☆   古文な人らの、歌と、歌の呪力、と; 23 ;
  往生要集  ;    985年  
 ≒   宋で、 仏教系の再興材に❗ ;
   2015/ 10/28  19:49:3 ;

  根途記事➕論評群 http://www.worldtimes.co.jp/col/siten2/kp111018.html : : 
   @    年が明けた、 979年、 の、
  天元2年に、 
  大陸から、ついに情報が届いた。  
 五代十国を構成してきた国らの一つの、
   北漢が、  宋に降伏して滅び、
  宋が、シナを統一したのだ。 

  唐の衰退から、各地に諸侯が生まれ、 
  諸侯が独立して、国を成し、 
 朱全忠らにより、唐が滅び、 
 五代十国の混迷の時代を迎えてから、
  半世紀以上を経ていた。 : 

  日本の源信師の、 『  往生  要集  』
   ≒    985年    、は、   宋にも伝わり、
  仏教系の興れる基に成った。 : 

  @      藤原純友の乱に、天慶の乱が、
  前後した頃の、海賊らの横行は、 
  純粋な、 日本の国内問題では、ない。 

   後世の倭寇も、同じだが、 
 その構成員の圧倒的な大多数は、
  日本人では、ない。 何より、
   日本語が通じない。 
   新羅の滅亡により、 
  日本列島の各地域へ流れてきた、 
  反社会的な、 儒教型の、 部族倫理員
  ≒     『  部族ヤクザ  』       、  に過ぎない、 
   新羅人らが、 日本で、海賊となり、 
   藤原純友の配下となって、暴れ回ったが、 
  新羅の滅亡から、何年が経とうと、
   この流れは、変わらなかった。 : 

   979年、の、  天元2年、 の、日本は、 
  シナを、ほぼ統一した宋による、
  日本への侵略の、  『  可損  』
  ≒    『  リスク  』     、  に対して、 
  その時代の、朝廷がとりうる、
  最大限の努力はしたが、 
  徴兵制である、  防人  サキモリ  、 は、 
  もう、百年以上も前に、廃止されており、
   防人と交替で導入した、
  健児   コンデイ 、も、有名無実化していた 

   ≒       平安貴族らは、 自家に、
  私兵らを備えたが、 日本の全域での、
  社会治安性を維持する事からは、 
  手をひいて、 死刑を、
  2百年以上も、 廃止したままにした、
  最中にあり、
   私的な暴力行為らにより、 
  自分らや、自分の私兵らが、
  死刑になる事を予防し、 
  昼日中の事ではあっても、
  闇での暴力沙汰を甚だしくし得て、 
  自らの利権となる物を、
 私兵を欠いた人々、 などから、
  収奪し易くする度合を高める方向へ、
  余計な、 圧力を掛け続けていた、ので、 
  公 
  ≒     社会の一般の人々     、  の       、
  福利らを成す為に働くべき、 
   あり得る、正規の武装勢力へ対しては、
  それを弱体化するに任せる、
  傾向性を成してもいた 。

   代わりに、 各地域の社会治安性を、
  成すべくも、乱すべくも、
  登場してきたのが、武士らだ。
   
   この武士らの存在により、 百年にも渡る、
  新羅からの侵略の全てに、
  完勝する事が出来た❗ 。 


   @      私兵らを蓄えて、 日本の全域で、
  社会治安を壊しながら、 より、
  武力性の無い人々から、
  利権性のある物事らを収奪していった、
  有力な貴族らと、  その手先の、
   私兵らを束ねた、軍事貴族らの、
   作為と不作為とによっても、 
  治安が悪化し、 経済恐慌が生じ、
  人災が連続する、 最中 サナカ  、に、
   一人の僧侶が、
  人々の支持を集める様になっていた。 
 
   その僧の名は、 源信 ゲンシン 師。 

  かつて、同じ、「  源信  」 、という、
  字の姓名の貴族が、  藤原良房、への、
  側近として、左大臣職を務めていたが、
   左大臣であった、貴族の名の読みは、 
  ミナモトのマコト 氏。 
   漢字で書くと同じだが、読みも違うし、
  血縁関係もない、活躍した時代も、違う。 

     その、 『  往生  要集  』 、は、
 比叡山の中の、 横川  ヨカワ  、の、
  恵心院に隠遁していた、源信師が、
   985年、の、 寛和元年、に、 
  浄土教の観点より、 
 多くの仏教の経典や論書ら、 等から、
   極楽往生に関する、 重要な、
  文章らを集めた、仏教書で、
   一部の、3巻からなる。 

