【     脳神経ら、 などの、  物理的な、 ものら、
が、   我彼   ワレカレ  の観念系らの、  
 無い  、 場 、 たち   、  に、  おいては、

     存在し得ない  、   という事へ対しては、

      観念系の主らの一定数は、

 『    いや、   そんな筈    ハズ   は、   無い 。
    誰彼の、   脳神経ら、 などは、    
  特定の個人の観念の宛て ・  対象に成っている、
 だけ、  ではなく、
  その他の人々などによっても、 それが在る事が、
  認められ得る宛てのものだ    』   、  
  といったような、   思い構えようらを、
  成り立たせるであろうが、

    その他の人々など、  なる、  者ら、 が、  
 特定の誰彼の、  脳神経ら、 などの、
  在りようら、 を、 認め知る事においては、

  その人々などの、   感ら、 や、
 観念ら、が、  喚起され、   呼び起こされて、
   それらの各々の、   観念な、
 質としての内容を成す、 と、 共に、
  それらの各々の、  その宛てとして、
  脳神経ら、などの、  属性ら、が、
 その観念らの、 質としての内容らにおいて、
 構成されるのであり、

       それは、    観念系らの各々において、
   脳神経ら、 などの、  物理的な、 ものら、も、
   感ら、や、 感ら、からも、成る、
 観念の系ら、の、
  その、 観念な、質としての内容らに、
 含まれもし、  
 観念らの宛居   アテイ ・  対象として、
  観念な、 格付けを成されもして、
   それ自らの成り立ちようらを得てある、
  という事なのである。


    『   我々と、  同じ、  
 質としての内容を成して、   在ったり、
 あり得たりする、   観念系ら、  を、  
  部分的にではあっても、   自らに、
 成したり、   成されたり、しては、  居ない 、
 
  何らかの、 知性めいたものを働かしめ得る、
主ら 、  などには、  

  我々や、 我々の、 脳神経ら、などの、
  物理的な、 ものら、 も、 何も、
  より、 直に、  その精神系めいた場に、
 現し出す形で、  知る事は、 できない    』  、
 のである 。    
   
 
       いずれにせよ、
  日本国民たちは、    より早くに、
日本国民たちの足元の、 地下へ、 より、
どこからでも、 より、 速やかに、 落ちついて、
歩み降りてゆき得る、 避難経路ら、と、
より、 快適に住める、 避難所らとを、
作り拡げてゆく、 公共事業らを成す事により、

 日本の、 財務省の役人ら、と、 与野党の、
主な政治家らとが、

英米のカネ貸しらの主張する事らを、 そのまま、
自らもまた、 オウム返しにして、主張し、
実行もする事において、

  自らへの主の心臓を圧迫する事により、
   一定時間内に、   その内外を循環するべき、
あり得る、   血潮らの量を、  より、  少なくし、
 足らなくもしてしまう事を、 繰り返すがごとく、

    そ日本政府の財政における 、  緊縮   、 を、
繰り返し、 成す事を通して、

  彼らへの、   主  アルジ   の立場にある、
 日本の主権者としての、 日本国民たちへ、

   あり得る、  物価だけではなく、
  その、 あり得る、 労働らへの賃金らの水準へも、    
 より、  押し下げる向きへ、 圧力をかける、
要因らの系である、
デフレ不況性 、を、 押し付け続けて来てある、

 その、 デフレ不況性 、を、 解消し去ってゆく、
と共に、
日本国民たちの防衛性の度合いを、
飛躍的にも高めてゆくべき、
ぎりぎりの状況にも、 ある    。


    地上を襲い、   地上をおおい得る、
 あり得る、  色々な、  災害らへ対して、

 地上に、 避難所らや、 避難経路らを設定して、
日本の主権者たちを、 それらへ誘導する事は、

 人食い鮫   ザメ   どもの住む、   海辺へ、  
人々を誘導する事に類する行為であり、
 
  日本の主権者として、 日本国民たちの一般 、
へ対する、
 個々の日本国民においても、
執事なり、  召し使いなりの立場にある、
公務員などの、 者らにおいても、
成す事が、 許されない 、

