☆   自前系の、 観念性のものら、と、
  それらを、現しはしても、
 それらにおいて、現れ得はしないものら、等
   2017/   8/16   13:13 ;

  【   我々の各々である、 
 観念らの系らの各々において、
 我々の各々は、 意思らの系なり、 
  欲念らの系なりの、 主として、 
  自らなるものを、 自らの、
 意思らなり、 欲念らなり、 の、 
 働きかけを受けるべき筋合いらを成してある、   
 宛 アテ ・ 対象 となる、 
  自前の、 観念な、 物事らへ対する、
  分離性を成し、
  それらから離れて在る形で、 
  独り立ちをさせられて、 在り、 
 そうした、 自我を成してあるものとして、
  機能すべき、 規定性を帯びて、 在る、
   が為に、

    自前の、 観念な、 物事ら、や、 
  それらを構成する、 
  自前なものら、 において、
 現れ出て、 あったり、 
  在り得たりするだけの、
 物事らを、 
  自らに対する、 他者ら、とし、

    ごく、自然に、 
  自前の、 観念なものらをまでも、 
  他者ら、として、
  思い扱う度合を成してしまう。

   我々の、 感らのそのものでも、 無く、
  覚えようらのそのものでも、 無く、 
  感じようらのそのものでも、 無く、
  観ようらのそのものでも、 無い、 
   がゆえに、

   それらを、 喚起し、 呼び起こす、 
  関係性らを成す、 相手らに、 
  成り得は、しても、

  決して、 我々の各々な、 観念らの系に、
 自らを、 現し出す事は、 
  できないで来てある、
  ものら 、 ではない、

   自前の、 観念な、 ものら、の、 
 現実態のものらや、 可能態のものら、を、 

  他者として、 思い扱う事で、

    我々は、 様々な用足しをし、 
  色々な状況らを成して、 
  社会生活を成し行う事ら等を、 
  現に、 成し得て来てあり、
それらを成す事のそのものには、 
  その現実態らにおいては、
   何の欠ける所も、 無い 、 ので、 

 自前の観念らへの発ち起こしには、
   関わり得ても、 自らを、 
  それらのそのものにおいて、
 現し出す事は、 できない、 ものら、の、
 在る事や、 在りように、
   在り得ようら、 について、
  分析型の体系知らを思い構えて観る事を、
  全く、成し行わないままで、 居ても、

  自前の、欲念らや意思らを、 みたし、
  かなえたり、
 それらに失敗したりする事らのそのものを、 
 欠かされてしまう事を案ずるべき、
 必要性に迫られ得る、 在り得る度合いも、
   それだけ、 欠いたままで、 居られる。

   倫理的な欲求性らも含む、欲念らの系なり、
 意思らの系なりの主として、 
  自らを機能させるべき、
  観念な、 規定性らを帯びて、我々の各々が、 
  自らな、 観念らの系において、 
  欲求性らの系の主と、 
  その、 働きかけらを受け得る、 
  宛・対象としての、 筋合いを帯びてある、 
  そうではない 、 他者 、 
  との、 分離性を成して、 
 在り、 在らしめられもしてあり、 

  そうした、 分離性を成して、 あり、
 在らしめられてある、 
  自らなり、 自我なり、 と、 
それらではない、 他者ら 、 としての、 
  規定性らを帯びてある、 
  自前の、 観念なものら、 とが、
  そうした、 役柄らを帯びて、
相対 アイタイ  するように、 設定されてある 、
  観念らの系らにおいて、

  そうした役柄らが、 強調され、
   際立てられて、あれば、 ある程に、

   自らを、 観念らや、 
 それらを構成するものらの、
どれにも、 現し得ない、 ものら 、 の、
在る事や、 ありようらに、 あり得ようら、
  等へ、 宛  アテ  た、
  分析型の体系知らは、 
  それ自らを構築され得る、 
  自前の機会らを、
  より、 与えられ難い、 
  在り得る、負の度合いを、
  積み増される事にもなる。

   ある、 解釈の系らにおいては、
  欲望らには、 限りは、 無い、 
 と、 されてあるが、

  それらをみたし得る宛のものらは、
  観念らの系の主である、 誰彼の、 
  自前の、 観念な、 物事らや、 
  それらを構成するものら、
   であり、 

   確かに、 観念性のある、 どれにも、
 自らを、 現し得ないものでありながら、
 それらを、 喚起し、 呼び起こす、 
 関係性らを成す、 
  相手らには、 成り得るものら、なり、
  それらの、 そうした関係性らを成す、
 働きようら、なり、 も、
  欲念らへのみたしに、 
  欠かし得ないものらでは、
  あるにせよ、