   死後に極楽へ往生するには、 一心に、
  仏を想い、 念仏の行をあげる 
  ≒    『  観想  念仏  』     、 や、 
  唱える念仏  、を成す事以外に、
  方法は、 ない、と説き、 
  浄土教の基礎を創る。 : 

  この書物で説かれた、 地獄や、
  極楽の観念ら、に、 厭離穢土   エド
  ・欣求 ゴング  浄土の思想は、 
  貴族や庶民らにも普及し、 
 後の文学思想らにも大きな影響を与えた。 
  
   その末文からも知られる様に、 
   本書が撰述された直後に、 北宋は、
  台州の居士で、 周文徳、という人が、 
  本書を持って、天台山国清寺に至り、 
  シナの僧と俗の多くの尊信を受け、 
  会昌の廃仏、以来、 唐末から、
   五代十国の戦乱の中で、 散佚した、
  教法事項らを、中国の地で復活させる、
  素材になった事が、特筆される❗ 。 

     源信師が説いた事は、 
  死後の極楽浄土、  等の事で、 
  この世で苦しい日々が続いても、
  亡くなった後は、心安らかな、
  世界が待っている、  と説いた事は、 
  この時代の人達に救いをもたらした。 

  しかも、 源信師は、 出家して、
  僧侶となった上で、日々に、
  念仏を唱える必要は、無く、 
   民間人のままでも、 仏を敬い、
  念仏を唱える事で、
  死後の救いが待っている、 
   と、 説いた。 

  これは、この時代の人には、
 新鮮な教えであった。 
  何しろ、この時代の寺院は、
  荘園を持ち、武力を持つ集団として、
  認識されていた、
   寺院の彼らが、
  宗教関係者な事は、 知っていたが、 
  その彼らと、今の自分達の心の救い、
    との、 接点を見いだせなかったのだ。 

   多くの寺院らは、 高位の貴族や、
  裕福な者の為に、 祈る事は、あっても、
  一般の公民らの為に、
  祈りを捧げる事は、なかった。 

  それをやった、 空也上人  ショウニン  、
  が、  絶大な支持を集めたのも、
  一般の人たちから、 一線を画した、
  上位身分としての、 僧侶ではなく、
  一般人らに溶け込み、一般人らの中で、
  念仏を唱えた僧侶に成っていたからだ。

  源信師は、 空也上人の教えを更に進めた。 
  
  空也上人は、一般人らの中に溶け込んで、
  念仏を唱えて、心の救済をなしたが、 
  源信師は、本に、導き事らを記した。 

  直に、手をさしのべるのではなくとも、 
  本を読める人らや、
 その本の朗読を聞ける、全ての人らへ、
  手をさしのべた。 
  その本こそ、「  往生要集  」、 だった。 

  この本が、 世に出たのは、 
  985年、の、  永観3年、 の、 四月。
   四月の何日かは、判らないが、 
  藤原斉明と藤原保輔の兄弟が起こした、
  傷害事件で、平安京の全体が揺れている、
  最中に出た事は、判明している。 

    本は、 黙読されるだけでなく、
   聞き手らを得て、 朗読される事が、 
  今に比べて、 ずっと、
  当たり前な行為であった事も、 
  各地域の社会の一般の人々が、
  共通な事らに富む、 
 世界観の体系を構築し合い、
  互いに、互いの、
 心分かりを深め合う機縁らを増す上で、 
 極めて重要な働きを成し得ていた事も、
  特筆すべき事だろう。 : 

  @     五代十国時代;    907年 - 960年  、は、    朱全忠らによる、907年の、
  唐王朝の滅亡から、北宋の成立まで、
  の間に、 黄河の流域を中心とした、
  華北を統治した、 5つの王朝ら 
   ≒     『  五代  』     、と、 
  華中に、華南と華北の一部を支配した、
   地方政権ら 
   ≒    『  十国  ジッコク  』    、
  とが、 興亡した時代 。 : 

  @     往生要集が出た、 985年の、
  永観3年、の、 4月27日に、 
  寛和、に改元する、と発表された。 

  名目は、 花山帝の即位に伴う改元だが、 
  遅すぎる。  即位から、半年も経ている。 
  この半年は、ただの半年ではない。 

  花山帝の、 『  革新的な  』 、
  政策事らが、 矢継ぎ早に発布され、
   直ちに、混乱と、日本全国の至る所で、 
  荘園領主らの、有力な、貴族らや、
  寺社らに、 猛烈な反発を喚起し得た、
  半年だった。

