◇青く輝くチムニー
「目の前に、美しい光景が広がっている」
航海の2日目、潜航した、
しんかい6500の副操縦士を務めていた、 飯島さつき潜航士(28)から、
よこすかの総合司令室に、 無線連絡が上がって来た。 普段は、 物静かな、
飯島さんらしくない言葉遣いに、
船上の桜井利明司令(58)らは、
「何を見て言ってるんだ」、と、ざわついた。
よこすかに送られてきた映像は、 少し、
ぼやけていて、全体像がよく分からなかった。
飯島さんらな、 乗組員の、 3人が、
深さが、 約800メートルの海底で見ていたのは、 高さが、 35メートルにも及ぶ、
巨大な熱水噴出孔 ( チムニー ) だった。
「 普段は、 あんなこと言わないですけど、 神秘的で思わず口に出ちゃいました 」 、と、 飯島さん。
投光器に照らし出されたチムニーは、
鮮やかに青く輝き、まるで、
近代建築のように見えたという。
チムニーは、 マグマの働きで、
海底から, 熱水と一緒に噴き出す、
金属などが積み重なってできる。
チムニーが存在するような、
熱水噴出域は、 鉱物資源の宝庫とされ、
海洋機構と東京大などは、 2013年以降は、 無人潜水機などで、 この海域の調査を繰り返してきた。
15年に、 巨大チムニーを発見し、 今回は、 より詳しく観察しようと、
しんかい6500で潜航に挑んだ。
潜航地点は、 東京から、 南に、
約360キロ 、を下った青ケ島の、
東の、 約12キロにある、
「東青ケ島カルデラ」内の海域。
伊豆・小笠原海溝に沿う、 火山フロントに位置し、 カルデラの大きさは、
東西が、 約12キロ、
南北が、 約18キロ。
しんかい6500は、 その名の通り、
水深が、 6500メートルまで潜れるが、 カルデラは、 最深部でも、 水深が、 830メートル程度だ。
しんかい6500は、 自力で、 潜航海域まで移動できない。 目的地の海域まで連れて行ってくれるのが、支援母船「よこすか」だ。
◇酔い止め薬を手放せず
7月20日の午後に、 海洋機構の本部がある横須賀港から、 全長が、105メートル、 総トン数が、 4439トンの「よこすか」は出港した。
船内を案内してくれたのは、 海洋機構広報担当役の田代省三さん(61)。
しんかい6500と、 その先代の、 「しんかい2000」のいずれでも、 初代のパイロットを務めたパイオニアだ。
田代さんから、 「 船の『総トン数』は、 重さではなく、 容積を表している 」 、 「 司厨 ( しちゅう ) 長( コック長 )、 と仲良くしておくと、 好きな料理が食べられる 」 、 などと、 船乗りの豆知識を教えてもらっているうちに、 「よこすか」は、 浦賀水道を抜けて、 外洋に出た。
船は、 12・5ノット ( 時速が 、 約 23キロ ) 、 で南へ進んだが、 南西諸島の沖にある、 台風10号の影響もあり、 うねりがあった。
船体は、 ゆっくりと大きく左右に揺れ続け、 両足で、 踏ん張らないと、 よろけてしまうほど。 私は3日間、 酔い止め薬を飲み続けることになった。
よこすかの乗組員は、 船長を筆頭に、 27人。 操船に関わる航海士と、 甲板部、に、 エンジンなどの機械や装置を動かす、 機関士と、 機関部に、 日々の料理を作る、 司厨部などで構成される。
加えて、 よこすかには、 しんかい6500のチームの、 11人も乗っていた。
皆、 海洋機構から船の運航を委託された民間会社の、 「日本海洋事業」の所属だ。
夜は、 研究者用の個室で休ませてもらった。 机の上のペンが転がり落ちるほどの揺れがあり、 部屋は、 一晩中を、 ギシギシと音を立て続けた。
2日目の早朝に、 青ケ島の東海上で、 よこすかは停止した。 島は、 黒い岩肌をさらす、 切り立った崖に囲まれている。 この絶海の孤島に、 約160人が住んでいると想像するだけで、不思議な感じがした。
いよいよ、しんかい6500の潜航だ。
だが一時は、中止も検討された。 台風による、 うねりに加え、 今年は、 黒潮が、 「大蛇行」して、 ちょうど、 青ケ島の近海を通り、 潮流が速かったからだ。
流速が4ノットに達すれば、潜航できない。 青木高文船長(54)と桜井さんは、直前まで迷っていたが、 黒潮の流れは3ノット足らず。 風も落ち着いていて、最終的に、ゴーサインが出た。
今回の潜航は、 チムニーに加え、深海生物の観察にも挑戦することになっていた。