  我々の各々である、 観念らの系らの各々に、  
  自らを、 現し得るものら、 としては、
  我々の各々の、 可能態や、 現実態の、
  自前なものらだけが、 
  自前の欲念らをみたす、
  宛のものらなり、 
  要因のものらなりに成り得る、
  だけで、
 その他のものらは、 全く、 含まれ得ない。

   自前の欲念らや、それらに関わり得る、
 観念な、 物事らのことを、    
  思い分けて観たり、 
思い合わせて観たりなどする事において、
 それらを、 限り無く、 
  多く在らしめてゆく向きを成すように、
   観てゆく事などは、 できる 、
    ので、 
 欲念らや、 それの宛に成り得るものらには、
 限りは、 無い、 と、 観る事が、 できる。 

   我々が、  自ら、動きようらを成したり、
  その時々に、 見える様らのかわりようらや、
  聴こえる様らのかわりようら等を経験して、 
 得られる、 自前の、 
  観念な、 物事らを組み合わせもして、成る、 
  感じようら、 や、 観ようら、における、
  空間ら、や、 それらを基にもして、
  より、 余計な属性らを取りのけられ、 
  より、 抽象化されもする事において、
  時系列の観念らと、 それらを構成し得る、
   観念な、物事らや、
 因果系の観念らと、 それらを構成し得る、
 観念な、物事らとの、 関係性らを成す形で、
   それ自らの成り立ちよう、
  を、 与えられ得て来てある、
 より、 空間らしい、 空間ら、なども、 
 観念らの成り立ち合う系らにおいて、 
 創り出される筋合いのものらであり、

   特定の誰彼である場合の、 自分 、 には、
  より、 抽象化の度合いの高いものらは、
 より、 観念なものらしく、 思われないから、
  それらは、 観念なものではない、 とする、
  感じようら、や、観ようら、を、
   誰彼らが、成す事を、 できて、 いたり、
   居なかったりするにせよ、

  どんなに、 抽象化される、
  度合いの高いものらも、
 それをなされる、 観念らの系らにおいて、
 創り出される筋合いのものらであり、
 その他の、 どこかに、
   成る、ものらでは、ない。

  より、 観念なものらしい、 ものら、と、
 より、 観念なものらしくない、ものら、とを、
  区別して、 創り出して観る事や、
  ある 、 とか、 無い 、とかいう、
  判断を成す事や、 
 その、 判断らの、 質としての内容ら、
  等も、 
 観念らの系らにおいて、 
 創り出される筋合いのものらであり、

  宛・対象化されて観られる、 ものらも、 
 特定の、 観念らや、 それらを構成し得る、     
 何彼らの、 宛・対象とされる事をもって、 
 それを免  マヌカ  れる訳では、 無い 。

   時間とか、 空間とか、 運動、 とかいう、
  ものら、 等は、 それらが、 どれだけ、 
  抽象化される度合い等を高められ得ても、
   観念らの系らにおいて、
  創り出される筋合いのものらであり、

  観念らの系らの、 何彼ら、
 を、 創り出す能力性らなり、 
 その働き得ようらなりに、 依存して、 
 それ自らの成り立ちようらを与えられ得る、
  筋合いにあるものらでしかない。

   意思らの系の主としての、 自ら、と、
 そうではない、 何彼ら、とか、
  認識する主と、 
  認識される宛にされる、 何彼ら、
とかの、 区別を、 観念らの系らにおいて、 
 成す事や、 成し得る事は、 
  それらに関わる、 自前の、 
  観念な、 物事らや、 その、 宛として、 
 観念される、 自前の、 
  観念な、 物事ら、を、 
 観念らの系らにおいて、創り出され得る、
筋合いにあるものとしての立場から、外す、
 拠り所にされるべき、
   規定性の事らではなく、
  そうした、 物事らが、 
  そうした立場を占めて、
 在り得るものらである事を指し示すべき、
  規定性を帯びてある、 事らである。


     いずれにせよ、 
  日本人たちからの、 税金なども含めた、
 カネとして働く数値らを得て、 
  暮らしてある者らが、 
 日本人たちへ、  日本人たちが、 
 日本人たちの、 売り物らや、 売り事らを、 
  買う事へ使うべき、 
  稼ぎガネ 、 としての、 数値らを用いる、 
  権利の度合いを、 付け加える事になる、 
    日本政府による、 
  公共事業らの追加に反対し、