   日本国民たちの一般の、  あり得る、 福利ら、を、 より、 能くも、 最大限にも、 成す事を、
約束して、 日本の社会に、 存在し、 存続する事を、 日本国民たちの一般から、 許されてある、
筋合いにある者としての、 義務 、 に、
違反性を成す、 行為であり、

  それが、     作為型では、 無く 、
無知性と痴愚性とにもよる、   不作為型の、
行為であっても、
それへの責めを負うべき、 筋合いを、
 それを成す主   ヌシ   、 らの側に、
 成すものである事に、   変わりは、 無い      】  。


   ☆       複数の 、 務録   ブロク      ≒        blog      、
らへ、    同時に、  記事を発信をしており、
 頂く、 論弁らの、 一つ、一つへの返信は、
出来がたいので、 ご容赦を頂きたい。

  その論弁欄らは、 情報交換の場などとし、
日記代わりにでも、 詩律句を発表する場としても、 好きに、 使われたし。


  ☆      フェイスブック  ;     小平博美さん ;

 知り合いから、 ラインがありました。

『    警察署に通う方から来たメールです。
  必ず、 読んで下さい。
  知らない人が、  路上で、 接近して来て、
 乾燥海産物をおすすめして、
 販売しようとしながら、  一回、 味見をしてとか、
 臭いを嗅いでとか、 言われたら、
 絶対、 絶対、 しないで。

  海産物ではなく
  (    エチル・エーテル    )      、   1種の麻酔薬で、
 臭いを嗅いだら、  意識を失う。

   中国から来た、  新しい犯罪である。
  周囲へ、 広く、 知らせて下さい。

  実際、 事件発生、 臓器売買してるそうです。
 特に、友達や親戚に、是非、 伝えて下さい。

  このメールを受けたけど、
 一人だけで知っているのは、 とても深刻である、
 と、 思って、  送ります。
 周辺の知人達に、巻き込まれないように、
 早く伝えて下さい。   』


    ☆      日本内外史略  06   ;

   ここから、   全知全能な、 神からの、  
  人々が、  守り行うべき、   倫理事ら、を、
 その内容に宿す、   言葉ら、を、
   その、 神から、  授   サズ   けられて、
   人々へ、 触れ回り、
   その言葉らの通りの事ら、を、
  人々へ、 成し行わせるべき、  役目を負った、
 存在である 、

   『   預言者   』  、  である 、
     ムハンマド氏、 の、
  政治家で、  軍人としての能力が発動し始める。


   まずは、   メッカの隊商への妨害だ。

    アラビア半島の西側にあって、
  紅海と、  その西なる向こうの、  
 アフリカ大陸を、  遠く望む位置にある、
 メッカ  、と、
  その北方の、 シリア 、 とを、 つなぐ、
 隊商らの流途を、
 何度も襲撃して、メッカの経済力をすり減らす。


   襲ってきた、メッカの正規軍を迎え撃って、
 見事に撃退する。

    近隣の遊牧民たちを、 次々に服従させ、
 やがて、  ムハンマド氏の威令は、
 アラビア半島の全土に轟く様になる。

   その過程で、  盟友の、 アブー・バクル氏や、
 従兄弟の、  アリー氏も、 大いに合力した。

     632年には、  苦節の10年を経て、
  ムハンマド氏は、   ついに、 メッカへ、
 再び、  入城する。

  自分を追放した町に、 今度は、
征服者として、 舞い戻った。

   メッカの中心にある、無数の偶像らが祭られた、カアバ神殿に入った、  ムハンマド氏は、
  弓を構え、

  『    真理が来た!     真理が来た!   今や、
 暗黒は去った!     』    、  と、 叫びながら、
次々に、 偶像はを射倒した。

   最後に、  神殿の中央におかれた、
  真っ黒な隕石だけが、 残った。

   ムハンマド氏は、
  (    射倒しようの無かった  )     、   それを、
  神である、  アッラーの象徴として、
永遠に残す事にした。

   アラビア半島の全土から、
 色々な部族らが、 メッカへ、 代表を送り、
 ムハンマド氏に、 忠誠を誓った。


   彼は、 北方で、 「  世界大戦  」を続けている、
 東ローマ帝国と、ササン朝の、ペルシアへも、
 使節らを送り、 イスラームへの改宗を勧めたが、

   ササン朝ペルシアへ行った、 使節は、
 『   砂漠の蛮族員が、 何をほざくか    』  、と、
鼻で、 笑われ、  頭に、 砂をかけられて、
舞い戻って来た。