   ☆   部族倫理的な、他律性の従者として、
  自らを律する事が、感体系等の質らも規定する
2015/  10/29  20:37:2 ;

  @    野性動物へ云々の、
  苦言コメがわいてるなW 。
  タヌとの物々交換が成立してる話じゃん。
   住宅地に紛れ込んだ、タヌでなく、
  そこに住んでんだろうよ。 
 住宅街に迷い込んだ狸らは、
  半分は、 パニックで、
 住宅の間や道路を走り回るから、
 こんなサービスは、してくれないぞ。 : 

  @   「  徹底比較 日本vs.韓国 
  (  高月靖氏著    」、  という、本によると、 
    朱子学を重視した、 朝鮮半島の儒教では、
   神学論争の様な抽象的・形而上学問が、
  「  心を労する  」、 事として、尊ばれた、
  一方で、 現実の生活で有益な、
  科学、や、数学、に、 医学や、 
 農学といった学問らは、 
  「  雑学  」、として、蔑まれた歴史がある。 
  
   身分が高い者には、 厳  オゴソ  かで、
   悠然とした身のこなしが、
  相応  フサワ  しい、 と、 されたので、
   汗を流して、体を使う事は、 
  「  力を労する  」 、 事として、 嫌われた。  

  こんなエピソードが書いてありました: 
  朝鮮王朝の最後の王の、 高宗 コジョン 、
 は、  アメリカ人の高官が、
  テニスに興じている様をたまたま見かけ、 
  汗を流して、ラケットを振る姿を見た、
  高宗は、 
「  なぜ、彼らの様な高官が、
 あんな事をしているのか、
  使用人にやらせれば、よいのに   」、
 と、 語ったそうだ。 
  それ程までに、身分の高い人は、
 体を遣わない物、と、されていた。 
  だから、 韓国では、 
  「  職人としての腕前  」、  を、 
  誇りに思うどころか、 労働や、
  そうした技術は、 そもそも、
  自慢になる物ではなかった。 : 

 【      部族らの各々の長 オサ らが、 
  事の善し悪しを定め、 
  自らより、  格下の部族員らに、
  それへ従う事を義務付ける、 
   部族社会らにおいては、    皆が、
  他律性の従者であり、 部族長らも、
  生まれ育つ過程では、
  長に従う奴隷らの中で、 
  最も、優遇され易くある、だけで、 
  奴隷的な、抑圧への反感を募らせ、   
  より格下の者らへ、 爆発させ得る、
   立場にあるだけであり、 
 他律性の奴隷である、  事に、
  変わりは、 無い。

   自律性の主としての自我が、
  欠けている者らには、
  道の精神性だの、匠の精神性だのは、
  心構えられようが、無い、ので、 
  それに基づく、心遣いや、
  工夫の度合を深め得る、 志向性も、
  その精神系には、 成立ちようが、無い。 


  その個々の価値観自体が、
  部族利益を観定め、指図する、
  長   オサ  、 の、それ、で、

    部族社会の段階の、 部族員ら一般には、 
   倫理的な自律性の主としての、 
  自分 、 を、なるべく、欠いて、
   部族の長らに従う、他律性の奴隷たる、
  自分を、なるべく、表立てても、
  構築し続けてゆく事が、 
 その部族社会の道徳律の、
  価値序列の観念体系における、 
  義務性のある事なので、 
  部族社会らの各々同士の序列において、
   政治的影響力が、 最も大きいがゆえに、 
   その部族利益を最大にする、
  部族倫理性の義務な事を、最も能く、
  実現し得る、社会的な立場を占める、
  方向性にある物事らを成したり、
  得たりする事、 などを、 
  部族の長らの一般が、 志向する場合には、
   その部族員らは、 
  自らの価値序列の観念体系を、
  部族の長らのそれに沿った、
  規定性らから成る物へ仕立て、
  感体系、 などの質も、
  その義務な事らから規定される事に成る。 

