根途記事+論弁群;
海外反応の紹介blog ;
そのblog主;
どうして、 日本の侍らは、 シールド ( 盾 )を使わなかったのか、 という、 疑問に答えた、
2つのビデオらが、話題になっていました。
ひとつ目のビデオでは、
日本の盾は、 時代とともに、
鎧 ヨロイ に組み込まれる形で、
進化していったことを解説、
二つ目のビデオでは、
戦国時代にも、 さまざまな盾らが使用されていた証拠を提示した内容になっています。
サムライらも、実戦で、盾を使用していた、
という、 意外な事実に、
海外からは、 多くの驚きの声らが寄せられていました。
動画主;
・僕は、 大学で、日本の歴史への研究をしてた。
・どうして、 日本人は、 シールド
( 盾 ) を使わなかったか、という、
質問の答えは、 「 使っていた 」 だ。
・画像2:14 ;
縄文時代から弥生時代にかけて、
手持ちシールドが、 一般的だった。
・どうして、 日本人らは、
手持ちシールドを使わなくなったのか。
・戦略に大きな変化をもたらした出来事は、
二度で、あった。
・千4百年代な、 15世紀の、
火縄銃の、 西洋からの、伝来は、有名だ。
日本の銃らの生産量は、
ヨーロッパの全てに匹敵した。
・4百年代な、 5世紀に、
有利な騎兵が登場すると、
歩兵らは、 盾を持つか、 攻撃に特化するか、
を迫られた。
・その後に、 弓に特化したものへと、
鎧が進化したが、
袖の形で、 シールドは残ってる。
・和弓は、 ロングボウ並みに、 強力で、
鎧を貫通したから、
最も強度のある兜と袖で、 防御した。
・今回は、 忍術研究家とのコラボビデオにする。本も送ってくれた。
・弓や槍に特化するために、
シールドが使われなくなった、 というのは、
彼の言う通り。
・ただ、日本刀と盾を同時に使う場面もあった、
ということを指摘したい。
・画像 7:05
・1560年に書かれた、
服部半蔵氏の忍秘伝に、 シールドの記述がある。
・大きさは、 3尺、で、
内側に、持ち手があり、
敵を殴打するためのもので、
金属が使われることもあった。
・画像 6:13
・小笠原、 という、 戦国武将が書いた、
軍法侍要集に、 決定的な証拠がでてくる。
・1600年代に、 20年をかけて、
1500年代の出来事らを記したものだ。
・ろうそくがついて, のぞき窓がある。
袖には、 チェーンメイルがついてる。
・大きくしすぎると、
刀が使いずらい、と、 はっきり書いてある。
・画像 8:16
・これも、 軍法侍要集から。
・接続して、 折りたためるようにする。
1尺 ✖ 5尺 ~ 6尺の大きさ
・非常時には、 切り離して、 両手で使う。
・IN SERCH OF THE NINJA 、 という、
本にもでてくる。
・1584年、に、 徳川家康氏は、
大勢の伊賀の者らを派遣したが、
75名が、途中で撃ち殺された。
・徳川家康氏は、 鉄の盾を装備するように、
言い渡した。
・画像 10:29
・騎乗で使うシールドもでてくる。
・画像 11:46
・近松茂矩氏の忍術伝書にも、
”手盾” 、 という言葉が出てくる。
・弓の飛んでくる方へ前進するために使う。
・クジラの骨や動物の皮を使った、
複雑な構造をしている。
・海外の論弁ら;
@ これは、 知らなかった。
サムライらは、盾を使わなかったのかと思った。
¶ これは、 素晴らしいね。
最初の質問がでてから、本当に、
いろいろと学べて、よかった。
¶ 本当に、いいビデオだ。
肩のシールドは、 絵で知ってたけど、
手持ちシールドを使ってたなんて、知らなかった。
・ 本当に、不思議だ。
日本の博物館で、 鎧は、何度も見てるのに、
シールドを展示してるのを見たことがない。
本に出てくることは、本当っぽいのに。
・ つまり、 このシールドは、
夜襲に使われたってことかな。
警察が使う、暴動用のシールドみたいなもん?
