☆     耳の向こうの、感音の無い世界に、
  感音らを当てがって観る、観念の設定 01
    2015/  7/31   20:34:51;
 http://www.worldtimes.co.jp/col/siten2/kp111018.html : : 
    @     哲学の問いかけで、 
  「    誰もいない 
  ≒        感としての音らを、
   自らの、精神系か、
  感覚と動作らや反応などの連携する系で、
  成り立たせ得る主らの居ない       、
    森で、 木が倒れたら、 
  どんな音がするのか?   」 、 
  という物がありますが、 
 どんな音がするのでしょうか?。
   誰も、聞いていないのに、 
  なぜ、判るか?っていう事が、
  問題なんですよね? : 

   閲覧数 4,727    2005/  6/1  9:20 
  ベストアンサー: : 
    ☆   自らの回答  ;

   物理現象としての、 「 音 」 、 は、
  単なる空気の振動で、 
  これが、 聴覚神経を刺激して、 
  電気信号を成立たせて、 それの、
  一定の動的な形式が伝達された物を基に、
   脳が、 特定の感に置き換えた、 
  その当の、 感が、 
  感として在る方の、 『 音 』 、です。 

   つまり、   認識の主体や、 
  可能態の感らを、
  現前態として覚える主体、が、
  存在しない限りは、 
  「 音 」 は、 存在し得ない、
  という事になります  : 

  【    元の記述にはない言葉らを付け足し、
   ある特定の空気の振動に対して、 
  感、の、 その物である方の、
  音、らの、どれ彼を成り立たせる、
  生き物らの各々が、 
  その空気の振動ぶりと、
  直に関わる所々を得て、 
  感としての音を成す、在り様を述べる、 
  その内容な事とは、 
 そぐわない記述らは、省いた。 

   森で、音が鳴り響いている、
  映像感らとも重なり得る、
  感音   カノン  、 らの、
  音としての在りようら、を、想像し得る、
   にも関わらず、 に、
  科学が物語って観せる、
  空気の振動の存在を得て、 
  聴覚神経を、  『  履列  リレ  』
  ≒    『  リレー  』      、してゆき、
   継ぎ起き式に連鎖する、
  バラバラな電気信号らの中で、
  その行く末に起こる、
  電気信号らの存在に対して、 
  感音を成す、 絡繰りが在る、
   その在りよう、が、 含む、
  情報な事らは、 
  聴く心らの無い場において、 
  感音らの在り得る事を否定する、
  規定性を持っている。 

   感らを成す、 心から観て、    
  耳の向こう側の世界は、 
  感らを成す、
  虫や動物ら、 等の、
  各々の系らを除けば、 
   感音らを呼び起こす、非感覚系の側で、
  因の働きを成す、空気の振動らはあっても、
    感音らは、 無い、 世界である、
   という事は、 
  一般的な社会生活を成す上では、 
  思い構えて観て、 直に、
  足しになる場合が、滅多に、無く、

    色映感  イロウツカン 、 も、 
  明るみを宿す感らも、
  常に、欠けて居て、 全く、無い、 
  我々の目の前の世界らに、 
  我々の各々自らの一定部分らである、
   感らが、 
  濃淡や奥行き、 
  などを感じさせる形ででも、 
  貼り付いてあるかの様に、 
  我々が、 思い当てがって観ている様に、 

