☆ 綺羅めく、 鎌倉仏教ら❗
http://www.worldtimes.co.jp/col/siten2/kp111018.html : 3.時宗
( 開祖: 一遍 いっぺん 上人
1239年 ~ 89年 ) :
信心の有無や、 善人と悪人に関係なく、
仏様は、全ての人をお救いになる。
人は皆、生まれながらにして、
極楽浄土へ行く事が、 決定されている、
と、晩年には、提唱。
踊念仏 ( おどりねんぶつ ) 、 を取り入れ、
各地を遊行 ( ゆぎょう ) 、 した事から、
一遍上人は、 遊行上人、とも呼ばれる。
彼は、 死の直前に、著書を燃やし、
その派の人々も、写し、
等を残す事を止めたらしく、
その思想を写した書物は現存しない。
が、 写本みたいな物らが、いずれ、
見つかるかも知れない。
:
@ 時宗において、 生まれながらに、
人皆の極楽浄土への行き得ようが決まっている、
と、された事は、
浄土真宗の総本山の、本願寺の法主
( ほっす ) 、 が、
その宗徒らを破門する行為を成し得る事が、
一向宗徒らを統制したり、動員する上で、
一定度合い以上の影響力を持ち得たのに対して、
時宗の思想事項らを、そのまま、
引き継いだ人々が、
武家政権をも、 自らの武力で打倒する程の、
自律的な社会組織らを、自らの仲間らで構築し、
自らの理想とする社会を、仲間らと共に、
成し営む為に、
武家勢力らとも戦い続ける、
といった事態らを成す程以上に、
時宗の関係者らを、互いに組織し合い、
この世に、極楽浄土に近い世界を成す為に、
互いを動員する、という事を、
ほぼ、不可能にした。
そうした動きらに参加しても、しなくても、
極楽浄土への行き得ようが、 決まっており、
誰にも、 その決定事項が、
覆され得る事が、 無い、のだから、
命と、家族で暮らす幸せ、
等を断たれ得る事へ、
打って出るべき、必要性も、 無い。
:
これらな、 浄土思想系の、
実質的な、 一神教らにおいては、
シャカムニ ≒ 釈迦族の尊い方
≒ お釈迦様 、の、説く、
悟り、や、 悟りを開く事は、
余り、大きな意味を持たず、
浄土、と、 ヒト、 との関係性らが、
最大の関心事項と成ったので、
シャカムニ仏教とは、 これらは、
志向性の、全く、 異なる、
別の宗教体系ら、と言って、
善い、 ものらであるが、
浄土思想の心構え主でありながら、
悟りを開く事を目指しても、構わないので、
例えば、 キリスト教の古代の宗派らの中には、
シャカムニ 、 を、
キリスト教の聖人として、
尊崇していたものもあり、
キリスト教徒であれ、 イスラム教徒であれ、
その神との約束事らを巡る物語らを述べた、
聖典らには、
悟りを開く事を目指しては成らない、
と、 神との約束事として、
書いてある訳ではないので、
彼らが、悟りを開く道をゆく事にしても、
教会や宗教法学者らによる、
差し止め、 などが、 無い限り、 あるいは、
そうした事があっても、本来的には、
問題は、無い。
:
教会、 などが、 より、 牧する者として、
より、 牧されるべき、 羊の立場にある、
信徒らを、天国へ導いてやる為に、
羊らへ、 自ら、世界観などを思い構え、
自律的に、社会生活の在るべき事らを、
自ら規定して行く、 といった事らを、
基本的に、禁じている、度合いが、
高ければ、 高い、宗派である程、
そうした事へ、反対する度合が高いにしても、
本来的には、
預言者の様な振る舞いに目されるのでなければ、
キリスト教徒でも、イスラム教徒でも、
悟りを開く事を目指しても、構わないのだし、
ペルシャ イラン 、の、
シーア派の教主に成れる、 預言者、の、
ムハンマド氏と、 その代理人