   それに当てられる、金額な、数値らを、 
  無駄遣いされるものら、
  と、 主張して観せるような場合には、

  まず、 自らが、 日本人たちから、 
  カネとして働く、 数値ら、
 を、 もらう事を拒んで、 
  飢え死になどする事を、
   選んで、成し行うべきで、

  一方で、   自分たちが、 日本人たちから、
 それに、無駄遣いされるものでは、
 ない、 ものとしても、 
  金額としての数値らを得ておきながら、

   他方で、 日本人たちが、 日本人たちへ、
  その買い物らを通して、 回す事になる、 
  金額な、 数値らの事を、
   無駄遣いされる、 
  宛 アテ のものとして、
  公共事業らを、 
  日本政府が、 追加する事へ、 
  反対する主張事らを成す、 
  というのでは、
   筋が、 通らない、 
  主張な事を成す事に成る 。

   日本人たちへ、  インフレ性よりも、 
 デフレ不況性のある場合に、 
  所得な、金額を付け加えてやる事へ、 
  反対する事は、

   日本人たちの、 
  命と健康性との存続や、
それらを前提とする、 福利らが、 
  日本人たちにおいて、 
 成される事の価値がある事を、
   真っ向から否定する、 精神性に基づく、 
  反社会的な、 欲求性には、
  かなう事ではあっても、

    日本人たちのそれらに、 
  一定度合い以上の、
 価値性のある事を観もし、 感じ得もする、
   精神性に基づく欲求性に、
   かなう事では、 無い 。

   日本人たちのそれらに、 あるべき、
   値打ちのある事を、 思い認める事が、 
  より、 出来ない、
  精神性の存在を前提として、 
日本政府の公共事業らの追加へ反対する、
論説行為らなどの、 行為らが、 成される、 
規定性が、 あり得てある 。

   日本人たちに、 あるべき、 値打ちを、
  より、 認め得ない側の規定性を成して、

   英米のカネ貸しらの主張する事らを、
 そのまま、  自らも、 
 オウム返しにして主張し、
   実行もする事において、

  日本の、 財務省の役人らと、 与野党の、
主な、 政治家らとが、

  金額において、 94年度の、
 半分に近い所にまで、 減らして来てある、

   日本政府による、 
  公共事業ら、 の、 追加に、 
   反対して来てある、 
   実質的な、 反日員らを、 
  より、 一般の社会で、 
  幅を利かし得なくしてゆく事を通しても、

   日本人たちは、 より早くに、
   日本人たちの足元の地下へ、 より、 
 快適に住みもでき、 より、 どこからでも、 
 速やかに、 入り込みもできる、
  避難網らを作り拡げてゆく、
  公共事業らを成す事により、

  英米のカネ貸しらの言いなりな、
  実態らを積み重ねて観せて来てある、 
  日本の、 財務省の役人らと、 
  与野党の、 主な政治家らとが、 

   日本政府の財政における、 
  緊縮 、を、 繰り返し、
 成す事を通して、 

   日本人たちへ、 押し付け続けて来てある、
  デフレ不況性 、を、 解消し去ってゆく、 
 と共に、 
  日本人たちの防衛性の度合いを、
  飛躍的にも高めてゆくべき、 
 利害関係性を帯びた、状況にも、ある   】 。

    ☆   根途記事➕論弁群➕;

  ☆   日陰でも         熱を連れ去る          風無くば 

       肌の砂漠が              呼ぶ、熱射病・・。

 【     年配者たち、 等は、 のどのかわきを、
   老いると共に、 覚えがたくなり、 
   小便へ度々に行く事を、 嫌がって、 
   茶や水を飲まない様にも、
  成ったりしているので、 
  その周りの人々が、 
こまめに、 塩分と、水分を取る様に、  
 促す、 等の行為らを成してあげる、
  事などが、必要だ❗    】。


   ☆     根途記事➕論弁群➕;
   ◇    脳神経外科 医療法人山裕会 
   山本クリニック    ;

  ◇    しびれを起こす病ら❗  ;
 
  ☆    突然に起きる、 しびれ、 に注意❗  ;

 しびれは、  脳や神経の病の危険信号❗  ;


  ◇   一概に、 「 しびれる 」 、 と言っても、
  なかには、 関節リウマチの際に起こる、
  「  手指のこわばり  」 、  あるいは、
手足に、 力が入らないこと 
  (  麻痺  )  、を、
 「  しびれ  」 、 と、 おっしゃる、
  方も、おられます。


