歴史拾遺   ヒロイ   ;
   『  おあむ 物語  』  ;

      距離性を無みして観せたりもしてある、 
  外因性ら❗    ;
   2017/   9/30   22  :  
【      時間性の積み重なる度合いを、 無しに、
   ある量子から、 それと、 もつれ、 の、 
   関係性、 を、 成し合ってある、
   別の量子へと、
   その、 状態 、 を、 定める 、 
   情報 、 と、 観念されるもの 、 が、 
  一定以上の、 距離を超えて 、
  直ちに、 伝わる 、 と、 観念される、 事 、 
 を、 成して来てある 、 事は、 

    距離 、 というもの 、 である、 
   観念な、 質としての内容を、 
  観念系らから、 与えられて、 初めて、
それ自らの成り立ちを得る事が、 出来てある、
   距離性 、 の 、 
 その、 成し増される、 度合いを、
  無しに、

     外因性ら、 が、 
 その現象を成り立たしめ得ても、 ある、 
  というように、 
 思い構えて観宛   ミア   てがわれ得る 、
 事でも、 ある 。 

    それは、  我々の観念系らが、 
  我々をして、 
 その量子らにおいて、 現象する事らへ、
    距離性を絡めて観るべくして、 観る、
  に至るべくも、 ある、
   観念な、 質としての内容らを成して、
  ある、 物事ら、を、 組み合わせもし、 
  積み重ねもして、 覚え宛  ア  てがい、
  思い構えて観宛てて来てあり、
   そうすべき、 拠り所な、 物事らも、
  観念な、 質としての内容を成して、 
 在らしめて来てある、 
  のに、 対して、

    外因性らの側には、
   そうしたものらに、 左右されるべき、 
  一定の度合い以上の、 
  根拠を欠いてある、ものら、 が、 在って、 

    観念な、 質としての内容を、 
  観念系らから、 与えられて、
初めて、 それ自らの成り立ちを得る 、 
  時間性 、 や、 距離性 、 などの、
   成り、 増す、 度合いを、 成す事を、
   無しに、 

  観念性の、 質としての内容を与えられて、
在らしめられる、 現象らを成り立たしめる 、
  可能的な度合いを、 
それらが、 帯びても、 在り得る、 と、 
   観宛てがわれべくも、ある、
  という事でもある      】 
   。

   ☆     日露戦に勝った、 1905年。 
  数千人以上の日本国民たちを監禁している、
  シナ❗   ; 
   2017/   3/3   20:53   ;

  【      より、 能  ヨ  く、 生産し、
   供給する      ;
   ≒    売る     ;       、 
  段取りな事らなり、  仕組みらなりを、 
 発明したり、 構築したりする、 
  より、 才能のある人々が、 

   カネらや、 工作機械らなどの、 資本性    ;
    ≒     
  資本である物   、 資本である事     ;
   、   資本として機能し得る度合     ;  
  、など 、 ら、
  を、 より能く 、 借りる事ができて、

    その社会の全体における、 生産と供給とが、
  より能く、 成される度合いを、
   より、 余計に、 成す事において、 

   その足しに成って来て、 あり得る、
  度合いに応じて、

   その社会的な存在価値の度合いを、
  成し得るものらが、
   一般の銀行らや、 それらに対する、
   中央銀行に、

   中央政府を始めとする、
   政府機関らであり、

  それらの運営に与  アズカ  る、 
   役人ら、 と、 政治家ら、 に、 
  報道員ら、 などの、 者ら、 だ。

   英米のカネ貸しらの主張する事らを、
   神から託された、 神託のごとく、 
  オウム返しにして、 そのままに、 自らも、 
  日本国民らへ、 報  シラ  せて、 
  道  イ  い、  実行もする事において、

   日本の中央政府の財政における、 
   『  緊縮  』 、
     を成して、 

    心臓を、 より能く、 出入りすべき、
   血潮らの、  その、 在り得る、 
  出入りの度合いを減らす、
  が、 ごときまねをする事を通して、

   日本国民らの一般と全体とへ、 
  その、 在り得る、
   購買力らの度合いを減らす方向へ、
  余計な、 圧力を掛ける、 
  『  デフレ  不況性  』 、 を、 
  押し付け続ける事において、

