観念系らの、  こちら側の都合らによらない、
 あちら側による 、 現象ら      2017/  9/6   14:34  ;


【      観念系らへ対する、   外因性らにより、
   呼び起こされて来てあり、
  観念な、 質としての内容を担わされてもある、
感ら、や、
  それらの成り立ちによっても、
呼び起こされる、  感じようら、に、 観ようら、
などは、
ありふれて、 あり得て来てあるが、

  この、 量子ら、の、 もつれ、 を、 利用しての、
実験らにおいて、 明らかに成った事としてある、

    光の速度で進んでも、 行きおおせる事の、
できない、  時間内に、  その距離を、
瞬時に、 超えて、 情報が、 伝わり、

   一対の量子らの、 片方の状態の、 変化や、
改めての、 定まりよう、 が、
残りの片方の状態の、 変化や、 改めての、
定まりよう、 を、 操作して、 成してしまう、
という事においては、

 他の、 観念な、 質としての内容を与えられて、
観念系らの各々に、 現れ出て来てある、 ものら、
に、 含まれる、
法則性 、 という、 ものら、 の、 一定部分と、
つじつまが合わない、 関係性のありようが、
露呈されてしまっている 。


   量子系の情報の伝達の速度が、 光速を超えて、
成されてある事は、

  物質性などの移動の場合とは、 異なる、 とし、

 観念な、 粒子としての振る舞いようらも成し、
観念な、 波としての振る舞いようらも成す、

  光   、   というものでさえ、

 どんなに、 光源を加速されても、
  光らの自然に成して来てある、
 一定な速度を、 超え得ないし、

 他の、   物質性のある物ら等も、
光速を超えない速度でしか、 移動できない、
という事とは、 関わりが、 無い、
と、 主張する、 一定数の科学者ら、 などが、
居るが、

  この実験らの結果の事らが、 示し得てある、
重要な事らの一つ以上は、

  時としての間    マ   、を、 成す事を、 無し 、 に、
直ちに、

  一定以上の距離を超えて、 情報が伝わり、
ある状態を成す、 操作性が、 成され得た、
様 サマ らが、 示されてある事であり、


    その、 一定の距離の存在などを、
  無  ナ  みするかのように、 超えて、
 成される事らが、
 成り立ち果   オオ   せるに至る、  
具体的な、  いきさつ 、 を、 構成する 、
 物事ら 、 が、
  我々の誰彼の許   モト    に  、
 観念な、    質としての内容を与えられて、
現れ出ては、  いない  、   という事だ。


   実験をした主らが、
そうした事らを伏せているのでなければ、そうだ。


    それらの実験らと、その、結果の事ら、が、
成り立ってある事においては、

   一定の距離を、 ものともせずに、 ある、
外因性らによる、 現象ら、が、 示されてあり、

  観念な、 質としての内容を与えられて、 ある、
距離    、 などが、
こちらの外因性らを成してある、 ものら、 なり、
からくりら、なり、 において、

   距離 、 ら、 との、 関係性ら、 を、
物事らに在らしめて来てある、  外因性ら、 に、
よって、 我彼が、 観せられ得て来てあるような、
距離らを占めてゆくようにも、 成される、
物事らの成り立ちようら、や、
時の費やされよう、 などを、 抜きにして、

 より、 直に、   片方の量子の状態への操作 、が、
因としての働きを成して、

  ほぼ、   同時に、   残りの片方のそれへの、
操作を呼び起こす、 結果の現象 、 を、
実験らへの主らへ、 観せる、 因果系 、 を 、
呈し得ても、 ある。


   これらの実験らでの事らを、    喚起し、
呼び起こし得ても、 ある 、   外因性らへの、
向こう側においては 、
   
  観念な、   質としての内容を与えられて 、
現れ出る、 ものら、 からも、 成る、
距離ら、 や、
 それに関わっても、 成り立ち得る、  物事ら、を、   我彼の観念系らへ、
成り現しめ得て来てある、 外因性ら、の、
その、 働きよう、の、 成して来てある、
関係性ら、 などが、 まるで、 無い、
ものら、 であるかのように、
より、 相手に、 されていない、 可能性もある。