≒ カリフ 、の、4代目で、
ムハンマド氏の従兄弟の、
アリー氏との子孫である、誰彼が、
そうした志向性を持ちながら、
シーア派の人々と、
その宗教法学者らとを導いても、
問題は、無い。
イランが、 欧米らに立ち勝る以上の、
科学立国に成り得るか、 ここまま、
偽ユダヤ人らの、カザール系、などの、
者らの主導する、イスラエルを先兵として、
イスラム教圏での分割統治を進めてゆく、
欧米の富裕権力層の者らの中の、
一定数の者らの思惑のままにされてゆくと共に、
欧米らの完全な経済支配の下に組み敷かれて、
鵜飼いの鵜の立場の、 韓国人らの様に、
搾取されるだけの境遇に陥れられるのか、
宗派の主導者らの、本物の自律性の高さが、
その大きな違いを生む、 決め手に成り得る。
4.日蓮宗
( 開祖: 日蓮 にちれん 上人
1222年 ~ 82年 ) :
妙法蓮華経 ≒ 法華経
( ほけきょう ) 、 こそ、 全てだ❗。
南無妙法蓮華経
( なむみょうほうれんげきょう 。
南無 ≒ 信頼する、 法華経を。 ) 、
という題目を唱えれば、 あるいは、
そう、唱えたい心持ちを成して、
成仏を請け負う、日蓮師と、
その唱える事らを信じ、成し行う人々は、
成仏できるぞ❗ 、
といった様な、 主張事項らにおいて、
西の1神教らの、
預言者と救世主とを合わせた様な立場に、
日蓮師は、自らを格付けて観せる、
思想事項らを唱えており、 基本的に、
法華経も尊重している、
他の宗派らについては、
『 念仏を唱える、浄土宗系の人々は、
無間地獄に落ち、
禅の人々は、 天魔であり、
真言の密教の人々は、 国を亡くさしめ、
律宗系の人々は、 日本の国を賊 ソコナ う、
国賊だ❗ 』 、 とし、
その根拠は、 法華経に在る訳ではないが、
日蓮師を、 上行菩薩
≒ 永遠の昔に、悟りを開いた、
永遠に在り続けている、
シャカムニ 、 より、
その教えを人々へ伝え広め、
思い分かつ様に導く、 弘通
( ぐつう ) 、 の委嘱を受けた、
本化地涌菩薩の上首 、 としての、
自覚を得るに至った、 上行応生をした主 、
と信ずる、 日蓮師が、 そう、思う、
その思いの存在のその物が、
唯一の根拠とされており、
日蓮師の予言な事らが、当たる事により、
日蓮師と、その主張な事らを信ずるべき、
根拠な事らが、人々へ呈示される、
という事も、 日蓮師自らにより、
唱えられており、
数々の予言も成されているが、
それまでの仏教の思想体系らにおいては、
仏の弟子として、 自ら、
成し行うべきではない事らとされている、
自らを、菩薩の上首として、
予言する、 等の事らを、 自ら、
成し行っている事、 等からして、
日蓮死は、 仏弟子の立場を逸れた、立場で、
自らの思想事項らを唱えており、
仏教思想らの所々の事らにかこつけて、
仏教とは、 別の宗教を興す体を成している、
と、 日蓮師の菩薩性、
などを信じるべき、 必要性の、
より、 ない、 人々から、 観られる事と、
仏の弟子ではなく、 菩薩として、
仏教を成し伝える主として、
仏教の諸派を猛烈に非難した事との為に、
妥当な、 猛反発を受け、 日蓮師は、
鎌倉幕府に、
打ち首にされそうになったりもしたが、
日蓮師は、 :
『 仏性 』 、 は、 いかなる凡夫にも、
秘められており、
『 南無妙法蓮華経
≒ なむ・みょうほうれんげきょう 』 、
と、 題目を唱える、
『 唱題 』 、 の行を行えば、
「 仏性 」 、 が顕現する、 という、
思想を説きつつ、 その通りに、行いを成して、
仏性を顕現した人々が、
仏性の顕現した主として、 あるいは、
御仏の姿を心に想い観る、
