☆ あの小さな日本海は、 世界でも珍しい、
「 孤高の海 」 、 だ。
対馬海峡、 津軽海峡、宗谷海峡、 間宮海峡 、 という、
狭いすき間で、 大きな太平洋、や、 東シナ海、と、
オホーツク海とに、つながっているが、
海峡の水深は、 せいぜいが、 百数十メートルほど。
最深部 サミブ 、 の水深は、
富士山の高さと、 ほぼ同じ、 約 3800メートルなので、 つまり、 ほとんどが、 出入り口のない器に、
塩水がたまったような海なのだ。
それなら、 湖のようなものかといえば、
そうではない。
まず、海流がある。
黒潮から分かれた、 南からの海流が、
対馬海流となって対馬海峡から流れ込んできている。
大陸沿いに、北から南に流れる、リマン海流もある。
外洋との海水の行き来が、ほとんどないので、
水深が、 300メートルより深いところらには、
「 日本海固有水 」 、 と名付けられた、
海水がたまっている。
こういう、 たまり水は、生物の死がいなどが分解されるときに、 酸素を消費して、 酸欠状態になり、
死の海になるところだが、
日本海は、 そうはならず、に、
豊かな海の恵みをもたらしてくれている。
冬の季節風で、 海面が冷やされ、
酸素をいっぱい含んだ海面の近くの水が、
深く沈んで、 酸欠を防ぐからだ。
絶妙のしくみだ。
日本海は、他の海から隔絶され、ほぼ独立した、
ひとつの海だ。
ジブラルタル海峡を通して、 かなり深い海水まで、
大西洋と行き来している地中海とは、その点で違う。
そして、大きな海のように、海流もある。
外洋の力を借りずとも、自分で、
「海」の姿を保っている。
小さくても、太平洋などとよく似た、
一人前の海なのだ。
だから、 「 小さな大海 」 、「 ミニ大洋 」 、
「 ミニオーシャン 」 、 などともよばれている。
では、日本海が、このような、孤高の海へと歩み始めたのは、いつごろなのか。
この一帯の火山活動をもとに、
500万~400万年前 、といわれたり、
放散虫、 という、 生き物の化石らから、
350万~250万年前 、 といわれたり、 諸説があった。
海底に埋もれた、 魚の骨や歯を使って、
この問いに答えを出したのが、
富山大学の博士課程の3年の、小坂由紀子
( こざか ゆきこ ) 、 さん、 堀川恵司
( ほりかわ けいじ ) 、 准教授らのグループだ。
今から、 450万年前に、 わずか14万年の短期間のうちに、 太平洋との海水の出入りが、 一気に減って、
孤立の度を深め、 いかにも、日本海らしい、
海の原型ができたのだ、 という。
小坂さんらは、 日本海のほぼ中央部の、
海底に埋まった、魚の骨や歯たちを分析した。
動物の骨や歯たちには、 海水に含まれる、
ネオジム 、 という、 金属を取り込みながら、
海底に埋もれていく性質がある。
深く埋まった骨らを分析すれば、
当時の海水に溶けていた、 ネオジム 、が、わかる。
ネオジムらには、 いくつかの種類があり、
種類ごとの割合は、
「 北太平洋の深層の海水 」 、
「 南極の周囲から北上してきた海水 」 、 のように、
海水ごとに、決まっている。
したがって、 海底に埋もれた骨らを調べれば、
その当時の日本海の海水が、
どこからやってきていたか、が、 わかる。
海底から下に、 400メートル、の、
過去の、1千万年分の試料らを小坂さんらが分析したら、 今から、450万年前に、 14万年のあいだに、
ネオジムらの種類が、大きく変化していた。
太平洋からの海水の流入が、きわめて少なくなり、
大陸から、アムール川が注いでいる、 北方の海水が、
試料らを採取した、 日本海の中央部まで流れてきた、
と、 考えられる。
この時点で、 太平洋とのつながりが大幅に減って、
日本海の中だけで、海水が循環する、
現在の姿の原型ができたらしい。
堀川さんによると、
この当時は、太平洋の海底である、
「 太平洋プレート 」 、 が、 東から西に動く、
活動が活発で、 現在の東北地方にあたる場所でも、
海底が隆起して、 さかんに、陸地が作られていた。
太平洋と一体だった、日本海の海水は、 このときに、
太平洋との行き来を断たれ、
まだ、 出入り口が開いている、 オホーツク海から、
海水を受け入れることになった。
最近は、日本海の深層で、 酸素が減ってきている。
地球温暖化の影響で、 冬季に海面が冷えにくくなり、 酸素を多く含む海水が、 じゅうぶんに、
深くに、 下りてこなくなった、
ことが、 原因 、 と、いわれている。
日本海は、 「 小大海 」 、 だから、
環境の変化に敏感だ。
日本海で起きたことは、やがて、太平洋でも起きる、
可能性がある。