  日本国民らの一般と全体とに、 在るべき、 
  在り得る、 福利らと、 
  福利性のある物事らの、 
  実現し得る度合いを、 
  損ない減らし続けて来てある、

  日本の、 与野党の、 主な政治家らと、 
  財務役人らとが、

   日本国民らの一般の側に立つ方の、
  日本国民たちによって、 
  日本の一般社会から、 刈り払われ、
  隔離される、などして、 

  その、 日本の内外の主権者らへ対する、
  政治経済的な影響性の度合いを殺がれて、 
  より、 無にされてゆく度合いに応じて、

   日本国民らの一般の側に立つ方の、
  日本国民たちが、 
  より早くに、 日本国民らの足元の地下へ、 
  避難経路らと、 住める避難所らとを、
   作り拡げてゆく、 
  公共事業らを成す事において、

  一定の購買力以上の、 
  収益や、所得の付く、
  仕事らの総量に対して、

   働き手らの、 在り得る、 
  労働らの総量が、 より、  少ない、
  立場にされる度合を増してゆく、
  事を通して、

  より、   得難く成ってゆく、 
  それらな、 労働ら、 を得て、 
  自らの側の購買力を増すが為に、
  成される 、

   雇い手らの側における、 

  それらな、 労働らを狩り集めるべき、
  賃金ら、 を、 釣り上げ合う、
   競争性の成る度合いをも増してゆく、
  事により、

 デフレ不況性を解消し去ってもゆく、
  事が、 
 より、 本格的に、成され得る、 
  日本の社会の全体における、
  状況が成り立ってゆく。

    デフレ不況性、を、 
  日本国民らへ押し付け続ける事において、 

  英米のカネ貸しら、の、
  使い走り員として機能する、
  実態を積み重ねて来てある、
 日本側の、 財務役人らと、 与野党の、
  主な政治家らや、報道員らには、

   外国勢らからの保護も兼ねて、
  隔離され、 取り調べも受けるべき、 
  その身内員らと共に、 
 日本の内外の一般社会らに在るべき、 
   未来は、 無い 、 
   ので、

   この、 日本の、
  主権者らの一般と全体とに対する、
  裏切り者らは、 

  日本国民らの足元の地下へ、 避難経路らと、
 住める避難所らとを、 作り拡げてゆく、
公共事業らへつながり得る、 
 あらゆる公共事業らへ反対し、
 その、 デフレ不況性を解消する、
  効能性 、 などを、
  無  ナ  みして観せもし、

   別の事らを持ち出しては、 
 日本国民らへ、 煙幕を張り続けもする 、
  事において、 
  とぼけて観せる、 その裏では、 
 必死に成って、 
 それらへの妨げを成してゆくべき、
  態勢を成して、 在る      】 。

    根途記事➕論弁群➕ ;

   ☆   TPP  、が、わが国の、
 海洋安全保障に与える影響 
ttp://www.zenchu-ja.or.jp/pdf/tpp/120410_09.pdf

  アメリカの「  圧力  」 ;     60年史
ttp://www.tanken.com/nitibeikeizai.html

【  激ヤバ拡散  】   ;    報道されない❗ 、
  TPP 、のまとめ ;
医療・労働関係他 。 
参加国総貧困化・労働環境悪化・支出増加
・ビザ大幅緩和等、 全分野に影響多数
ttp://itest.2ch.net/hanabi/test/read.cgi/entrance/1486890957
2017年 3月3日 12:54 。

    ☆      観念性のものらを無みする形で、
  事を成して観せても、当たり前な立場にある、
   外因性ら❗  ;
   2017/  10/1   14: 7    ;

  【      量子の、もつれ、を、 利用した、 
   実験らの結果の事として、
  観察され得てある、 現象らにおいて、

   一方の量子の、 二様   フタヨウ   、の、 
  いずれか、 を、 成し得る 、 状態 、 を、
   その、どちらかの、
  一様   ヒトヨウ   、 に、
  定める事に応じて、