『 観想 念仏 』 、 を行い、 あるいは、
座禅を組み、 あるいは、 念仏を唱える、
などの事らを選び成す事の、
在り得るにも関わらず、
それらの事らへの非難を成して、
仏性の顕現し得た人々の選び成す事らが、
顕現された仏性による事らである、
事を見落として観せ、
天魔 、 などの存在を訴呈
≒ アピール 、 する事により、
天魔、 などの存在や、
その働き得ようらの存在を許してしまう、
御仏の力の欠けて在る様をも、 訴呈して、
御仏の力を、
その分だけ、 より、 低く、
見積もっても観せる事により、
御仏の在り難み、などを、
より、 見くびって観せてもおり、
法華経へ導く方便であるにしても、
他の宗派らへの非難の仕方のその物が、
御仏の属性らへの、
敬意を欠いている、 在りさまを呈してもいるので、
日蓮師の唱える手続きをも踏んで、
仏性の顕現し得ている人々から、
その非を難詰されても、仕方が無く、
仏教思想らの所々を採って、
別の宗教思想を現した物、と、観られても、
当たり前なのだ。 :
宗祖の日蓮師以降、 本仏の位置付けや、
その依る所の妙法蓮華経に対し、
勝劣の別を設けるか、どうか、 などの点から、
思想面では、 大別して、
3つの分派らが成り立った。 :
@ 法華経は、 その主な内容としては、
大乗と小乗の対立を越えた所に、
統一的な真理がある事
( 一乗妙法、 いちじょうみょうほう ) 、
を述べ、
お釈迦様 ≒ ブッダ 、が、
永遠不滅の存在である事
( 久遠本仏、 くおんほんぶつ ) 、 に、
苦難を堪え忍び、 慈悲の心をもって、
利他の行に励む事
( 菩薩行道、 ぼさつぎょうどう ) 、
が、 説かれる。
:
「 一乗妙法 」 、 は、
『 法華経 』 、 の前半の主題であり、
その在りようが、 最も、鮮明に現れるのは、
方便である。
大乗仏教は、
旧来の仏教を、小乗仏教、
と呼んで、 さげすんだ。
小乗は、 声聞 ( しょうもん ) 、 と、
縁覚 ( えんがく ) 、 で、 声聞は、
自己の悟りを得る事に専心する。
縁覚、 あるいは、 独覚は、
十二縁起を観察して、
ひとりで、 理法を悟る。
彼らは、 大乗の菩薩の様には、
慈悲や利他の行を行わない。
しかし、 仏教を、 声聞と、縁覚に、
菩薩、 の、 3つの乗り物らに分解して、
説く事は、 煩悩にくらまされた、
衆生たちを救済する為の、
如来たちの巧みな方便である。
すなわち、 衆生の救済を誓願した、
如来たちは、 色々な方便らを説く。
たとえば、 戒・定・慧、塔の建立に、
仏像の作成や、 供養、礼拝、念仏、と、
この教えの名をきく事なども、すべて、
衆生が成仏できる様に、
如来の説いた方便であるが、
それらのどれによっても、
正しい悟りに到達できる、 とする。
悟りにいたる方法らが、 方便としては、
分けて、 説かれていても、
真実態においては、 ブッダの乗り物は、
ただ一つで、 第二や、
第三の乗り物らがある訳では、無い、 という。
:
この教えはまた、 『 開三 顕一 』 、
とも、いわれる。 :
:
『 久遠 本仏 』 、 とは、
如来の寿命が、 無限である事を説く物で、
如来寿量品を始めとする、
『 法華経 』 、 の後半の主題である。
釈尊はら 入滅した、と、いわれるが、
実は、そうではない。
( 初め、とか、終わり、というのは、
観念の設定上の区切りだが ) 、
無限の過去において、悟り、 それ以来、
無数の衆生を教え導き、
無限の未来においても、存在し続ける。
しかし、 入滅した、 と説かなければ、
衆生たちは、 如来が、 常にいる、と思い、
如来への思いが薄れる。
その様な事が、 無い様にする為に、