 しかし、 医学的な、 「 しびれ 」 、 とは、

  「   正座した後に、 足が、 ジンジン、
 ピリピリと、 しびれる  」 、 という様な、
 感覚神経での症状のことを言います。


   ☆     神経たちは、 脳からの命令を、
   体の各部位に、 伝えたり、
  皮膚や、 筋肉、に、 
   関節から、 受け取った、
   感覚な情報らを、 
  脳の感覚中枢に伝えたりする、
  役割を果たしています。

    この感覚神経の経路らのどこかに、
  障害が起こると、
 異常な刺激が、 脳に伝わる、ことになり、
 「 しびれ 」 、が起こります。

    つまり、 「 しびれ 」 、 らは、
 神経や脳が発している、 異常を知らせる、
  危険信号でもあるのです。


   ところで、 「  しびれ  」 、 らは、
  神経内科の、 珍しい病を除けば、
  神経への圧迫による病変、 すなわち、
  何かが、 神経を圧迫している、
  ために、 起こっていることが、
   ほとんどです。

  そして、   あらゆる、 
 「 しびれ 」 、ら の中で、 最も多いのは,

    手根管症候群、 すなわち、
   手首のところで、 手に行く、
  神経が、圧迫されて、
  手指が、しびれる、 病です。

   ◇   心配な、 しびれ、ら❗   ;

「  心配なしびれ  」 、 らの中には、
  多くは、 ありませんが、
   脳血管での障害 
  (  脳卒中  ) 、 によるものが、
    あります。

  すなわち、 「  一番に怖い、 しびれ   」 、
   が、   脳の血管が、 詰まる、
   脳梗塞 、 などの、 
  脳卒中によるものです。


   ◇     様子を見ているうちに、
 「  しびれ  」 、  だけではなく、
  手足の麻痺が起こったりして、
  手遅れになることもない、 
  とは、 言えません。

   動脈硬化で、 細くなったせいで、
  脳への血液が欠乏すると、 一時的に、
   手足のマヒ、に、 
  しびれ、や、 言語障害、 といった、
  症状が起きることがあります。

   ◇     片方の手足が、 短時間でも、
  しびれたり、   力が抜けた時は、

「   一過性  脳  虚血  発作 TIA  」 、
  と言って、

「   脳梗塞への前ぶれ   」 、
  な、 場合があります。

  すぐに、良くなったからといって、
   安心できません。

  ◇   めまいや、 ふらつきと同時に、

 『  片側の、 口唇の外側   』 、 が、 
  しびれた時は、
  脳の幹部での血流が悪くなって、
  起こっている場合があります。

    ◇     また、   朝に起きた時に、
 「  手や足が、 しびれている  」 、
 「  力が入らない  」 、 と言った、
  症状に気づいた時は、
 『  脳梗塞  』 、 かもしれません。


  ◇    脳梗塞などの、 脳卒中の特徴は、
   「  突然に起こる  」 、 ことです。

  そこで、 突然に、 しびれが起こったなら、
  たとえ、  軽い、しびれでも、
 念のために、
 医療機関を受診したほうが、 
  良いでしょう。

    ◇     左手が、しびれたり、 
   痛んだりする時は、
   心臓病 
  (   狭心症や、 心筋梗塞   ) 、 のこと
、  (  放散痛  ) 、 があります。

   ◇     夜間に、 両足が、 しびれたり、
   痛んだりする時は、
  知らないうちに、 
  糖尿病にかかっている、事があります。

   ◇     糖尿病による、 神経での障害では、
    最初に、 感覚神経が障害され、
   足の先が、 しびれたり、
    痛みを感じなくなるのです。

    ◇     “はだしで歩いた時に、

 『   足の裏と床との間に、 紙が、
  1枚がある  ように、 感じる”   』 、
   ことや、

    夜間に、 痛みが悪化し、
  不眠への原因になることもあります。

   ◇     それから、 比較的に、 多いもので、
   なかなかに、 診断がつかなくて、
  患者さんが、 悩んでおられるのは、

    太股の部分が、 しびれたり、
 痛んだりする、 大腿外側皮神経痛
(  外側大腿皮神経痛  ) 、 あるいは、
  足の裏がしびれる、 足根管症候群です。

   ☆   顔面のしびれや痛み ;