   他方の量子の、 状態 、 が、 それとは、
  別の様を成すものへと、 同時に、 定まり 、

   その事たちが、 一定の度合い以上にある、 
  距離を成してある、 量子らについて、 
  同時に、 成し行われ得て来てある 、 
  という事が、 在り得てある 、 事は、

   観念系らへ対する、 外因性ら、 の、
  一定数のものら、 が、

   時間性や、 距離性、の、 成り、増す 、 
  度合い、 を、 成し、 増す、 事を、 
   無しに、

   もつれ、の、 関係性を成し合ってある、 
  量子らの状態らの、 様らを、 成し替え合う、
  からくりの系なり、 仕組みの系なり、を、 
  起ち働かせ得る、 状態を成してある 、 
  という事を、 意味し得るものでもある 。 

    時間性も、距離性も、 観念系らから、
  観念な、 質としての内容を、 与えられて、
 初めて、 それ自らの成り立ちを得る事が、
 できる、 観念性のものら、 であり、

    観念系らには、 
  より、 在り得ては、 居ない 、
  外因性ら、 には、 

  それらにも基づけて、 何事かを成すべき、
 因果性、 などの関係性を、 
 それらと成し合って、
 在るべき、 観念系らを、
  自らの成る、 拠り所としてある 、 
  度合い、が、 より、 無く 、 

  そうした度合いが、 より、 無ければ、 
  無い程に、 
  その、 外因性ら、は、

   観念性の、 質としての内容を、 与えられて、
 自らを成り立たせてある 、 ものら、 に、 
 左右され得る、 度合いを成す事を、
    無しに、 
 在り、 働きを成し得る 、 状態にある 、 
  と、観られ得るので 、

   特定の、 観念性のものら、 の、 
  どれ彼らが、
 その存在性を無  ナ  みされる形で、 

   外因性ら、が、 
  別の、 観念性のものら、 を、 
 観念系らの、 こちら側へ、
  成し現して観せる事が、 ある事は、
  ごく当たり前な事として、
  観積もり得る事でも、ある      】 。


    ☆      観逃される、外因性らによる、
  欠如型の事象性ら❗   ; 
   2017/  10/2   17: 6    ;

  【      時間性 、や、 距離性 、 に限らずに、
  観念系らへ対する、 外因性ら、 が、 
   その存在性        ;
  ≒      在る事    、   在る度合い      ;     
   、  を 、 無  ナ  みし、 
   ものともせずに、 
  観念な、 質としての内容を、 
  観念系らから、 与えられて、
   成る 、 ものら、 の、
 その、 成り立ち、 を、 喚起し、
 呼び起こし得て、 来てある 、 にしても、

   我々の側に、 そうしたものら、 が、
  在り得る、 という事へ宛てた、 
  一定の度合い以上の、 
  分析型の体系知らの構築が、
  欠けてある場合には、

  その構築性が、 欠けて、 在れば、 
   在るほどに 、 
  それらは、  能  ヨ  く、 
  観察し宛   ア  てがわれ得る事を、
  欠いたままにされる事になる 。

   我々は、 量子の、もつれ、を、利用した、
  実験らにより、 
  現象させられ得た事らの他にも、
 そうした意味を持つ事らについての、
  情報な事らを、  すでに、
  得てありながらも、
 その、 在り得る、意味の在りようら、や、
 在り得ようら、 を、 能く、 思い分けて、 
 観得ては、 いない、 状況らを成しても、
  在り得る     】  。 


   ☆       観念系らへの、
   外因性らと内因性らとに、
  共通し得てある事ら、と、
  し得ていない事ら❗   ; 
   2017/   10/2    22:28    ;
【      観念系らへ対する、 外因性らは、

