☆   blog  東亜備忘録 ;

CIA秘録 上巻 : ティム・ワイナー氏著 218頁 以降 抜粋 02

  2012/  9/4   20:16:8 ;

     ・・その任務は、 
   アメリカの国益の拡充に役立つ、
 日本の指導者たちを選ぶ事に尽きていた。 : 

   世界の有力な国々の中でも、
   CIAが、その将来の指導者を選んだ、
  初めての国は、日本だった。 : 

     岸信介氏は、 児玉氏と同じ様に、
   A級戦犯として、巣鴨拘置所に、
  三年間を収監されてから、
    東条英機氏らの7名が死刑を執行された、
   その翌日に、  児玉氏らと共に釈放され、 
   国会議員に選出されて、
   四年も経たないうちに、 
   国会内での最大勢力を牛耳る様になったが、        
      岸氏は、 
   1941年の、 アメリカへの、
   日本の宣戦布告の時の閣僚で、 
  商工大臣を務め、    敗戦後に、
   A級戦犯として、   収監されるに至るまでの間に、   アメリカの上層部に、 味方を作る、
  事に成功していた。 
: 
    その中の一人は、    日本による真珠湾攻撃があった時に、   駐日大使だった、 
  ジョゼフ・グルー氏で、 
    日米開戦後の、 
   1942年には、
  彼は、 東京の収容所へ入れられていたが、 
  戦時内閣の閣僚だった岸氏が、
  彼を、 収容所から、 出してやり、 
  ゴルフを共にしたりして、 
  友人関係を構築していた。 
: 
     岸氏が、  巣鴨拘置所を出た数日後に、 
    グルー氏は、 
  【   自由ヨーロッパ全国委員会   】  、 の、
   初代委員長になったが、
     その委員会は、 
   米国の政治・戦争計画を支援すべく、
   CIAが設けた偽装組織だった。 
: 
    岸氏は、    ニューズウィーク誌の、
   東京支局長から、  英語のレッスンを受け、 
 同誌の外信部長のハリス・カーン氏を通しも、    アメリカの政治家らに知己を得たが、 
   カーン氏は、 
   CIAの、 アレン・ダレス氏の親友で、 
     東京における、各種人物らと、
   CIA 、  との仲介役を務めていた。 : 

      岸氏は、 
  アメリカ大使館当局者らとの関係を、 
   大事に構築しつつ、
   用心深く行動していたが、 
   悪評が高いままであったので、 
  日本の警察は、尾行をつけるのが常だった。 
: 
    岸氏は、 一年程の間を、 密かに、
   東京のアメリカ大使館の情報宣伝担当官の、
   ビル・ハッチスン氏の家の居間で、 
  CIA 、や、 アメリカ国務省の当局者ら、
  との、 会合を持ち、