☆ ブログ 東亜備忘録 ;
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=1128&f=politics_1128_003.shtml :
@ 戦勝国なら、国際法を無視してよい、と?、 何なの、これ。 なんで、こんな国が、
国連の常任理事国に席を置く事が、
許されている訳?
:
@ 「 戦勝国らが、 国際的なルールを、
決めていい 」って、考えてんなら、
尚更、国際法に準拠しないと、いかんわな。
戦勝国が、勝手に決めて、 しかも、
それを無視していいって考え方は、
いかんだろw。 それに、 日本と同等に、
キレてんのが、 同じ、戦勝国の、
アメリカ ( ってか、実質、
この国だけだろ、勝ってたの ) 。
批判しているのも、 同じ戦勝国の、
イギリス。 戦勝国云々の論理自体が、
おかしい。
:
【 シナと朝鮮らの儒奴らからすれば、
戦勝国は、 敗戦国側の部族らを、
格下の儒奴らとして、当然に従わせ、
格上な、自ら、への、 供物 クモツ 、
として、 その利益性のある物らを、
絞り取る宛 ア てにして、 当然、 なのに、
何で、 他の儒奴長らである、戦勝国らは、
儒奴長の中国に、 同調しないのか? 、
同じ儒奴長として、 アメリカも、今までは、
ソ連、 という、別陣営の儒奴らを従えて、
儒奴らの最高位を、アメリカと争う、
ライバルがあった、からこそ、締め上げて、
食い潰すべき、格下の儒奴
≒ 決して、福利の供与、などの、
義務の目的対象とは、 成り得ない、
格上の儒奴長ら、への、為の、供物であり、
食い物であり、
道具的存在の格しか持ち合わせてはいない、
者である、
日本 、という、 部族らの連合体を、
儒奴長である、 アメリカの利権、 などの、
拡充の為だけに役立てるべく、
仲間の振りをして、だまして来ただけである、筈なのに、
何で、同じ儒奴長の立場に成っている、
中国に同調しないのだ、 という、
儒奴として、当たり前の,
価値序列の観念体系に基づいて、
自然に思う所の事柄を、
シナの代表員らは、
吐露しているだけであって、 彼らは、
本当に、心の底から、
当たり前に思い得てある、
事らを述べている、 と、観た方が、
彼らの、 歴史的な行状らと、
現代の日本、 等を相手に露わにして来ている、
言動らを、 その価値観を反映する、
もの、 として、より、 辻褄が合う様に、
考え合わせて観る上では、
そう観る事をしない場合に比べて、
より、 整合性が高い 】。
@ 日本から、 石油系の製品を、
輸入しているのは、 韓国、
アメリカ 、 だけじゃない。
ロシアのシベリア地方、 北朝鮮、 台湾、
フィリピン、中国も、だ。
:
日本の不凍液ガソリンは、品質がいいのだ。 特に、冬の寒さが厳しい、中国の東北部、
ロシアのシベリア地方、 アラスカ、
カナダの北極圏では、 日本製、の
ガソリン、に、 オイル、が、 大人気だ。
日本が、 全ての蛇口らを閉じれば、
中国、 アメリカ、 ロシア、 カナダは、
あっという間に、燃料不足に陥る。
:
一番に、 ヤバイのは、 上記の国の軍隊らで、
日本製の石油系の製品を取り上げられたら、
マジで、戦争が出来なくなる。
これからの戦争は、 銃を持って、
戦うのではない。 中国は、
アメリカの国債らの所有率が、NO・1 、
だが、 これを使えなくすれば、いい。
日本は、 韓国への燃料を止めれば、いい、
という事だ。
http://translate.google.com/translate?langpair=auto|ja&u=http%3A%2F%2Fwww.state.gov%2Fr%2Fpa%2Fprs%2Fps%2F2013%2F11%2F218139.htm ・・中国の要求な事らを、
アメリカ政府が受諾した事を示す、
もの、では、ない。
:
@ 空自や米軍に対しては、大人しいけど、 非武装の民間の人々には、
何をしてくるか分からない、
卑怯者としての扱いをされてるのに、
【 中共側は 】 、 大喜びで、
発表しちゃいましたか :
@ 何をするか、判らない、 野蛮人、
って言われて、喜ぶなんて・・ 、
酋長棒でも、くれてやったら、どうだ :
【 儒奴らに対して、 実際には、
意図的な、 デマ報道ではあるが、
こうした、相手方の無理筋な意向を、
奉って観せてやるが如き、
格下の者としての振る舞いを示してやる、
事は、 自らの力に信を置かない者としての、
自我像を、相手方に、
画いて観せてやる事であり、
彼らからの、 自らの側への攻撃性を、
自ら、 高めてしまう行為でしかない。
儒奴の価値序列の観念体系においては、
天下 ≒ 国家 、 であり、
より、 力強い部族の側が、 世界中の、
より、力弱い部族らを従える事は、
全く、 当たり前な事であり、
国や宗教文化圏、 などの枠組みには、
その当たり前な事を否定し得る程の、
価値性も、意味も、 無い。
儒奴らにとっては、 国際法は、 一時的に、
勢力の均衡した、最も、力強い部族らが、
勝手に、 取り決めて、 より、
力弱い部族らへ、 押し付け得た、
決まり事に過ぎず、
儒奴らの自らが、力を付け、
勘違いではあるにしても、 その、
最も、力強い部族らに、
肩を並べる程に成ったからには、
自らの獲得し得る利益の拡充の為に、
力ずくで、 最強の部族同士での、