  それを聞いた、ムハンマド氏は、  
喜んで、言った。

 『    ペルシャ王は、   我らへ、
 返礼として、 土を贈った。
 ペルシアの国土が、 我らの物となる証拠だ!   』。


  この、  632年は、
   日本においては、     大和朝廷が、
 犬上御田鍬氏ら、を、唐帝国へ、使いさせしめた、  
 第一回の、  遣唐使、 が、  日本へ戻ってきた、
 年だ。


 それから、2年後に、  彼は、重い病いに掛かり、  晩年に迎えた、 幼な妻の、  アーイシャ夫人の膝で、  死んだ。     634年  、 の、  事だった。


   ヤスリブ   、  という、町は、
こうした経緯を得てから、   メディナ
    (    マディーナ     )   、  と、呼ばれる様に成るが、

  それは、  アラビア語で、
『   預言者の町   』  、  を意味する、

   マディーナ・アン=ナビー
 (    mad?nat an-nab?    )  、 の略だ、 という 。

    預言者な、 ムハンマド氏の墓を持つ、
 預言者へのモスクが、 町の中心にあり、

  マッカ     (   メッカ    )    、と、 併せて、
 『  2聖都   (    アル・ハラマイン    )   』 、
と、称されている。  

  ムハンマド氏が、   634年、 に、  死ぬと、
 大きな問題事が起こった。

   まず、 後継者を、どうするか。
  ムハンマド氏の生前は、
 どんな問題事が起こっても、
  彼が、  「  神の言葉ら   」   、で、 教団を導いた、が、
 彼が世を去った今では、
  「  神の言葉ら   」  、を、  聞く事のができる人は、 いない。

   ムハンマド氏には、 息子もいなかった。

   ファーティマさん、という、娘がおり、
 その婿が、 彼の従兄弟の、 アリー氏だったが、
   
  その、  アリー氏は、 :        『    私は、 まだ若く、
  教祖の後継者にはなれない     』    、 と、
遠慮した。

   話し合いの結果において、
  ムハンマド氏の親友の、アブー・バクル氏が、
 中心となり、
  合議で、 教団を運営していく事になった。

   もう一つの問題事は、 一層、深刻だった。

  アラビア半島の部族らは、
  ムハンマド氏 、 という、  
 特異な、カリスマ性と、 軍事的才能を持つ、
 預言者に従っていたのであり、

  ムハンマド氏が死んだ途端に、  
「   ほな、 知らんわ   」  、  と、  
 一斉に、 離反してしまったのだ。

   (      中には、   この預言者は、もしかしたら、
 死なないのでは、 と、無意識の内に、
期待していた人たちも居て、
 人並みに、  預言者が死んだので、
 その生前の神がかりな事らまでが、
色褪せた様に、 思われたのかも知れない     )    。


   預言者の親類でもある、 アブー・バクル氏を中心とする、 イスラーム教団は、
  生き残りの為に、
アラビア半島の全体を、もう一度、
征服し直す羽目になった。

  この時に、   ハーリド氏、という、武将が、
鬼神のような活躍を繰り広げる。

   ハーリド氏は、   生前のムハンマド氏に、
 「  アッラーの剣  」 、と、  讃えられた名将だ。

    ムハンマド氏より年上だった、
 アブー・バクル氏は、
 わずか2年後に、 病死した。

  次に、 ウマル氏、という、人が、
教団への指導者になった。

 その頃は、  ハーリド氏らの活躍で、
 アラビアの再統一は、ほぼ、 成っていた。

  前線で戦っている、軍団の動きらは、
 メッカに制御しきれなくなってきた。

  彼らは、 その場その場の状況に応じて、
 あるいは、 目先の戦利品らを目指して、
どんどん、戦線を拡大した。

  その結果において、   際限なく、
『    世界大戦    』 を続けていた、
  北の大国の、  ササン朝のペルシア、と、
 東ローマ帝国の国境に、   いきなり、
  砂漠の蜃気楼の彼方から、
  アラブの遊牧員たちが乱入する事になる。

    当時において、  「 世界大戦  」 、 は、
 絶頂を迎えていた。