防災無線の「避難指示」は聞こえていた
2百人以上が死んだ、 西日本豪雨から、 2カ月近くが過ぎた、 8月の下旬に、 岡山県は、 倉敷市の真備町に足を運んだ。
瓦礫などは、もう片付いていた。
それでも、住宅の壁や道路に、泥がこびりつき、町全体が茶色っぽい。
どの建物も、1階の内壁は落ち、柱や梁が剥き出しになっている。
真備町の浸水は、 5千棟以上。
災害の痕は、 そう簡単に消えるものではない。
この町に住む、 丸畑孝治さん ( 59 )、は、 「 もう、 本当に、 ダメかも、
と思いました 」 、 と振り返る。

丸畑孝治さん(右)と息子の裕介さん(左)。浸水した自宅前で(撮影:廣瀬正樹)
記録的な大雨が降り続いていた、 7月6日、 丸畑さんは、 宿直の仕事を終え、 昼ごろに、 自宅に戻った。
テレビのニュースは、
豪雨への警戒を促していたが、
特に、危機感を覚えることもなく、
対策らしきことは、
「 何一つしていなかった 」 、 と言う。
夕方に、 同居する息子の裕介さん
( 36 )、が、
「 せめて、 家財道具を、 2階に上げておこう 」 、 と言った。
これを丸畑さんは、「 考え過ぎだ 」 、 と一蹴する。
夜10時、町に避難勧告が出た。
防災無線のスピーカーは、 自宅のすぐ裏手。 避難を呼び掛けるアナウンスは、 丸畑さんの耳にも届いていた。

丸畑さんの自宅裏には防災無線のスピーカーがある(撮影:廣瀬正樹)
「 でも、そこまでする必要はないだろうと思って、自宅に残りました。
夜中の1時半になって、 避難勧告が、
避難指示に変わって、 さすがに、少し、
ドキッとしましたけど……。それでも、
『 ここは大丈夫だろう 』 、 と思い込んで、そのまま寝ました 」。
翌朝に、丸畑さんが起きると、雨は上がっていた。 が、 すぐに、 自宅裏の公園が浸水し始めた。
自宅から、 1.6キロほどを離れた、末政川の堤防が決壊し、水が押し寄せていた。
「 嫁は、 『 怖い、怖い 』 、 と言って避難しましたけど、 私は、 『 ばかたれー、そんな必要ない 』、 と。 念のためと思って、車を近くの堤防に上げたりはしていましたが 」。
午前10時ごろ、自宅の床下が浸水した。

民家の軒先のブドウには浸水による泥がこびりついていた=7月、真備町(撮影:廣瀬正樹)
「 死ぬわけねぇが。 おまえ、基本が分かってない 」
丸畑さんの息子・裕介さんは、
町の様子を見るべく、 一晩中を、
車で動いていた。
母から携帯に電話があったのは、
翌日の午前だ。
ひと足先に、自宅を出て避難していた母は、 「 お父さんが避難してくれない。 連れ出して 」 、 という。
裕介さんが、 膝まで、水に浸かりながら、 自宅に戻ると、父の丸畑さんは、
家電製品を、2階に上げようとしていた。
裕介さんは、 この時の様子を映像で撮影しており、 頑 カタク なに避難を拒む、父の様子が記録されている。

避難を拒む丸畑さんの様子。息子・裕介さんが撮影した映像から(提供:丸畑裕介さん)
息子 「 もう逃げんといけんて 」
父 「( ずぶ濡れの息子に ) 靴下、 着替え 」
息子 「 着替える余裕もねぇよ、外は。 はよ、逃げよう。死んだら終わるで 」
父 「 死ぬわけねぇが 」
息子 「 そう言って何人死んどるん? 」
父 「 死にやせん 」
息子 「 だって、まだ水来るんで 」
父 「 来る言うて、 土手を越えるわけなかろうが 」
息子 「 じゃけど、 潮が上がってきたら、川が…… 」
父 「 おまえ、アホじゃないか。
潮が上がっても、1メートルじゃ。
ここは、関係ない。
おまえは、基本が分かってない 」
息子 「 基本は、 逃げることや。
こういう時は 」
結局、「 テレビだけでも、 2階へ 」 、 となり、 親子2人で、 いくつかの家電製品を担ぎ上げた。その最中、水は、ついに、床上まで上がってきた。
丸畑さんは言う。
「 絶対に起きないと思っていた床上浸水が起きて、ようやく、『あ、これは』と。そこからは、裕介に対しても、強い口調で、モノを言えなくなって 」

