1966年5月16日に中国で始まった文化大革命。
約10年間、全土で「赤い嵐」が吹き荒れました。
死者数は諸説ありますが、文革直後の高官によると、全人口の9分の1に当たる1億人が迫害され、約2000万人が死亡、政府幹部の75%が失脚したとのこと(産経新聞【検証 文革半世紀(1)】)。
節目の50年を迎えたということで、チャンネル桜で興味深い特集がありました。
■【Front Japan 桜】有本香・福島香織:文革半世紀 語られない「食人事件」 / 米国「トイレ論争」 / 日本人の魚食離れ[桜H28/5/17]

日本ではあまり語られることのない、文革中の「食人事件」について。
解説は主に福島香織さん。
内容をかいつまんで紹介します。
※引用転載はご自由に。連絡不要です。但し誤字などに後日気づいて修正をすることが多々ありますので、必ずこちらのURLを添えておいて下さい。
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大ざっぱな内容紹介ここから__________________________
約10年間、全土で「赤い嵐」が吹き荒れました。
死者数は諸説ありますが、文革直後の高官によると、全人口の9分の1に当たる1億人が迫害され、約2000万人が死亡、政府幹部の75%が失脚したとのこと(産経新聞【検証 文革半世紀(1)】)。
節目の50年を迎えたということで、チャンネル桜で興味深い特集がありました。
■【Front Japan 桜】有本香・福島香織:文革半世紀 語られない「食人事件」 / 米国「トイレ論争」 / 日本人の魚食離れ[桜H28/5/17]

日本ではあまり語られることのない、文革中の「食人事件」について。
解説は主に福島香織さん。
内容をかいつまんで紹介します。
※引用転載はご自由に。連絡不要です。但し誤字などに後日気づいて修正をすることが多々ありますので、必ずこちらのURLを添えておいて下さい。
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多くのメディアが文革についてクローズアップして報道している。
50周年ということだけでなく、中国で、現在進行形で今、文革のようなことが起きるんじゃないかと、懸念しているからではないか。
AFP(フランスの通信社)が珍しく、文革の頃に、中国南部の広西チワン族自治区で多発した、いわゆる「食人宴席」(食人事件)について取り上げている。
■文革50年、語られぬ「人肉宴席」 中国 (2016年5月13日 16時9分 AFPBB News)(魚拓)

[矢印の場所が広西チワン族自治区]
あまりにも残虐な話なので、新聞などでは滅多に取り上げられることはなかった。
が、AFPの記者は、現地の武宣県に行き、当時その調査をした当局側の人にも接触している。
当時の報告書はまとまってはいるが、草案のままで封印されている。
その未公開の草案を確認し、何が書かれているかを紹介している。
※AFP記者が確認した報告書草案には「首切りや殴打、生き埋め、石打ち、水責め、釜ゆで、集団虐殺、内臓の抜き出し、心臓や肝臓、性器の切り取り、肉のそぎ落とし、ダイナマイトでの爆破など、あらゆる方法が使われた」とあったそうです。詳細は、AFPの元記事をご覧下さい。
あまりにもおぞましいので、なかなか誰も書かない話。
が、これは知っておいた方がいいので取り上げた。
文革の中で「食人」が起きたのは広西チワン族自治区だけではない。
陝西省、河南省、河北省などでも起きたという報告がある。
これを公にしたのは、いまアメリカに亡命している鄭義さん。
文革時代の「食人」の取材を緻密に行った。
その記録の一部が、日本でも出版された。
「食人宴席」という本。現在絶版。
中国では発禁処分。

どういう話かというと…
広西チワン族自治区の山間の場所で、1年ほど遅れて文革がやってきた。
「武闘」というのが行われた。
要するに、主流派と非主流派が武器をそれぞれ持ち、民兵あがりの人たちが、敵味方に分かれてリンチ。
負けた少数派をリンチし、挙げ句に、生きたままお腹を割いて内臓を取って食べるということが繰り返された。
都市伝説ではなく、全部ちゃんとその報告書が、文革中にも周恩来のところに上がって、党中央も驚愕した。
文革が終わった後、80年代前半に調査団もちゃんと派遣している。
どこで何が起こったか、日時と場所、何人が被害に遭ったかを調べ、被害者の名前も全部分かっている。