   シナへ隷属する、部族連合の長である、
  王を頂点として、 朱子学を基に、
  王の政策な事らの内容へ、
  影響力を行使する事を認められた、
  立場にある、 学者らが、次に位置し、
  彼らの考えた事らを実施し、
  王へ意見を聴かれもする官僚らが、
  その次に位置する、といった、
  李朝の、 部族社会員ら、  への、
  序列付けの在り様   ヨウ  、 は、
   部族利益を最大にできる、
  度合の順位の在り様であり、 
  例外的な、 少数者らを除いた、
   今の朝鮮人らの一般の、
  価値序列の順位の在り様でも、在り、 
  より、働かない度合が高く、
  他の部族の誰彼らを、 より、
 自分らの為に、働かせ得ている、
  度合が高い者を、より、偉い、とする、 
  規定性を明ら様に示し、
   その各々の部族の内外の人々への、
  差別型の、感情や感じ様の体系らの、
  質をも、 規定し得て来ている物でもある。 

    倫理的な義務事項らは、 
  単に、それに相対する部族員らの一般の、
  精神系らの各々の一部分ではなく、 
  各々のその全体の、重なり合い、
  浸透し合っている、
  体系らの質をも規定してしまう物であり、 

   それとは、 別に、 
  物事らへの感じ様らの体系、 などの、
  在り様が成り立つ訳では、無い。

   倫理的な義務事項らの質は、 
  他の心理的な物事らの、
  質の全体を規定する物であり、
   価値序列の観念体系の在り様を規定する、
 物でもある。 

   シナ朝鮮人らの一般の、
  観念体系らにおいては、
  自らの部族利を最大にし得る度合が、
  より大きい、より、政治的な、
  影響力を行使できる度合が、
  大きな存在か、 より、
 経済的な影響力を行使できる度合が、
  大きな存在が、 価値序列の高みを占め、
  他は、それに付随する。

   朝鮮人らの一般において、 
  学者らが尊崇されるのも、
   朝鮮人社会においては、 学者らは、
  その社会的な影響力を行使し得る、
  度合の大きさに応じて、 
  より巨額になる、通貨、
  お金の様な存在であり、 
  通貨らが、誰彼らの、
  労働サービスらや、品物、
  などを得る為の、引き換え券であり、 
  それらを得られ得る、
  度合の大きさに応じて、
  その引き換え券としての、
  機能的な価値性の度合いを増す物である、
  様に、 
   学者らは、
 その社会的な影響力を行使し得る、
  度合の大きさに応じて、
  自らの側の、
  部族利益を大きくし得る存在であり、 
   真っ当に観られる、政治家らや、
  民間の人々の一般が、
   学者らの意見を聴くべき存在として、
  在る度合が、大きければ、大きい程に、
   学者らの社会的な影響力は、大きく、
  その部族利益を増し得る度合も大きい、
   巨額な貨幣の様な存在に成れ、
   部族倫理系の義務事項を成し行い得る、
  度合いを、大きく伴う、存在に成れる。

    彼らな、朝鮮人学者らの一般が、
   日本や欧米、 などの、 学者ら一般とは、
   異なり、 事実に基づかない、
  捏造に次ぐ、捏造を成し行い、 
  より、有力な支持者らや、 
 より、 多くの支持者らを得るべく、
  その可能的な、支持者らや、 
  現前する支持者らの、大勢   タイゼイ 、
   の意向らに沿う、 デタラメ事らを述べ、 
   そのウソな事らを主張し通すのも、
   彼らが、 まず第一に、 
  その部族社会員たる、
  他律性を自らの行動原理とする者ら、
  であり、
   部族倫理系の義務事項らを成し行うべき、
  存在として、自らを、
 その価値序列の観念体系の中で、
  規定している存在だから、であり、
   何よりも、まず、自らの側の部族利益の、
   最短期間での最大化をはかり行うべき、
  存在として、在る、からである。 

     その例外的な、 少数者らの存在は、
  その一般的な多数者らの存在を損なう、
  筋合いには、 無い、ので、
  極まれにしかいない、朝鮮人の学者らが、
  事実を尊ぶ事を、どれ程に、
  露わに成し行い得て、在ろうとも、 
  朝鮮人の学者らの一般が、 
  部族儒教型の、 価値序列の、
  観念体系に基づいて、 差別性 
   ≒      差別する物。 差別する事       、
  を成し行う事により、 
  その部族利益の、最短期間での、
  最大化をはかり行う、
  部族ヤクザでしかない、 という事に、
   変わりは、無い     】。

    続きは、   務録   ブロク  ;
 『  夜桜や    夢に紛れて    降る、寝酒  』 、
  で。