   外因性らによる、 運動ら、を、 
  分割され得ない 、 もの、 として、 
 在らしめ得て、 来てある 、 ように、

  我々の、 好き勝手な思いようら、 であり、
  それらを成す事ら、 であり、
 それらを成す、 基のものら、である、 

  観念系らにおける、 内因性ら 、 によって、

   外因性らが、 成しても、 
  在らしめ得てある、ものら、 を、
  より、 左右させない、 
  ものら、 であり、 

   我々の、 妄想ら、 なども、 
  妄想としての、 実在では、
  ある、 が、
 そうした、 内因性ら、 であったり、
  内因性らによって、 あり得たりする、 
  ものら、 に、 よっては、

   外因性らによって、 在り得てある、
 度合いの大きな、 物事であれば、 
   ある程に、
 より、 それ自らの、 在り得ようら、 を、
 左右され得ない、 
  規定性を帯びて、 在り得てある 。

      逆に、 より、 
 外因性ら、 との、 関わりようの度合いを、
 持たされずに、 ある、 
より、 内因性らによって、 
 それ自らの、 在りようらや、在り得ようら、
 を、 作り出され得る 、 
運動ら、 は、 いかようにも、 分割して、
 観られ得る 、 ものら、 であり、 

    それは、 これらが、 実在しない、
 運動ら、 である、 から、 ではなくて、

  内因性らによる、 運動ら、 である、 
  から 、 だ。

 これらの、 内因性らによる、 運動ら、も、
  内因性のものら、としては、 
  実在したり、 実在し得たりする、 
 規定性を帯びてある 、 ものら、 だ 。

   また、  外因性らによる、 運動ら、が、
  分割され得ない 、 のは、
  それらが、 観念なものでは、 無い 、
  から、 ではない。

  それらもまた、 内因性らによる、 物事ら、
  と、 同じく、

   観念な、 質としての内容を、 
 観念系らにおいて、 観念系らから、
 与えられて、 初めて、 
  それ自らの成り立ちを、得る事のできる、
  ものら、 であり、

    それらが、 分割され得ない、 
   可能的な度合いの大きさ、 は、
  より、 外因性らにもよって、
  それ自らの成り立ちを得させてもらい得て、
  在り得る、 その度合いの大きさに、 
   応じてあるものである 。 

  外因性らの側において、

   それらによる、 運動ら、をも、
  誰彼から、 分割して観られ得る、
  宛  ア  てものに、
  仕組まれない限りは、

   外因性らによる、 運動ら、 は、
  分割され得ない、 で、 在る、もの、 
  としての、   秩序性を帯びて、
  在り続ける、ものら、 である 。

     あるいは、 
    外因性らの側が、 
  そうした仕組みようら、を、
  成し得た場合らにおいても、

  これまで、 すでに、 外因性らによる、 
   運動ら、は、 
 分割され得ない、 もの、 としての、
 秩序性なり、 規定性なり、 を、 
 帯びさせられる、形で、 
  在り得て来てあり、

  そうした、 規定性なり、 秩序性なり、
  と共に、 
  それ自らを成り立たしめられ得てある、
 ものら、 として、  在り得て、 ある 、
 その、 規定性のそのものは、
  その通りに、 在り続き得る 、 
   ので、

  そうした、 規定性を帯びても、 成る 、
  外因性らによる、 運動ら、 は、
  相変わらずに、
  分割され得ない、もの、 として、 
 在らしめ続けられ得る 、 とも、 
  観成す、  宛居   アテイ 
  ・ 対象   、 にされ得る     】   。


    ☆       観念系らへ対する、
  外因性ら、と、内因性ら、とへの、
  区別へ導き得る、 観念ら、の、
  矛盾し合う場合の、 規定性ら❗  ;
   2017/   10/3   18:44     ;

 【      観念系らへ対する、 
  外因性らによる、ものらの側と、
より、 内因性らにだけよる、 
  ものらの側とに、
  共通し得てある、事ら、 と、 
  共通し得ていない、 事ら、 とを、 
  能  ヨ  く、  区別して観宛  ミア  てがう、 
 分析型の体系知ら、 を、 
  一定の度合い以上に、
 構築する事を、 欠いている限りは、
  その主らは、 