[広西チワン族自治区武宣の川に浮かぶ島。文革中、ここで数十人が殺害されたと考えられている(2016年5月8日撮影=AFP)]
鄭義さんは1986年、天安門事件が始まる前にたまたまその話を聞いて、自分で取材に行った。
当時は天安門事件の前で、まだ取材ができる環境だった。
作家として名をなしていた人なので、新聞社の紹介証、記者証も持って現地に行けた。
すると現地では、歓迎しない人もいるが、歓迎する人もいて、「食人事件」を隠してはいけないということで、取材に協力した。
いろんな妨害もあったが、実際に人を食べた人も取材しているし、食べられた人の遺族も取材している。
当局の調査文書のようなもの、記録も目を通して、すごく緻密な取材をしている。
今回AFPの記事を見ると、鄭義さんが当時見た資料が、まだ現地に残っていることが分かる。
こんな酷いことが、わずか半世紀前に中国で起きた。
文革というと、批判大会のようなイメージがあり、言葉責め、投獄というイメージが先に来るかもしれないが、実は大虐殺。
自殺も含めると、2000万人ぐらいは死んでいる大虐殺。
しかもその中には、耳を塞ぎたくなるような悲惨な虐殺の仕方もあった。
生きたままお腹を割くとか、肉塊しか残らないぐらいの撲殺。
生徒が教師を殺したり、教師が学生を食べる。
そういうことが行われていた。
広西チワン族自治区だけでも15万人ぐらいが殺された。
ほとんどが冤罪と言われている。

[広西チワン族自治区武宣を流れる川。ここで教師が生徒らに殺害されたと考えられている(2016年5月8日撮影=AFP)]
こういう殺戮が行われ、狂乱の状況。
しかも、人を殺して食べた人に、「あなたはなぜ食べたのか」と聞くと、「憎かったから」。
罪悪感があまりない。
1986年頃なので、「俺は階級の敵を食ってやったんだ」という感じで話している。
飢えて極限状態にあったとか、家族が殺されてその復讐のためとか、そういうものでもない。
ただ政治的に先導され、階級の敵ということで…。
実際は冤罪で、普通の隣人を殺した。
あえて言えば、隣人への嫉妬。
自分より豊かだとか、偉い地位にあった人への嫉妬が、ものすごく残虐な行為に行った。
わずか50年前のこと。
そして、その記録が全て残っている。
中国の「南京大虐殺文書」というものが(2015年10月に)ユネスコの世界記憶遺産に登録されたが、資料としてはかなり杜撰。
しかし、文革の資料に関しては、偉い人もけっこう亡くなっているから、真剣に調べたものがたくさんある。
が、ほとんどは未公開。
特に「食人」に関しては。
AFP記者が現地に行ったら、目で確認できたので、資料はある。
この資料はものすごく貴重な記録。
朝日新聞の本多勝一の「南京の旅」のような伝聞ではなく、ちゃんとした公式資料。
公式資料があり、加害者、被害者、全部、直接話を聞いている。
匿名ではなく、みんな実名。
地位のある人たちは、その地位も明記。
こういうものこそ記憶遺産に登録しなければ。
なぜなら、文革はまた起こるかもしれないという気分が、いま中国ではある。
さすがに、道路に遺体が転がってて交通の妨げになるような、かつての文革のようなことは起きないとは思うが、それでも、何が起きても不思議ではない情勢だと思う。

[広西チワン族自治区武宣の街並み(2016年5月8日撮影=AFP)]
現在、文革について調べようとすると、いろんなタブー、資料の隠蔽がある。
このまま放置すると、文革がなかったことにされたり、資料が改竄されたりする可能性もある。
そうなっては被害者が報われない。
階級の敵だと言われて、リンチで殺され、食べられた人の家族らは、食べた隣人らと同じ町にずっと住んでいる。
補償は少し出たが、生活できる額ではなく、彼らは貧しいまま。
しかも、見回すと自分の家族を食べた人たちがいる…。
ほんの半世紀前の歴史。
生々しい記録が残っている間に、ちゃんと保存しなければいけない。
南京事件もちゃんと調べたら良かったのだが、できなかった。
中国は戦後、閉鎖空間で、動乱があり、きっちり調べられなかった。
当局もそれをしなかった。
歴史の記録が失われているのは大変残念。
でも、文革はまだ資料があるから、それを今のうちにやった方が良い。