取り決め事らを変える、方向へ、
圧力をかける事は、
全く、 当たり前な事であり、 あえて、
力ずくででも、その様にする、
という、 姿勢を打ち出して観せる事は、
自らが、自らの力に、
一定以上の信を置いており、
最強の部族らの一員である資格がある、
という事を、 より、
鮮明にして観せる行為としての意味がある。
中共ナチス側の者が、
アメリカの要人との会談で、
『 太平洋 』、 を、
中国、と、アメリカ、 で、 二分しよう、
などと言い出すのも、 丸々、
冗談なのではなくて、
儒奴の世界秩序観からすれば、
世界で最強の二大部族らが、
世界秩序を勝手に立て直す事は、
至極、当たり前のこと、だからであり、
儒奴としての観念体系を、
行動原理の体系として、
一定度合い以上に、 構築し得てある者らは、
その事に対して、 そうした発言、
などを、差し控えるに足りる程以上の、
違和感、 などを、 自らに、 覚える、
という事は、 無いのだ。
儒奴らが、 他者を観定める、やり方は、
儒奴の価値序列の観念体系を体現する、
自我像の影らを、 他者に貼り付けて観る、
やり方であり、
自己投影式のものであり、
彼らの、 他者への反応らは、 彼らが、
自己投影によって、
他者に貼り付けて観ている、
自我像の影ら、の、
自らへの、 反射・反転像の、
可能態のものら、と、
現実態のものら、の、いずれか、
ないしは、 それらな、 両方の、
組み合わせられたものでしかない。
自らの部族の者らに、
福利の供与の義務のあるものとしての、
目的対象を限定し、 自らの部族の者ら、
特に、その序列の上位者らへ、
福利を供与し、それを実現する為の、
利益性のある物や、利権性のある物ら、
等を、 なるべく早く
≒ 可能な限りの最短期間に 、
最大にする事を 、 唯一にして、
最高の義務事項とする、
自らの部族に、 義務の目的対象を閉じた、
部族道徳律の価値序列の体系においては、
自らの部族の者ではない者らは、
自らの部族の為に、 当たり前に、
食い物にし、供物として扱い、
道具として、役立てるべき、
ただの、手段対象であり、
ただの道具らから成る、
社会の一般の人々、への、
福利の供与に、 義務性を見出す類の、
社会倫理性はは、
その存在性を、真っ向から、
否定されるべき、 筋合いにある、
が、
日本や、欧米、 などの所々の、
社会の人達の一定数・多数派・主流派、
の人々は、
社会一般の人たちの福利を維持し、
拡充する事を、善し、とし、
それを阻害して、
個別な部族への利益を優先する行為ら、
などを、悪し、とする、
社会倫理観の方が、
そうした志向性などを持ち合わせ得ない、
類の、道徳律らの価値序列観に比べて、
より、優先されるべき格のものとしての、
力強い存在感を持っているために、
儒奴らが、本気で、当たり前に、言い現し、
行って観せて来る事らや、
在るべき言動らを、
それらの在るのに相応しい時々に、
欠いて来てしまっている事ら、
などに対して、 それだけ、強く、
違和感を覚え宛て得たり、
自らの側の社会倫理的な精神性、との、
異質性を感じ宛て得たりする事にもなる。
一方は、 社会一般の人々を、
単なる手段対象として格付ける、
部族道徳律の価値序列の観念体系に、
自ら、閉じこもった体の者らであり、
部族内の序列や、それに準えて観られる、
社会内の序列の上位者である、
親分格の者らが、
何かを、白い、と、決めてしまえば、
その下位者である、子分格の者らは、
例え、黒い物であっても、
白い物として承り、
親分格の者らの判断や意向に、
逆らう事を、 より、無しに、従い、
親分格の者らを庇い、 その為には、
ウソをつき通し、 身代わりにもなる、
といった、
儒奴長の恣意性に、
自らの言動規準を置く所はあるにしても、
超部族型の社会倫理観の価値序列の体系に、
自らの行動規準を置く所が、 より、 無い、
他律性の深刻な者らであり、
もう一方は、 部族などの枠を、より、
超えた、
社会の一般の人々を、
何らかの義務の目的対象とする所が、
一定度合い以上にある類の、
社会倫理感を心構え得て、
その、超部族型の社会倫理観を、
自らの行動規準とし得ている所が、
一定度合い以上にある、
超部族型の道徳律に基づく、
自律性のある人たちであって、
自らの部族に、
義務の目的対象を閉じて居らず、
自らの部族の利益の為だけに、
自らの部族外の世界中の人々に対して、
真相の分かり切った、ウソをつき通し、
自らの部族の利益が明らかに損なわれる、
事になった場合、などにだけ、
ウソをつく事を控える、といった、
事、 などに対しては、
自らの倫理感とは、相容れない、と、
観る所が、
一定度合い以上にある人々でもある。
従って、 より、 超部族社会型の、
社会倫理性を成してある社会らの人々が、
儒奴らを、 自らに、 より、 無害なものへ、
秩序立てるには、
儒奴らに相対するに当たって、 自らの側が、
儒奴長以上の者として、振る舞い、
儒奴らへ、自らの側の社会倫理観、
などを 押し付けて、
相応の事らを強いて行わせたり、
控えさせたりする事が、 必要であり、
自らの実力を基にした、
威信性を前面に押し出してゆく、
事を欠いた、 まねを、
彼らの前でして観せる事は、
自らの側への、 彼らの攻撃性を、
自ら、 高めてしまう事につながる、
危険な行為としての意味を持つ 】。