  自らを、 
 意思や欲念らの主として、 在らしめ、
成り立たしめても、 在る 、 
 自らの観念系 、 に、 
 その、 現れ出得る、 質としての内容を、
 その、観念系らから、 与えられて、 初めて、
 成る 、 何彼な物事ら、へ、 宛てて、
 観念性のものでは 、 無い 、 と、 観成す、
  度合い、 を、 成し、 

  そうした宛ての、 実態において、 
  観念性の、 物事ら、 を 、 
それらとは、 別の、 
 観念性の物事らが成り立つ、 
  基のものら、 とし、
 より、 それらへの前提として、 在り得る 、
 ものら、 として、 観る、 度合い、を、 
 より、 余計に、成して、
 在り続ける事になる 。

   別の類の観念らと、 区別され得る形で、 
 それ自らの、
  質としての内容を成しても、ある、 
 観念ら、の、
 規定性ら、なり、 秩序性ら、 なりは、

  別の類の観念ら、の、 それら、 と、
  矛盾し合う関係性らを成す、 
 可能的な度合いらを、 帯びても、あり、 

  分割され得る、 内因性による、 
  運動ら、へ、宛てた、 観念ら、 の、 
  それら、 と、
 分割され得ない、 外因性による、 
 運動ら、へ、宛てた、 観念ら、の、
 それら、とが、
 矛盾し合って在り得る、
  関係性らを成してある 、
  事からも、
  観念系らへ対する、 
  外因性らと内因性らとの、
 互いに、 異なり合ってある、 
  質としての内容ら、が、 
 思い分けて観られ得るに至ってあるように、

 観念らの、 互いに矛盾し合う、 規定性らは、

   それらの、 互いへの、 在りようらや、
  在り得ようら、を、  能く、 思い分けて、
  観通してゆく、 主らへ対しては、
    観念系らへ対する、 
  外因性ら、と、 内因性ら、
 とへ、 宛てた、 分析型の体系知らを、
 思い構えて観させるに至らしめ得る 、
 可能的な度合いらを、 帯びても、 ある     】 。 



       『  おあむ物語  』  ;
   首の数がものをいう❗?     ;
    戦国時代の血なまぐさーい、
  家臣への評価の仕方とは?    ;
    Dyson 尚子  記者   ;

    うら若き17歳の娘、な、 あおむさん。
   一般的には、  青春の真っただ中、
  というところか。   だいたい、
   乙女らが集まれば、相場は、決まっている。
    今なら、  インスタ映え、 などの、
  SNS 、 で盛り上がり、 一昔前は、
  たぶん、 「  コイバナ  」、で、
  盛り上がったはず。
    が、   
   戦国時代の少女な、 「  おあむ  」、女史、
 は、 というと、  徹夜で、
  「  首化粧  (  くびげしょう  」、
  を施していた。

   味方が討ち取ってきた、
   敵の将兵らの首を洗い、
   必要であれば、 化粧をして、
   名札をつける❗ 。
    
   もちろん、 盛り上がらなかった、のは、
  言うまでもない。

    『    ・・みかたへ、とった首を、
  天守へあつめられて、札をつけて覚えおき、
  さいさい、くびに、
 おはぐろを付ておじゃる・・
  くびも、こはいものでは、あらない。
  その首どもの血くさき中に、
 寝たことでおじゃった   』 。

    これは、戦国時代の混乱の中での、
  思い出話を筆録した、
  「  おあむ物語  」、 の一節だ。
   
    老女が語った体験談は、 まさしく、
  戦国時代の戦への処理の部分であろう。
    戦国時代の武士の仕事は、
    戦   イクサ  、だ。

   戦に身を投じて、 勝たねばならない。
     戦乱の中において、 当主らは、
  家臣らの仕事ぶりを、 どうやって、
  評価していたのか。
   
    戦に勝てば、  待ちに待った、
 「   論功行賞  (   ろんこうこうしょう   」 、
  だ。
   これは、  当主らが、 それぞれの、
  家臣らの手柄を見極めて、 武功に応じた、
  報償を与える、 ことをいう。