おびき寄せるための餌になったのは、 海洋機構広報部の上田健さん(36)らが、 市場で買った、 サバ。 包丁で、 切れ目を入れて、 しんかい6500にセットされた。 上田さんらが、 出航前に、 横須賀港で釣り上げた、 クロダイ、と、 カサゴは、 残念ながら、 「 サバほど、 においが出ないから 」 、 と、 深海生物の餌に選ばれず、 司厨部のメンバーが煮付けてくれて、 私たちの夕食になった。
しんかい6500のパイロットは、 潜航回数を、 82回を誇る、大西琢磨潜航長(35)が務めた。 「 コパイロット 」、と呼ばれる、 副操縦士を務めた飯島さんは 、 実は、 女性で、 2人目の潜航士だ。
あと一人は、報道関係者同士の抽選に勝ったフジテレビの男性記者。 3人は、 不燃性が高く、深海の寒さから身を守るための、 青い潜航服に身を包んでから乗り込んだ。
◇基本は「浮く」設計
しんかい6500 、 は、 全長が、 9・7メートル、 26トンで、 定員は、3人。
1989年の就航以来30年近く、 日本で、 最も深く潜水できる、 有人調査船の座を保ってきた。 パイロットらが身を置くのは、 「 耐圧殻 ( たいあつこく ) 」 と呼ばれる、 直径が、 2メートルの、 チタン合金製の球体だ。
水深が、 6500メートルでは、
1平方センチ当たりに、 約680キログラムもの、途方もない水圧がかかる。
その水圧から乗組員を守る耐圧殻は、 頑丈に作られているが、 それでも、 深海では、 5ミリほどは、縮むらしい。
一方で、 耐圧殻以外の部分は、 改良が重ねられてきた。試料採取時に使うマジックハンド( マニピュレーター ) の操作性は向上し、 移動用のプロペラも増設。
正面には、 ハイビジョンカメラとデジタルカメラも設置された。
これまでは、 パイロットが、 2人、 研究者が、 1人の運用だったが、 昨年には、 耐圧殻の内部も大幅に改修。
パイロットが、 1人、 研究者が、2人でも潜、 航できるようになった。 海洋機構は、 今年度中に、 新たな態勢で運用を始めたい、 という。
機体には、 浮力材が詰まっており、
「 バラスト 」 、と呼ばれる、 鉄製のおもりを積み込むことで、 深海へと沈む。
浮上の際は、 バラストを切り離すだけ。
田代さんは、 「 基本は、 『浮く』設計になっていて、 非常に、 安全性の高い乗り物です 」、 と説明してくれた。
通常の潜航時間は、 8時間だが、 酸素ボンベや、 非常食が、 積んであり、 最悪の場合は、 5日間、を、 海中で滞在できるようになっている。
バラストを離脱できないトラブルが発生した時には、 船体の部品を切り離すスイッチを次々に押して、浮上を試みる。 ただ、これまでに、 そうした大きなトラブルが発生したことは、ない。
◇次々に現れる深海生物
3人が乗り込んだ、 しんかい6500は、 よこすかの後部にある「格納庫」を出て、 クレーンでつり上げられた。
空中で、 大きく揺れ、 のぞき窓から、大西さんが、不安げに外をうかがう様子が見えた。 着水すると、 海面で待っていた、 3等機関士の貝野潤華(ゆな)さん (25)らな、 2人のスイマーが、 しんかい6500の上に乗り、 クレーンとつながる、 つり上げ索を切り離して、 潜航が始まった。
よこすか船上に残された私たちは、 総合司令室で、 2秒ごとに海中から送られてくる、 静止画や、潜航位置を表示するモニターを見ていた。 黒潮の影響で、 最初は、 どんどん、 北東に流されたが、 水深が、 500メートルほどで、 潮の影響を受けなくなった。
約30分で、 水深が、793メートルの海底に到着。 視程は、 10メートルと良好だ。
水の中は、 電波が届きにくいため、
母船との音声交信には、音波が使われる。
「この辺りは、アナゴ目や海綿が見られる」、 「 デッドチムニー ( 活動を終えたチムニー ) をいくつか視認した 」 、 など、 海底の大西さん、飯島さんから、 続々と、 報告が届いた。
画像は不鮮明なものが多かったが、 時折に、 ソコダラの一種や、キンメダイに似た、 チカメキントキなどの魚が姿を現した。
大きな、 イソギンチャク、や、 ヒトデ、に、 円筒状の海綿の一種な、 カイロウドウケツも見られた。
巨大チムニーには、 着底から約3時間半後に到着した。 ところどころで、 ゆらゆらと、 熱水を噴き出していて、 活発に活動しているようだ。 表面には、 白いユノハナガニが群がっている。 潜航チームは、 ゆっくりと、 チムニーの上から下へ、下から上へ移動しながら調査を続けた。
餌として用意した、 サバは、 目立った「釣果」を上げられなかったが、マニピュレーターで、 サバを握りつぶした辺りには、 ユノハナガニが集まっていた。 用意した3匹は、 しばらくすると、すべてが、なくなっていて、 アナゴなどの深海生物が持ち去った、 と推定された。