    別口の、 外因性らによって、 呼び起こされ、
成り立って来てある、 ものら、 が、
この、 外因性らによる、 現象らにおいては、
より、 欠けて 、 在る。


   外因性らによって、   呼び起こされもして、
成り立って来てある、 世界ら、を、
我々の各々である、 観念らの成り立ち合う系ら、の、 各々と全体とにおいて、
観念な、 質としての内容らを担 ニナ わされて、
構成し得て来てある、 物事ら 、 へ対して、

 その、 外因性らを、 より、 観ないままにする事をも成す事において、

  筋道立てて、    その、 ありようら、や、
あり得ようら、 を、 思い分け、
思い構えて観てゆくと、

 どうしても、 一方では、 成り立ってある様らが、 観察され得てある、 設定ら、が、
別の一方では、 欠けてしまう、
というような事にもなる。


    観念系らの、   こちら側に、 成り立ってある、
観念らの、 秩序性なり、 規定性なり、 に、
合わせて、
外因性らを成して来てある、
観念系らへの、 あちら側に、 あり得るものらが、
在り得てある訳では、 なくて、

   あちら側に、 あり得る、 何彼らによって、
  こちら側に、 観得てある、 何彼らが、
成り立って来てある、 から、 である。


     こちら側の都合らに合わせて、
 あちら側の何彼らが、 成り立って在り得てある、
訳では、 無い 、 から、 だ 。


      いずれにせよ、
    日本国民たちは、     より早くに、
日本国民たちの足元の、 地下へ、 より、
どこからでも、 より、 速やかに、 落ちついて、
歩み降りてゆき得る、 避難経路ら、と、
より、 快適に住める、 避難所らとを、
 作り拡げてゆく、 公共事業らを成す事により、

  日本の、 財務省の役人ら、と、  与野党の、
  主な政治家らとが、

英米のカネ貸しらの主張する事らを、 そのまま、
自らもまた、 オウム返しにして、主張し、
実行もする事において、

  日本政府の財政における 、   緊縮    、 を、
繰り返し、 成す事を通して、

  彼らへの、    主 アルジ の立場にある、
日本の主権者としての日本国民たちへ、

   あり得る、 物価だけではなく、
  その、  あり得る、  労働らへの賃金らの水準へも、  より、 押し下げる向きへ、 圧力をかける、
要因らの系である、
デフレ不況性 、を、 押し付け続けて来てある、

その、 デフレ不況性 、を、 解消し去ってゆく、
と共に、
  日本国民たちの防衛性の度合いを、
 飛躍的にも高めてゆくべき、
ぎりぎりの状況にも、 ある      】 。


   ◇     連れ去るに           浜から沖へ               離岸流

      脇へ泳げば                  ひろえる命・・。


   ☆    水に塩               糖分も欠け              熱を去る

   風も、欠ければ                  沸く、 熱射病・・。


   ☆      複数の 、 務録 ブロク     ≒      blog       、
らへ、同時に、 記事を発信をしており、
頂く、 論弁らの、 一つ、一つへの返信は、
出来がたいので、 ご容赦を頂きたい。

その論弁欄らは、 情報交換の場などとし、
日記代わりにでも、 詩律句を発表する場としても、 好きに、 使われたし。

     ◇      2013年 8月18日 12時26分 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130818-OYT1T00356.htm :

   ◇ ネット論弁群 + 他  :

   @       酸欠     、では、      一言で言うと、
 『    急に、 眠くなる     』    。

  その瞬間は、    ヤバイ、とか、
何とかしなくちゃとか、
余計な事は、 まったく、 考えられない。 :

  素直に、寝たい、 と思う状態。 :


      温泉ポンプの交換工事で、
 地下の、   30m   へ 、  下がって、
   換気していた   、  にも関わらず、
 この状態になった。

   同行の社長に、   往復ビンタをされなければ、
死んでたわ。 :


   @      子供の頃に、 用水路のトンネルへ、
  肝試しで、 入ったりしてた。

危なかった~、   親が怒るのも、無理はない。
大人になって、 解るね。 :

