ 2個 、を書いて、
ペンを置きましたが、
もう一方は、 「 最低でも、 25個 」、
と指定された、 アイテムを、
時間をかけて、
書き連ねることになりました。
このとき、 早々にペンを置いた、
パートナーは、
「 相手が、 自分の悪いところを、
たくさんを書き連ねている 」、
と、 考えました。
最終的な種明かしの前に、
被験者たちが、 相手との関係について、
質問を受けたところでは、
「 パートナーは、 自分を評価している 」、 と理解する、 自尊心の高い人は、
相手の行動の影響をあまり受けない、
一方で、
自尊心の低い人は、
「 批判された 」、と、
強い反応を示した、 とのこと。
パートナーが、 自分、への、
批判を書き連ねていると考えた、
自尊心の低い人は、 その恐怖の影響を、
「 パートナー、への、 愛情と、
敬意の評価を下げる❗ 」 、
という形で、 あらわにしました。
実際には、 パートナーに評価されていた、
にも関わらず、 不安を持つ人々は、
不必要に、 パートナーの行為に反応した、
とのこと。
このような、 自分を守るために、
相手を批判的にみる傾向が、
人間関係に対して、有害な影響を与える、
と、 みられています。
また、このような反応には、
性差がある❗ 、 ことも、
研究では、 示されています。
不安傾向が強い男性は、
パートナーである女性の不倫に対して、
恐怖を向ける傾向が高く、
女性の場合は、
パートナーの不倫、以外の、
拒絶に反応する傾向が、高いそうです。
一方で、 同性カップルの場合は、
否定性の影響が少ない❗ 、
ことも、 わかっています。
研究者が、 同性カップルを、
➕年以上にわたって追跡したところでは、
男性同士のカップルも、
女性同士のカップルも、
異性愛カップルよりも、
争いが起こった時に、 楽天的である、
傾向が示されました。
異性カップルの場合には、
「 女性の要求、男性のひきこもり 」、
という、 対立の典型的なパターンがあり、
女性が、苦情や批判を開始し、
男性が、 それに対して、
ひきこもる反応を示すことが、
破綻のサイクルになっている、とのこと。
しかし、 同性カップルの場合は、
このようなケースが、 あまり、
起こりません。
男性は、 苦情を申し立てる、
可能性が少なく、 女性は、
批判に対して、
引きこもることが、ない、 ためです。
多くの人らは、 人間関係において、
「 否定すること 」、が、
どのように影響するかを考慮しませんが、
行き違いや、 問題が発生したときに、
否定性の影響を念頭に置いておくことが、
重要だ、 と、 考えられます。
☆ 産経新聞 ; 【 万象 】 ;
生き物に倣う; 人工血液で泳ぐ魚❗ ;
・・続きは、 ブログ ;
『 夜桜や 夢に紛れて 降る、寝酒 』
、で❗。