   では、  何をもって、 評価とするのか。
    戦の中では、 自分の命すら危ういもの。         
    他人の働き、 などへは、  なかなかに、
  目を配る余裕などは、ない。

    そこで、 登場するのが、
 「  敵の首  」、 というワケだ。

     戦いの中で討ち取った、「  首  」、 が、
  論功行賞での判断の基準となる。

     首の数かと思いきや、 やはり、
  優先されるのは、 
  「  身分の高い武将の首  」 。

    それを見極めるために行われるのが、
  「  首実検  (  くびじっけん  」、
  といわれる、 一連の儀式だ。

    これは、  評価への判断の材料のため、
 だけでは、 ない。
   亡くなった敵方の武者を慰霊する、
  という、 目的もあった、
  と、されている。

     内容としては、まず、
  討ち取った敵方の首を集める。

   そして、  それぞれの首から、
  敵方の誰なのか、 という、 素性を確認、
  討ち取ったとする家臣の、
  自己申告の真偽を見極める、 
   というものだ。

   この首実検の前に行われる、
  準備が、 大変だ。
  首についた、 泥や血を洗って、綺麗にして、
   髪をとかし、 白粉、 などを使って、
  化粧を施すのだ❗ 。

   そうして、誰の首か、誰が、
  討ち取ったのかが、 明確となるよう、
    「   首札  (   くびふだ   」 、
   が、 つけられる。

    首札や首を置く台は、 身分によって、
  材質が異なった、  という。

   敵方の大将には、 桑の木の首札、
  檜の大きな首台を使用し、
  場合によっては、 昆布 、 などの、
  供物   クモツ  、も用意されていたのだ、
   とか。
   呼び方も、 「  首実検  」、 ではなく、
  「  首対面  」、と、 されていた。

    大将の次の諸将の場合は、
  椿か杉の首札、 首台は、
  大将よりも、小さめで、
 「  検知  」、 と呼んでいた、 という。

    これが、 下級の武士や、 
  雑兵   ゾウヒョウ  、  になれば、
  椿か杉の首札にて、ひとまとめにして、
  一気に並べられたそうだ。

      @      祟りを恐れる?     ;
  首実検で、 厳格な作法を踏む理由    ;

    この首実検、なあなあな感じで、
  進めるわけではない。
  一連の厳格な作法が、決められている。

    まずは、 服装。
   首実検に参列するには、
  完全武装が、 しきたりだ。

    というのも、  敵方が、
  大将の首を奪還する可能性があるのと、
  信じられない話だが、
 「  首  」、が、  ヒュッと襲い掛かる、
  場合に備えて、 ということらしい。

     首実検の際には、  確認する、
  総大将、などの横には、
  弓を構えた武装兵がいた、  
  と、 されている。

     首を確認する総大将、 などは、 
  真正面から、 直視せず、横目で確認し、
  二度見をしないのが、 作法だ、 という。

      討ち取られた顔に表れる表情で、
  「  吉  」、か、 「  凶  」、かを占う、
   風習があった、 という。

    戦いの中で、 無念ながらも、 死に至る。
   その斬首されるときの、生々しい表情が、
    残っていたりする、 という。

    顔の中でも、  特に、注目されるのが、
  「  眼  」 。

    眼が、 どこを向いているかで、
  判断された。
   
    例えば、  片眼だけ開けている場合は、
  不吉 、 とされ、
  歯を食いしばっているものも同様、
  「  怨念が強い  」、 として、
  お祓いをしたようだ。