   井戸も、 そうだが、     洞窟や、
防空壕みたいな所とか、
  閉ざされた空間も、 やばい。

    汚泥処理のタンク、とか。

 上部の点検口を開けて、 顔を突っ込んだら、
気を失って、  落下死亡とか、あったよね 。


  @       送風機なんて、    レンタルのニッケンで、
1日に、 800円なのに :


   @       酸欠 、は、   空気が無い訳じゃ無いので、
  普通に、   呼吸できる。

  だから、   怖い。

    ほんの数秒で、
   血中の酸素濃度が低下して、
    ふらぁ~ぼてっ。

   浅い井戸だと、    井戸の上に気流が有れば、
 滅多に、    酸欠には成らないだろうけど、

   土中や井戸の中に、 酸素らと結びつきやすい、
  『    鉄分などが多いと  』  、      酸欠になる。
:

     @        311の地震で、
田舎の井戸の内壁が、  壊れたけど、
大工仕事が好きな親戚らは、    誰も直さず、
業者に依頼してた。

素人が入ると、 危険   、  というのは、
共通認識だった。

酸欠、転落、崩落、etcetc :


    @       長く使っていない井戸だったら、
底に、ヘドロが溜まっている可能性が有り、

   メタン      ≒      
  CH        ≒        炭素 + 水素      、    等、 が、
  発生している、可能性も高い。
:

       火山地帯や、
海水が流れ込でいない地域らなら、
硫化水素の可能性は、 低い。
:

  @        サイロで、 死人がでた事もあったし、
随分前だと、 自衛隊員も、 死んだね。
   酸欠は、    危機感の植え付けがないと、
怖いね 。


   @      マンホールの中とかも、 やばいからな。

よく、ゲームで、   下水道なんかに入るけど、
あれ、 やばいからな。

   空気の流れが、 悪かったら、
酸欠で、   すぐ、 人生が、 終わるから。


   @       酸素の濃度の低い空気を吸うと、 :
肺のガス交換で、
血中の酸素が抜けて、 一瞬で、 酸欠になる。

だから、    息ができる所らが、 ヤバい 。


     @         子供の頃に、
ドライ・アイス
    (      二酸化炭素ら、が、 冷えて、
個体状態に成っている物       )    、を、 水に入れて、

  水面に出来た泡に、    ストローをくっつけて、
中の気体を吸ったら、
一瞬、   目の前が、 真っ暗になって、
倒れそうになったのを思い出した。

  今考えると、 結構、 危なかったな。 :


  【      こういった事例らや、 証言らを集めて、
科学的に検証する手続きを教えながら、

    幼稚園、や、  小学校の低学年の時から、
危険予防学、とでもいった物を、
生徒らに、 自ら構築させ合う、 授業を行う事が、
最も価値のある授業を行い得る事になる。

     日本の主権者である、 日本国民たちの、
命、と、健康性の存続とを前提とする、
福利ら、や、 福利性のある物事ら、を、
より、 能 ヨ くも、 最大限にも、 成すべき、
義務性、が、
日本に在る事を、 日本の主権者たちから、
許されてある、 立場にある、
日本国民ら自らも含む、 者らや、
日本の主権者たちへの執事の役にある者ら、
には、 ある、 のだから、

   可能的な、  実害らを、 より、 未然に、
防ぐ、 手立てな事らや、 それらを成すのに、
必要な知識らは、
地域講習や、 学校教育の場で、 当然に、
日本の主権者たちへ、 より能く、 伝えられねば、
成らない。

   学校徒らを通して、 その身内員らや、
その地域社会員らへ、
 そうした事らが、伝えられもする事は、
 それが、 無い、場合に比べて、

  甚だしく、 効率を良く、 日本国民たちの、
より多くへ、   そうした事らを、
 知らしめ得る事にも、 なる         】 。


     @       鉄腕ダッシュ
  (    、   という、   照演 テレン        ≒
 テレビ 、 番組         )      、   で  、
     古井戸の再生をやってたけど、

  水質とか、 結構と、
 アバウトに濾過されるんだね。
確かに、 昔から使われなくなった、
 古井戸の側では、  遊ぶな、   とか、
言われてるけどね。


   @       知らない人の為に、   豆知識 :
:
  換気が行われてない場所には、
絶対に、近寄ってはならない。


    酸欠は、 見えない分、
めちゃくちゃ危険で、 突然、人が倒れて、
それにつられて、 駆け寄った人も、
酸欠で、 ぶっ倒れる、
という、 連鎖的な反応が起きる。


これで、 今回みたいに、複数の人たちが、
 一気に、  死ぬ事態が起こる。

  酸素が薄そうな場所に入った人が、
突然に倒れたのをみたら、 駆け寄らずに、
すぐに、 救急隊を呼ぼう!