調査を終えた、 しんかい6500は、 バラストを切り離して上昇した。 よこすかの船上で待っていると、 約100メートル 、を先に、 白い船体がぷかりと浮かび上がってくるのが見えた。 クレーンで、 よこすか船の上に引き揚げられた後で、 ハッチを開けて出てきた大西さんは、 出迎えに、 親指を立てるジェスチャーで応えた。 地上に帰還した宇宙飛行士のようだった。 潜航開始から、 7時間が経過していた。
◇狭い船内「暑かった」
下船した3人は、 「 暑さに苦しんだ 」、 と、 声をそろえた。 密閉された空間に、 3人が入るため、 特に、 夏場は、 厳しい環境になる。
水深が、 6500メートルの水温は、 2度未満だが、 今回は、 約800メートルで、 海底でも、 約5度と、 比較的に、 高く、 船内は、 冷えなかったようだ。
耐圧殻内は、 30度近くになっていた、 と、 いい、 大西さんは、 「 海底に着いても、暑いままで、つらかった 」 、 と、振り返った。 飯島さんも、 汗が止まらず、 ずっと、 首にタオルを巻いていた、 という。
ただ、のぞき窓から見えた景色は、 格別だったらしい。 飯島さんは、 「 チムニーは、 年月をかけて成長したみたいで、 例えるなら、 屋久島の縄文杉のようでした 」 、と、 感動した様子。 大西さんも、 「 生物が、 たくさん付着していて、 非常に楽しかった 」 、 と、 笑顔で話した。
この日、よこすかの風呂で大西さんと一緒になった際、 しんかい6500のトイレ事情を聞いてみた。 研究者は、 紙おむつをすることが多いが、 パイロットは、 ほとんど、 着用しないそうだ。 大西さんは、 潜航当日の水分への摂取を控えるが、 前日に飲酒しても、平気だ、 という。
耐圧殻内には、 携帯トイレもあり、研究者は、 それを利用することもある。 田代さんによると、 尿意を催しつつも、 ためらう研究者に、「一緒にどうですか」と差し向けることも、コパイロットの役割なのだという。
パイロットは、 酸素濃度と二酸化炭素濃度も、自分で調節しなければならない。 大西さんは、 「 大きな発見があると、 研究者の息が荒くなって、 酸素が一気に薄くなることもあります 」 、 と、 教えてくれた。
私も、実際に耐圧殻内に入らせてもらった。 上部のハッチから、 はしごで下り、 敷いてあるマットに、 男の3人で、べたっと座ると、 かなり狭くて密着した状態になる。 頭上には、 多くの機器があり、 背筋を伸ばして座ることもままならない。
しんかい6500を操縦するコントローラーは、 ゲーム機のそれのようだった。
マニピュレーターを動かすコントローラーは、 操作が難しそうに見えたが、 案内してくれたパイロットの鈴木啓吾さん(40)によると、 自分の腕の動きと同じように、 マニピュレーターが動くので、使いやすいらしい。
◇「人の目に勝るカメラはない」
これまで、 しんかい6500は、 日本の、 近海だけでなく、 インド洋や大西洋でも、調査を繰り返してきた。
日本海溝では、 東日本大震災でできた亀裂、 ブラジル沖では、 海に沈んだ大陸の痕跡を発見するなど、 地震防災、海洋資源、深海生物の研究で、重要な役割を果たしている。 今回の潜航は、 実に、 1524回目だった。
しかし、最近は、潜航回数が減っている。 10年ほど前までは、 年間に、 60回以上のこともあったが、 近年は、 30回程度。 無人潜水機・探査機の台頭に加え、 研究費の減少が要因だ、 との指摘もある。
田代さんは、 「 これまで、 私たちは、 基礎研究で、 多くの発見をしてきた。 その重要性を多くの人に知ってほしい 」 、 と、 訴える。 大西さんも、 「 今は、 無人探査機もあるが、人の目に勝るカメラはない。 たくさんの研究者に搭乗してもらいたい 」、
と言う。
帰港に向けて、 かじが北に取られる直前、 よこすかを操船していた、 1等航海士の三森靖彦さん(43)が、「見なくていいんですか」、 と声をかけてくれた。 デッキに出ると、輝く夕日を頭に乗せた青ケ島のシルエットが、太平洋に浮かんでいた。
クレーンの運転士や、つり上げ索を着脱する、 スイマーらがいなければ、しんかい6500は、 着水もできない。 最先端の研究現場の、あらゆる所に、人の手が介在していた。
近年に、 商船などでは、 日本人の乗組員が減り、 船乗りの技術継承が危ぶまれている、 と、聞く。 今後の「海洋立国」を支えるのは、 テクノロジーだけでなく、 人間そのものでもある。 そう実感した3日間だった。