   首実検のあとは、
  何通りかのパターンがある。
   
    礼儀を重んじて、
 「  首桶  (  くびおけ  」  、 に入れ、
  首なそのものを、 敵国へ送り返す、
  場合もある。

    一方で、  
  領主の交代などを周知するために、
  「  獄門  (  ごくもん  」  、として、
  首をさらす、 ことも、されていたようだ。

    残った首たちを、 一気に埋めて、
  塚として弔うこともある。
   これが、 日本の全国の各地にある、
  「  首塚  」、 と呼ばれるところだ。
 
   さて、  武功は、  討ち取った、
 「  首  」、  という結果だけではなく、
  行動に対しても、 評価が与えられた。

     例えば、
  大将首を討ち取ったのが、 第一位。

   大将が、 討ち死にすれば、
  戦の勝負がつくからだ。

   第二位が、  「  一番首  」。

    誰よりも最初に、 
 敵方の首を討ち取ったものが、評価された。

     それだけではない。
  最初に、 敵の武将と槍を交わした、
  「   一番槍  (  いちばんやり   」、
  これが、  刀の場合は、
  「   一番太刀  (   いちばんたち   」、
   となる。
   
    これらも、 評価が高かった。
  さらに、 アシスト賞も、ある。

   一番槍を支援した場合は、
  「  槍下の功名  」 、 としての、
  評価がなされた。

    敵の敗走を追い詰めて、
  多く討ち取ったものも、
 「   崩際  (  くずれぎわ  )、 の功名   」
  、 とされた。

      積極的に攻撃するだけではない。
  守備に対しても、 評価は、なされる。

    見本となるような行為に、
  高い評価を与えれば、
  真似する者も出て、
   自陣の士気も上がる。   一石二鳥だ。

    例えば、  撤退の時に、
  最後尾で、 味方が逃げるのを支える、
  場合には、 
   「    殿(  しんがり  )、の功   」、
   負傷者を助けながら撤退した場合には、
 「   負傷者を助けて退く功   」 、 として、
  認められた、  という。

     報償は、というと、
  敵から取り上げた領土の分配、
   表彰状のような、 意味合いを持つ、
  「   感状  (  かんじょう   」   、が、
   一般的だ。

    そのほかにも、  当主が大事にしている、
  刀や茶器、 などを与えられる、
  場合もあった、 という。

  いつの世にも、 ちょっとズルしちゃえ、
  という、 不届きな輩がいる。

    あおむ女史は、   関ヶ原の戦いの、
  西軍の幹部な   ;
   「   石田三成  (  いしだみつなり  」、
  氏に仕えた、 
   山田去暦  (  やまだきょれき  )、 氏の、
  娘 、 とされている。

   物語の一部には、  関ヶ原の戦いの際に、
  美濃の、 大垣城に籠城し、
   天守で、 味方が討ち取った首を点検する、
  作業の様子が、  おあむさん等からの、
  伝聞として、 描かれている。

    その中で、 おあむ女史が、
 「  お歯黒  」、 を施している部分がある。

     当時は、 「  お歯黒  」、は、
  身分の高さを表すもの。

   つまり、  自分が討ち取った武将が、
  お歯黒をつけていれば、
  自分への評価が上がるわけだ。

   首をすり替えることは、 難しい。
  ただ、 首の欄供   ランク   、
  を上げることは、 できるはずだ。
   功名を立てたいが為に、
  おあむ女史に頼んで、真っ白な歯に、
 「  お歯黒  」、 をつけてもらう、
  ズルを企てる、 というワケだ。
   
    勝ち戦となれば、  その場で、
  当主らが、  家臣らの功績を認定し、
  恩賞を与えることも、 しばしば。

   となれば、  落ち着いてからでは、遅い。
  戦場で、自分へ有利に、
  ことが運ぶようにしなければ、ならない。

    過去に、 こんな行動で、
  こんな恩賞が与えられた、 という、
  証拠があれば、 おねだりもしやすい。

    そのため、 戦場に、 過去の訴訟の文書や、
 先祖代々の古文書を持参して、
  参考資料として提出する人もいた、
   という。
   
  いつの世も、 自身の評価を上げるには、
  待っているだけでは、 不十分 、
  ということか。
   戦では、 命を懸けて戦う。
  そして、勝ったあとも、
  自身の評価のための戦いが待っている。

   戦国時代、生き抜くためには、
  けっこうな、 長丁場をやり遂げる、
  図太さが、必要なのかもしれない。

       ・・続きは、  ブログ   ;
 『    夜桜や    夢に紛れて    降る、寝酒    』
  、で❗。