   @       あるいは、    息を止めて、
感電などにも気を付けて、 助ける作業をする 。


    @        硫化水素かな。
井戸とか、 洞道   ホラミチ    、 に入るときは、

  酸素の濃度と、 硫化水素の濃度とを測定しないと、   危ないよ 。


   @         ウチの仕事場でも、
井戸に似たような所を潜るけど、

   なぜか、 高所作業の免許が、 必要。

地下だけど、 高さがあるの
 (    14 m     )      、      と  、
酸素関係が、  ヤバイからって、   理由。

   空気を送るのは、 正解。

 実際に、 それで、  作業してるし 。


  @       鉄腕ダッシュは、 一歩間違ったら、
死ぬ番組だったんじゃ 。

【       番組内で、
 可能的な危険事項らを繰り返し伝える事を、
 していないのなら、   問題だ。

   番組内で行われた事らに類する事らを、
見様見まねでやる人たちも、   必ず、
一定数は、 出る     】    。


   @       自宅の敷地内の井戸なら、
 今までにも、     何度か、 清掃してただろうに、
    なんで、    今回だけは、
こんな事になったんだろうか。


   @        底に溜まった、 枯葉などが腐敗して、
   有毒ガスが溜まってたんだろう。


   @        旦那と息子を無くした、母親が、
可哀想過ぎて、   泣けてくる 。



   ◇        ・・鄭義氏は、  
  中国映画の、   「   古井戸   」 、
の、  原作小説を書いた人物。
  『   食人宴席   』  、  は、
 センセーショナルな本だが、
一応の文化人が、 書いたものだ。

   ポルポトの兵士らは、
 殺した人々の腹を裂き、 内臓を取り出して、
食べていた 、  という。

  広西大虐殺で、
 生きたまま、   はらわたを抜かれた学生・・。

    中学校の庭で行われた、  人肉宴会。
 1968年の、   6月18日には、
 3件の喫人宴会が開かれた、 という。

 その中でも、 有名なのが、武宣中学喰人宴会で、

  撲殺され、 肝は、 薬用として食われた・・。

  殺されたのは、  図工の先生で、
 殺した、学生達が見守る中で、
   そ奴らが、   数人の先生に、  川岸に運ばせた。
  ある生徒が、  包丁を、  先生に渡し、
 肝を取り出すように命令した。

もし、やらなければ、  自分も食われると思った、
 先生達は、 肝を取り出した・・。

  肝以外にも、 肉を取られ、  学校の食堂で、
  7,、 80人、が、 それを食べ、
 革命委員会の自宅で、  4名、が、 食べ、
 学校の廊下でも、  この、人肉を食いちらかした。


   中国には、   「    熟食   (   じゅくしょく   」
、    という、   言葉がある。
  殺した敵兵を意味し、    それが、
 食料  、   も、   意味する。

   兵士たちは、   夜には、   死肉を食らい、
  昼は、  死闘に明け暮れた。

   ある部隊は、   食料を持たず、人肉を食らい、
  または、   塩漬けにして、   携帯した。

    唐の末には、   人肉を蒸して食うのが、
 メインだった 、   という。

  また、肝臓は、 取り出して、
 炒めて食った、  と、  記録されている。

   作家の黄文雄氏や小室直樹氏も、
カニバリズム  (   人食い   )  、 が、
 中国の文化の特徴だ、 と、  述べていた。

  記録が、 いっぱい、 残っているのだ。
正史にさえ、  飢饉の時は、
 共食いが行われたことが、
 百回以上も記録されている。
北京原人の化石にさえ、
骨が焼かれた痕跡があるので、
共食いが、 推測されている。

 
  「   戦国策   」   には、     主君      ≒      
  斉の管公     、    が、
  人の子供の肉は、  食ったことがない 、  と、  
 発言した事を受けて、  
その料理人が、 我が子を蒸して、献じた話もある。