方便として、
『 如来の出現は、 極めて、まれだ 』 、
と説き、 釈尊は、 入滅したとされる、という。
『 菩薩行道 』 、 は、
『 法華経 』 、 の中間部、 法師品から、
如来神力品において、強調される。
そのうち、
常不軽菩薩品には、 理想の菩薩像が描かれる。
常不軽 ( じょうふきょう ) 菩薩は、
すべての人を、将来、如来になる者として、
決して、 軽蔑しなかった。
その為に、 逆に、 人々から、軽蔑され、
迫害されたが、 屈することなく、
菩薩行を全うする。
『 法華経 』 、に、 特徴的なことは、
『 法華経 』 、の、 そのものへの、
信仰を説く点にある。
たとえば、 常不軽菩薩品では、
この経典を奉ずる人には、 幸福がおとずれ、
非難する者には、災難がふりかかる、と説く。
法師品 ( 法師の章 ) 、 や、
如来神力品では、 法華経が受持され、
あるいは、 読誦や、 解説に、 書写や、
熟考をされた所には、塔を立てよ、 という。
その場所は、 全ての如来たちの悟りの座、
と、みられるべきで、 まさしく、 そこで、
如来たちは、最上の正しい悟りを開き、
教えの輪を転じ、完全な涅槃に入った、
と、知られるべきだからである、とする。
今、 各々の自らの立つ、 その箇所が、
聖なる菩提の座になる、 という、教えは、
古来、 多くの人の心を打った。
聖徳太子の頃の、 6百年代の頭の前後の辺りの、
随帝国の時代のシナにおいて、
智ぎ師 ≒ 智顗師
( 538年 ~ 597年 ) 、 は、
数多くある仏典ら中で、
『 法華経 』 、 を最上に位置づけ、
それによって、 教理体系を統一して、
『 天台宗 』 、 を開いた。
:
平安時代に、 最澄師
( 767年 ~ 822年 ) 、 は、
入唐して、天台宗を、日本へ伝え、
これを広めるべく、 比叡山延暦寺を建立した。
以来、この経典が、
日本に及ぼした影響は、量り知れない。
:
@ 鳩摩羅什師の訳した、『 法華経 』、は、
現存する、サンスクリット本とは、
かなり、 相違があり、 特に、
天台宗の重んじる、方便品の第二は、
羅什師自らの教義で、改変されている、
との説があり、 羅什師は、 法華経に、
摩訶般若波羅蜜経と、大智度論を重要視し、
天台教学の設立の契機は、 羅什師にある 、
とする。
天台山に、宗派の礎ができた後で、
涅槃宗を吸収し、 天台宗が確立したが、
智師の著作である、 天台小止観、に、
摩訶止観、や、 次第禅門、 などの著作は、
禅の解説書としても依用されるが、
元は、 法華経の教理にもとづく、
悟りへの法門であり、 特に、
摩訶止観の第七章は、 円頓止観といって、
究極の悟りを述べたもの、と、される。
『 止観 』 、 とは、 静と動の意味であり、
漸次、と、不定、に、円頓、 の、
『 三止観 』 、 を説き、 後に現れた、
頓悟
( ただ、 座る事により、 仏性を自覚する事 )
、 を重視し、
華厳宗の如来蔵の考えに基づく、
シナの、 五家七宗
≒ 臨済宗、黄龍派、楊岐派、?仰宗、
雲門宗、曹洞宗、法眼宗 、の、 禅宗とは、
別物である。
智師の著作の、座禅に関する解説が、
この中で、一番に古く
≒ 5百年代・6世紀の初頭 、
シナや日本の禅宗に、座禅の教科書として、
影響を与えた。
この為に、 禅宗では、 摩訶止観を重んじ、
歴史的には、架空の人である、達磨大師が、
実は、天台大師ではなかったか、 という、
天台大師
≒ 達磨大師 、 説も、唱えられている。
天台宗の中興の祖とされる、 第六祖の、
荊渓湛然師 ≒ 711年 ~ 782年 、
が現れ、 三大部を始めとした、
多数の天台典籍らに関する論書を著し、