胸まで水に浸かり避難する父を息子が撮影した(提供:丸畑裕介さん)

1階部分が浸水した丸畑さんの自宅(提供:丸畑裕介さん)
それでも、丸畑さん親子は、 すぐに、
その場を離れない。
今度は、 近所の家で家財道具の担ぎ上げを手伝い、避難を後回しにした。
15分ほどの手伝いを終えて、
その家を出ると、 腰の高さだった水位は、
胸の辺りまで上がっていた。
親子は、一緒に、胸まで水に浸かりながら、泳ぐようにして近くの堤防へ逃れた。
丸畑さんは、振り返る。
「 そのとき初めて、死ぬかも、と。 服も着ているし、何かにつまずいて転んだら、溺れるかもしれない、と 」

川の決壊現場の近く。災害から2カ月余りが過ぎても、損壊した住宅があちこちに残る=9月、真備町(撮影:廣瀬正樹)
実は、西日本豪雨では、丸畑さんのような事例は珍しくなかった。
丸畑さんと同じ地区に住む、70代の夫婦も、避難指示を知りながら、避難しなかった。 翌日の朝から、浸水が始まり、
午後には、 2階に取り残された。
結局、2階の窓からボートで助け出されたという。
真備町では、 亡くなった、 51人の内の、 8割以上が、 屋内で、 見つかっており、
「 逃げ遅れ 」 、 が、その原因とみられている。
「正常性バイアス」と「経験の逆機能」
人は、 なぜ、 逃げ遅れるのか。
そこには、 「 正常性 バイアス 」 、 が影響していると指摘するのは、 防災システム研究所の、 山村武彦所長(75)だ。

防災と人の心理に詳しい山村武彦所長(撮影:穐吉洋子)
「 『 正常性 バイアス 』 、 とは、 何らかの異常事態が起きた時、『 これは、 正常の範囲内だ 』 、 と思い込んで、 平静を保とうとする心の働きのことです。 誰でも持っています 」 。
日々に直面する、 さまざまな出来事ら。 その全てに、心を反応させていると、
不安や、恐怖を感じ過ぎ、
神経が持たなくなる。
そのために、 ある程度の事象に対しては、
自らの経験などをもとに、
「 これは、 正常の範囲内であり、
特に反応する必要はない 」 、 との判断を下し、平静を保つ。 このメカニズムが、
「 正常性 バイアス 」 、だ。
「 正常性バイアスは、 人間にとって必要なものですが、 問題は、 これが、 通常の範囲を逸脱して働いてしまうケースです。 災害などの非常時にも現れます。
本当に危機が迫っているにもかかわらず、『正常の範囲』と判断してしまう。結果、避難が遅れます 」。

「人の行動判断には知識や経験、性格などが影響する。正常性バイアスもその一つ」と山村所長(撮影:穐吉洋子)
山村所長は、こう続ける。
「 人は、都合のいい生き物です。
物事を都合のいい方へ、楽な方へ考える。 何か行動を起こすには、労力が必要だし、面倒い。
頭では、 『 避難したほうが、いい 』 、 と思っていても、 避難しない方が楽です。 つまり、 安全だと思っているから逃げないのではなく、 逃げるのが、 面倒だから、逃げない。 だから、逃げなくても済むように、 『 自分だけは、大丈夫だろう 』 、 といった、思い込みを勝手に積み上げて、 自分で、 『 安全だ 』 、 という事にしているんです 」。
避難行動を妨げる要因は、正常性バイアスだけではない。 「 経験の逆機能 」、も、その一つだ。
「 過去に遭った災害を過大評価するのが、 『経験の逆機能』です。 過去の経験に固執して、それ以上の災害が起きる、可能性を考え得ないのです 」。
☆ 自らの地下に、
避難網らを成そうとせずに、
壊滅する地上を、 避難したり、
避難させようとしたりする事の、そのものにも、 無理があり過ぎる。