    元代の優れた学者のエッセイに、
  人肉の味は、
 「    小児を以て、  上となし、
 婦女、  これに次ぎ、  男子また、これに次ぐ   」
、   と言って、   人肉料理法をしるしてあり、

   『    人食いは、   人性にもとる、  
  非道な事だ     』   、   と、   締め括ってもいる  。


   宋代の、   「  鶏肋編   」  、  によれば、
  「    子どもの肉は、   骨ごと、 よく煮える、
   女の肉は、  羊よりも、 うまい、
 男の肉は、   たいまつよりは、  
  【     それほどは、   火を使わないでも、  
 何とか、  食べられるので    】    、   まし     」
  、  と、   なっている。

   人肉一般は、    「   両脚羊   」  、  と、 呼ばれ、
  市場で、  売られていた。

    日本のまともな方の人々が、
   人食い文化の中国の者らと親しくやっていくには、   深い河がありそうだ。

ーーーーーーーーーー

    北宋の末期に、    女真族の侵入で、
 飢饉に陥った人々は、    官民を問わずに、
 人肉を食べ始めた。

    范温  、は、     義軍を組織して、戦ったものの、
  破れ、  舟で、    臨安に逃れた。
    彼に付き従う兵士達は
  人肉の乾し肉を携帯していた。

   彼らは、  それを、   両脚羊   (  二本足の羊   )
  、   と、  呼び、
    そのうちでも、    若い女性の肉は 、
 「   不羨羊    」   (     羊より、  美味い     )  、
   子供の肉は 、     「   和骨爛    」    
(     煮れば、    骨まで、  食べられる    )
   、  と、    呼んでいた  。


    元王朝の末期には、    各地で、 叛乱が勃発し、
  食糧難に陥った官軍は、  人肉食に走った。

   最上品は、   子供の肉、とされ、
  次が、  女性。      男の肉は、   最下層だった。

   料理法は、   様々にあり、
  大瓶に放り込んで、   炙  アブ  り焼きにしたり、
 網で、  焼いたり、
さらに、  趣向を凝らして、   熱湯をかけてから、
  竹箒   タケ・ボウキ    で、  皮を、 こそげ落とし、
 肉を切り取って     油炒めにして、
 食べたりなどもした。

   特に、    男の両腿と、   女性の乳房は、
  「   想肉    」  (     懐かしの肉     )    、   と、
 呼ばれて、   珍重されていた。
 あまりの旨さにまた、 食べたくなるからだ、
 と、  述べられている。

   が、     同じ、   人食い仲間に、   自らの身内員らや、   同僚などを仕立てやすくする為に、
   煽る者らも居て、  こう伝えられてある 、
のかも知れない。

   人食いにより、   プリオン病になって、
 更に、 狂ってから、  死んだ者らも出たろう。


   ◇        隋の末期の、  諸葛昴、 と、   高贊は、
 互いに、  富や権勢を誇りあっていた。

  ある日に、  高賛が、  諸葛昴らを宴席に招いた。    
 
   食卓には、   十歳くらいの双生児の煮物が 、

  頭、 手、 脚、 と、   別々の大皿に盛られていた。

   満座の客たちは、   吐き気を押さえるのが 、
 精一杯だった。


   数日後に、   今度は、 諸葛昴が、高賛を招いた。   お気に入りの愛妾を、  高賛に侍らせて 、
 酒をつがせようとしたが、
 彼女が、  訳もなく、 笑ったのを見て、
 叱りつけて、  退がらせた。

  しばらくして、  彼女は、
  胡座   アグラ    をかいたままの姿で、
  蒸し肉   、  にされ、
  特大の銀皿に乗せられて、     再び、
  宴席に、   姿を現せた。

   頬には、   白粉がのせられ、
 あでやかな刺繍入りの衣装を着せられている。

 
   諸葛昴は、   自ら、    彼女の太股の肉をほぐして、    高賛に取り分けた。

   満座の客たちが、     余りな事に、
 卒倒する中で、    諸葛昴 、 は、   平然と、
 彼女の乳房の肉を美味そうに喰った 、    という。