     顔面の感覚は、
    3本の枝を持つ、 三叉 
  (  さんさ  )  神経が司っています。

   この三叉神経の3番目の枝である、
   第3枝、 下顎神経の経路の、 
 どこかに、 障害が起こりますと、

  頤部  (  おとがい、 アゴ   ) 、 および、
   下口唇 、 あるいは、
  その外側に、 限局した、
しびれ、 などの、 感覚異常
(   頤しびれ症候群 
   numb chin syndrome   )
  、  が起こります。

  高齢者で、 顎が、しびれる、
    悪性腫瘍、
 とくに、 血液・リンパ系悪性腫瘍の、
   下顎骨への転移で起こる場合があり、
   注意が、 必要です。

   ☆     三叉神経の2番目の枝である、
   『  第2枝  上顎神経  』 、の、 先にある、
  眼窩下神経に、障害が起こりますと、

  頬部 (  ほっぺた  ) 、 に、 しびれ、
  などの、 感覚鈍麻を生じます。

  稀に、 癌などの「できもの」によって、
  神経が圧迫されて、起こる、
  ことが、ありますので、
  やはり、 注意が必要です。


    ☆     脳幹部 (  橋  ) 、 にある、
  三叉神経核、の、 血流が悪くなると、

    片側の口唇の外側が、 短時間、を、
  しびれたりする事があって、
 これは、 脳梗塞への前触れ、
  な、事があるので、 注意しましょう。

  ☆    心臓の病、  例えば、 狭心症では、

    稀に、 アゴが痛くなったり、
 ノドが、 締め付けられるような、
  感覚が起こることもあります。

   ◇     三叉神経での障害には、

  それ以外に、 稀な原因として、
   トロザ・ハント症候群
(    Toloza-Hunt 
   頭の中の海綿静脈洞 、 
  というところの病    ) 、

    グラデニゴー症候群
(     Gradenigo 
  頭の中の錐体骨 、 
  という所の病気    ) 、    などで、
   起こることがあります。

    ☆     手のしびれ❗  ;

 「  しびれ  」 、 らへの原因には、
   大きく分けて、 二つあります。

    ◇    ひとつは、
  ①     全身の病によるもの、
    もうひとつは、
   ②     手から始まり、
  手首、肘、肩を通って、 首のところで、
    脊髄  (  頸髄  ) 、 に入り、
さらに上行して、
     反対側の、 
   脳の感覚中枢に至る、 
  感覚神経の経路らのどこかで、 
  障害を受けて起こるもの、 
  とが、 あります。

   ◇    全身の病によるものの代表は、
  糖尿病などによる、 
  「  しびれ  」 、 ですが、

  このような場合には、 必ず、
「  しびれ  」 、は、 
   『  両側性  』 、 であり、

   【    片側だけが、 「  しびれる  」  】、
   ことは、ありません❗ 。


    ◇      また、 通常は、 
  長い神経の先から、 障害を受けますので、
   最初は、 両側の足先の、
  「  しびれ  」 、  から始まるのが、 
    常であり、
  先に、 手から、 「  しびれ  」、  始める、
  と言うことは、 ありません。

    したがって、
   片側、 もしくは、 両側の、
  手だけの、 「  しびれ  」 、ら で、
  足のしびれが、 無い、 場合は、

   ① 、 の、 全身の病による、 
  「  しびれ  」 、 は、
   考えにくいので、

   ②、 の、  経路らのどこかの部位での、
   神経での障害を考えるべき、
   必要性があります。

  ☆      脳が原因で、
  「  しびれ  」 、 が起こる場合は、

    多くの場合において、
   『  半身  』  、 すなわち、 上肢に、
   強い、あるいは、 
  下肢に、 強い、 というような、
   程度の差は、あっても、

   通常は、 片側半身の上下肢の、
 「  しびれ  」  、 が起こります。

   そこで、 半身が、
   「  しびれ  」、た場合は、
 最初に、 脳の病を考えるべきです。

    なお、   脳の病では、
   手だけ、 あるいは、 足だけ、
  という事は、 少ないのですが、

  手だけが、 「  しびれる  」、
   という事は、  稀ではありますが、
  小さな脳梗塞の場合
(   pure   sensory   stroke   ) 、 などで、
  起こることがあります。

   ◇     また、  脳が原因の場合には、
    同時に、  同じ側の、 
  『  顔面の半分  』、 の、 「  しびれ   」 、
  を伴うことも、 多く、

「  顔面のしびれ  」 、を伴った場合には、
 脳が原因である、
  可能性は、 高くなります❗ 。

    ・・続きは、  ブログ ;
 『  夜桜や     夢に紛れて     降る、寝酒  』、
 で。