   科学が物語って観せている、
  事らを知っては居ても、 それは、
  それとして、 耳の向こうの世界らでは、
   感音らが、溢れるべき所々には、 溢れ、    我々や動物ら、 などの、 
  聴く心   ウレ  、 系らに関わり無く、 
  鳴ったり、 止んだりし得ている様に、
   設定して観てもいる、 
  その想い構えの存在を、 
  我々の社会生活の共通の基盤にもし、
   感らが、 その様にある事を当てにして、 
   動的な図式事項らを計画し、
  実際に起動し、 意図しても観る場合には、    自らの感らである物らは、 
  感でありながら、 
  自らの感らとしての存在感を、
  より、 薄められ、  控え目にされて、 
  自らの精神系の在る場の、
  外側に、存在し得てもいるら
  物らであるかの様に、 
  我々の各々の観念の場に、
  性格付けられて現前し、 
  我々の各々が、 
  社会生活などにおける、 
  用事らなどを成し行う際には、 
  その動的な図式事項らを構成する、 
  あちこちの、
  非精神系の、 外界めいた世界ら、
 に、 散りばめられて観られ得る、
  宛  ア   ての物らとして、 
  自らの意図する事らを成す、
  自由性の、    非精神系での、
  拠り所らの存在を示し得たり、 
  阻害要因としての働きを成し得る、 
  性格などのある物事らの、 
  存在や欠如性を示し得たりする、
  物らとしても、 当てにされ得ている。 
    科学が物語って観せて在る通りに、 
   目の前の世界らは、 常に、
  本当は、  真っ暗闇の世界であり、 
  耳する感覚系の外側の世界は、 
  常に、本当は、
  感としての音らを欠いて在る、
   世界である、
    と、 想い構えて観た所で、 
  身近な社会生活、 などでの、
  用事ら、 などを成し行う事において、 
  直に足しに成る、
 手掛かりや足掛かりになる、
  より、 目に観え、 耳に聞こえる様な、
  何彼らを、そのまま、
  心得る事は出来ないし、 
  観念の設定において、 
  自らの感らのあれこれらが、 
   自らの面している、 
  自らの外側なる世界らの側に在る様に、 
  我々の各々において、思い観られ、
  感じられる事に、変わりは、無い。 

   それらが、 観られ、 聴こえるがままに、
  自らの外側にある、と、
  自らへ観せる様に設定されてある、
  観念な、現前性の効果は、在り続ける。

     その目の前の世界らへ、
  色らや、光りようら、に、
  音ら、を、 宛て付けて観てある、
  主らの各々の精神系において、
  それら、が、 創り出されて、
  その主に、観宛てられてもあり、
    
    その、どの主の目の前や、
  耳の向こう側の、世界も、
   光りようら、や、音ら、
  を、全く、 欠いてある、世界、
  である、事を、 
   それらを成してある、 誰彼が、
   知ったり、 知らされて、
  納得する事が、 出来た、 としても、
    それら、が、
  その主の精神系の外側においても、
  在り得る、 物らとして、ある、ように、
   感じ宛てさせる、 度合いらが、
  その主の観念系において、
  減らされ得る、 とは、 限らない。

     進化の道筋らにおいて、
   自らの精神系の在る側にしかない、
  感性な物ら、などの、
  観念な、物ら、 をして、
   自らの精神系の、 無い、側や、
  精神系たちの、 どれも、無い、側の、
  世界らにも、 在り得て、
  当然な、 物ら、と、感じ宛て、
  観宛てる、 主らを成すに至り、
   そうした観念性の主らが、
  より、 生き延び得もし、
   より、 自らの子孫員らを、
  成し得もし、 さらには、
  その子孫員らを、より、
  永らえさせもし得てゆく、
   あり得る、 事らへ向けて、
    そうした、 感じ宛てようや、
  観宛てよう、を、 成す、
  観念性ら、の、 存在なり、
  あり得ようら、 なり、 が、
    一般に、  どれ程の、
   有利性らを成し得たか、は、
  定かでは、ないが、
  少なくとも、
   より、 人々への先祖員らが、
   より、 生き延び得て、 
 より、 子孫員らを成す、
  あり得る事らへ向けて、
  段取りな事らを計画し、
   成し行う、 あり得る、
  事らを、 よく、 成す事に対して、
  余計に、 不利性らを成した訳では、
  なかろう。

    我々が、 どういった、
  観念な設定性なり、
   観念性なり、 を、 より、
  一般に、 創り出されてあるか、
   という事についても、
  進化の道筋らにおける、 
  淘汰圧らの存在と欠如らへ、
   それへの、要因性を思い宛て得る。

http://www.worldtimes.co.jp/col/siten2/kp111018.html : : 
   @    一番に、 健康被害へのリスクも、
  費用も、無い状態にする事は、 
  シナ朝鮮らからの輸入を禁ずる事だ❗。
    禁輸で、 日本国内の漁業資源らを増す、
  事業らへの投資も促され得る。 : 