その門下に、 道邃師と行満師が出て、
彼らが、最澄師へ、天台教学を伝えた。
日本の天台宗は、 正式名称は、
天台法華円宗。 法華円宗、天台法華宗、
あるいは、 単に、 法華宗、 などとも称する。
最後の呼び名は、
日蓮教学の法華宗と混乱を招く場合がある為に、
用いない事が、多い。
初め、 律宗と天台宗とを兼学した、
僧の、鑑真和上が来日して、
天台宗関連の典籍らが日本に入った。
次いで、 伝教大師の最澄師
≒ 767年 ~ 822年 、が、
805年である、 延暦24年に、 唐へ渡り、
天台山にのぼり、 天台教学を受けて、
翌年に、帰国して伝えたのが、
日本における、 天台宗の始まりで、
すでに、 日本には、
法相宗や、華厳宗、 などの、
南都六宗が伝えられていたが、 これらは、
シナでは、
天台宗より、新しく成立した宗派らで、
最澄師は、 日本へ帰ってからは、
比叡山延暦寺に戻り、 後年は、
円仁師 = 慈覚大師 、や、
円珍師 = 智証大師 、などの、
多くの僧侶らを輩出した。
最澄師は、 すべての衆生は、 成仏できる、
という、 法華一乗の立場を説き、
法相宗の徳一師との、
三一権実諍論 、 などを成して、
奈良仏教と、論争が起こる。
鑑真和上が招来した、 小乗戒を授ける、
戒壇院を独占する、 奈良仏教らに対して、
大乗戒壇を設立し、
大乗戒 = 円頓戒 、を受戒した者を、
天台宗の僧侶、と認め、 菩薩僧として、
12年間を、 比叡山に籠山して、
学問と修行を修める、 という、
革新的な最澄師の構想は、
受戒などの仕組みが、 既得権益となっていた、
奈良仏教と対立を深めた。
当時は、 大乗戒は、 俗人の戒とされ、
僧侶の戒律とは、 考えられておらず、
南都の学僧らが反論した、
が、 当時の朝廷は、 奈良仏教に飽きており、
法相などの、旧仏教の束縛を断ち切り、
新しい平安の仏教としての、
新興仏教を求めていた事が、 底流にあり、
論争の末に、 最澄師の没後に、
大乗戒壇への、 勅許が下り、 名実ともに、
天台宗が、独立した宗派として確立した。
866年である、 清和天皇の貞観8年の7月に、
円仁師へ、「 慈覚 」、
最澄師へ、「 伝教 」、の、 大師号が贈られた。
宗紋は、 三諦星。
:
真言宗の密教を、 東密 、と呼び、
天台宗の密教は、 台密 、と呼ばれる。
シナの天台宗の祖である、 智師
≒ 天台大師 、が、 法華経の教義により、
仏教全体を体系化した、五時八教の、
『 教相判釈 』 、 を唱えるも、
その時代は、まだ、 密教は、伝来しておらず、
その教判の中には、含まれていなかった。
シナの天台宗は、密教を、導入も、
包含もしていなかった。
日本天台宗の宗祖の、 最澄師
≒ 伝教大師 、が、 唐へ渡った時代になると、 当時の最新の仏教である、中期密教が、
シナへ伝えられていた。
最澄師は、まだ、雑密しかなかった、
当時の日本では、 密教が不備である事を憂い、
密教を含めた、
仏教思想らと仏教系の呪力の発働仕法ら、
等の全てを、体系化しよう、と考え、
順暁師から、密教の灌頂を受け、
日本へ持ち帰った。
最澄師が帰国して、 一年後に、
空海師 ≒ 弘法大師 、が、
唐から帰国すると、 自らが、唐で、
順暁師から学んだ密教は、傍系のものだ、
と、気づき、
空海師に、礼を尽くして、弟子となり、
密教を学ぼうとするも、 次第に、
両者の仏教観らの違いが顕れ、決別した。
これにより、 日本の天台教学における、
完全な密教の編入は、 一旦は、停止した。
とはいえ、 最澄師自らが、
法華経を基盤とした、 戒律や、禅に、
念仏、と、密教との融合による、
総合仏教としての教義の確立を目指していた事は、 紛れもない事実で、
円仁師 ≒ 慈覚大師 、や、
円珍師 ≒ 智証大師 、などの、 弟子らは、
最澄師の意志を引き継ぎ、 密教を学び直して、
最澄師の悲願である、天台教学を中心にした、
総合仏教の確立に貢献した。
したがって、 天台密教の系譜は、
円仁師と円珍師に始まるのではなく、
最澄師を源流としている。
円珍師は、 空海師の、
「 十住心論 」 、に、五つの欠点らがある、
と指摘し、
『 天台と真言には、 優劣は、ない 』 、
と、反論もしている。
:
真言密教 = 東密 、と、
天台密教 = 台密 、との違いは、
東密は、 大日如来を本尊とする、
教義を展開しており、
台密は、 あくまで、 法華一乗の立場を取り、
法華経の本尊である、
久遠実成の釈迦如来を本尊として、
護国鎮護の働きなどを成す、とする、
呪力の発働仕法ら、などを、
会得する事へ、 力を注ぐ。
:
上記の事項から、 同じ、天台宗といっても、
天台大師が確立した、法華経に依る、
シナの天台宗とは、 違い、
最澄師が開いた、日本の天台宗は、
智師の説を受け継ぎ、
法華経を中心としつつも、
禅や、戒に、念仏や、密教の要素も含み、
延暦寺は、 四宗兼学の道場、
とも、 呼ばれている。
不思議な仏教系の呪力らへの会得行為と、
その呪力らの発働により、
護国鎮護、など、 とを成す事を目指す、
空海師の、 金剛峰寺
( こんごうぶじ。 ダイヤモンドの峰の寺 ) 、
が、 密教の単科大学である、とすれば、
延暦寺は、
仏教思想ら、と、 仏教系の呪力らについての、
修得の為の、 総合大学である。
天台宗の修行は、 法華経の観心に重きをおいた、 『 止観 』 、を重んじる。
現在の日本の天台宗の修行は、
朝題目・夕念仏、 という、言葉に集約される。
午前中は、 題目、 つまり、
法華経の読誦を中心とした、
行法 ≒ 法華懺法 、を行い、
午後は、 阿弥陀仏を本尊とする、
行法 ≒ 例時作法 、を行う。
これは、 後に発展し、
『 念仏 』 、という、
新たな仏教の展開への萌芽となった。
遮那業として、
天台密教 ≒ 台密 、などの加持も行い、
総合仏教となる事により、基盤を固めた。
さらに、 後世には、 全ての存在に、
仏性が宿る、 という、
『 天台本覚思想 』 、 を確立する。
長く、 日本の仏教教育の中心であったために、
平安の末期から鎌倉時代にかけて、
融通念仏宗に、浄土宗と浄土真宗や、
臨済宗に、曹洞宗や、日蓮宗、 などの、
新しい宗旨を唱える学僧らを、多く輩出して来た。
:
『 無量寿経 』、 は、 法蔵菩薩が、
一切の衆生の救済を誓願 ≒ 本願 、し、
偉大な菩薩行を行って、如来となる、
経緯を明らかにする。
:
この如来は、 無量の威光があるから、
アミターバ ≒ 無量光 、 阿弥陀 、
と、呼ばれ、
無量の寿命を有するから、
アミターユス ≒ 無量寿 、と呼ばれる。
ついで、 阿弥陀仏 、の、西方の仏国土が、
七宝や黄金にかざられる、
荘厳な安楽に満ちた、在り様らが描かれる。
この極楽の仏国土に、 一切の衆生が、
阿弥陀仏の本願に基づいて、行き得る。
その為には、
仏の広大な慈悲の力の働きようの存在を信じ、
念ずれば、 臨終の時に、
多くの比丘の集団に取り囲まれた、 阿弥陀仏が、
その前に立つ、 と、説く。
阿弥陀仏の仏国土は、 シナにおいて、
『 浄土 』 、と呼ばれ、 ここから、
浄土教が生まれ、
東アジアの人々に、大きな影響を与えた :
☆ 中観派 空観 :
信仰を主とする、大乗仏教においても、
その教理についての、知的な考究が行われ、
まず、登場するのが、中観派だ。