   【     日本が、自給自足へ軸足を移す、
  のに、 好都合な記事が出ると、 
  シナ鮮米側の連中は、必ず、
  採算がー、予算がー、と、 
  日本側の最大の売国奴である、
  帰化人らを含む、財務省の、
  反日な役人らと同じく、 
   シナ朝鮮よりも、 
  欧米の実質的階級社会の頂点に在って、 
   ハザール系、  などの、
   偽ユダヤ人らや、  シナ朝鮮人らを、
  自らへの、 身代わりの盾にも、
  先兵にも使い回して来ている、
  欧米の富豪らが、
 日本を経済的に支配するのに都合の好い、
   隙間を広げようとする。 

   日本国民らの大半が、 日本が、 
  自給自足できる実態がある事を知る事は、     欧米の富豪らが、 TPPに類する、 
  取り決め事を、
  日本側の売国奴らに呑ませ、
  
    欧米の富豪らが主導して、
  彼らに都合が好い様に、
 構築され、運営される、 
 法の下に、日本国民らを縛り付けて、 
  シナ朝鮮人ら、 などの、
  移民らを日本へ入れる度合を増やし、 
  シナとの戦争を回避する為の、 
  共通の、 草刈り場に、日本を仕立てて、
   日本国民らに、 シナ朝鮮人らだけが、
  恨みを買う様にする為の、
  段取りを進めてゆく上で、 
  邪魔に成る事だ。 

   日本国民らの大半は、
   欧米の階級社会の頂点にある、
  富裕権力層の者らが、 
  ヨーロッパでは、 偽ユダヤ人らへ、
  自分らの代わりに、
  一般人らの恨みを買う役をやらせ、 
  東洋の植民地らでは、華僑らに、
 恨まれ役をやらせた事をすら知らない。

   必ず、 自分らの身代わりに、
  恨まれるべき代理人らを、
   幾重 イクエ 、 にか、 用意して、 
  自らが、  支配し、搾取する、 標的の、 
  人らからは、 
  目の前の悪代官的な者らの、
  不正を正してくれる、 
  正義の神々の如く、 思われようとして、
   それなりに成功しても来ている、 
  小細工を弄して来ている、 
   欧米の富裕権力層の一定数の者らは、
   自分でも、そうした、
  神々しい、大層な者らしく演ずる事が、
  好ましく思える事もあってか、
   板に着いている所もあり、
   日本国民らの一定数にも、 何となく、
   半ば、無意識の内に、 
  欧米のお偉いさんらが、 
  シナ朝鮮人ら、 等の、
 日本人らへの不遜な横暴性などへ対して、      いざとなれば、 その、在りもしない、
  人種や宗教にとらわれない次元の、 
  超宗教文化型の、 
  公正さを愛する心により、
  懲らしめてくれる、と、
  期待したがっているかの様な、 
  見当違いな論弁を表したりしているが、
 
    欧米の実質的な階級社会の天辺にいる、
  連中は、 
  召し使いに類する人らに、
 かしづかれて暮らす、自分を、
  当たり前の自分として、
  受け入れている者ら、であり、 
  階級社会が、
 自分らの為に機能する事を前提として、 
  あらゆる物事を設定する事に、だけ、
  慣れている者らであり、

   だからこそ、  株主らが、 最短期間で、
  最大限の利益を収奪する為に、
   世界中で、貧富の格差が広がり、 
  各地域の社会一般の人らの、
  可能的な福利らを、  未然に、
  奪い去る代わりに、  自分らが、
  より余計に、 資産性のある、
  権利ら、 等を含む、
  物事らを、 がめる事が、  より、
  簡単にできる制度らと、法体系ら、
   とを、作り出して来てもある。 
     日本人らを、
  自分らの法の下に縛り付けて、 
  道の精神性らを活かし易い、
  社会環境が失われてしまう事が、
   世界規模での、  
  貧富の格差の深刻化と相俟って、
   世界中の文明社会らの内外に、
  深刻な対立関係らを生み、
  それを拡充させてゆく末に、
 文明らを自壊させる事を、
  決定づけてしまう事をも意味する、 
  という事を、 例え、 
  この文章と同じ趣旨の前々の文章らを、
  何度、読み返しても、
 理解できない連中でしかない。 


    (    ・・続きは、 ブログ
  夜桜や      夢に紛れて     降る、寝酒   、
 で。  )。