・素晴らしい。このビデオが、
疑問に答えてくれた。
サムライらは、確かに、シールドを使ってたんだね。 騎乗でさえ。 そりゃそうだよね。
シールドは、非常に有用だもの。
¶ シールドを持ったままでは、
槍は使えないって、言ってるけど、
ギリシャ兵が、 まさに、それだよ。
フランスの鎧アーチャーは?
忍者が、 攻撃で、 壁を上ってるときって
言ってたけど、 忍者は、 スパイ活動や、
暗殺だけを行ったと思ったけど。
戦場でも、使われてたの?
¶ ↑君の忍者にたいする考えは、
完全に間違ってるよ。
それを正す事も、ビデオの目的だけどね。
¶ 日本にも、 盾爛灯があったの?
カッコいい。
¶ 四角いシールドを好んでるのが、
本当に興味深い。
何か特別な理由があるのかな?
¶ このシールドが、 実際に使われる様子を
見てみたいな。
¶ だから、 このチャンネルが好きなんだよ。
詳しい人らが、事実らを語ってる。
Google や Wiki を使った、
トップ10みたいなのとは、違うね。
¶ 他の忍術好きを見られて、よかった。
君も、忍術の修行を積んでる?
もしそうなら、誰とやってるの?
¶ 日本で、 盾らが使われなかった理由は、
知ってるよ。
日本刀なら、 バターのように切れるから。
¶ 君のせいで、サムライ好きになってしまった。
日本語論弁群;
@ 母衣衆 ホロシュウ 、 という、
伝令騎兵らの背中の母衣も、
風を受けて、 膨らむと、
背後からの、 矢などらを防ぐ、
シールドになっていたし、
100年も、 戦 イクサ をしていれば、
武具も、防具も、戦術も、色々と発展するわな。
2016/ 8/27 9:29
@ >母衣が守る
ある種のスペースドアーマーだよね
@ 盾が残ってないのは、
その大半が、 竹や木製だから、なんだろうな
盾なんか特に、 「 これ、 まな板にしようぜ! 」 、 等と、 他の物に再利用されたに違いない
@ 刀は、 見た目に反して、 重いから、
手盾の併用は、 ゴリラでもないと、無理だわな
要所で使い分けてたけど、
創作物では、 やっぱり、 いつも、
刀を持たせてた方が、映えるわけで
2016/08/2710:07
@ ※224289
騎馬鉄砲隊ってやつ。
戦国の後期に、 伊達さんちと、
加藤さんちで、 組織。
槍を持った騎馬隊が、 敵陣に、
カチ込みをかける前に、
連中が、ぶっ放して、 陣形を崩すんだと。
効果は高かったけど、
馬を、 鉄砲に慣らすとか、
鉄砲隊に、 更に、 騎乗での訓練させなきゃとか、
とにかく、 金と時間のかかる部隊なんで、
そこまで、広まらなかった。
ヨーロッパでは、 竜騎兵と呼ばれてるけど、
こっちは、 もっぱら撃つ時には、
馬を下りてたらしい。
@ 城攻めなんかじゃ、
竹束 ( 車輪付きのも、あり ) とか、
塹壕を掘って、 土嚢らを積んで、
鉄砲や大鉄砲なんかに対処してたんだし、
集団戦じゃあ、 手持ちの楯なんて、
邪魔になるだけで、 効率が悪かったでしょ。
@ 混戦で、 楯を持って、
片手で、 刀は扱えない。
力積と慣性の法則から、
隙だらけになるし、
相手を切り倒せない。
もっぱら、 突く以外にない。
突いたとしても、
引き戻す力は、必要なので、
両手の方が、 有利であることには、
変わりはない。
乗馬においては、
振り下ろした間にも、
馬で移動しながらなので、
一撃して、 離脱として、 有効だし、
振り下ろした後に、
刀を戻すのにも、 同じ場所に留まっていないので、
相手から、攻撃を受ける隙が小さく、
戻す時間を、あまり考慮せずに、
思いっきり、振り下ろせる。
陣営での防御ではなく、
攻撃に関しては、
日本では、 楯は、 相手の集団まで、
殴り込むまでのモノ。
@ カタパルト ≒ 投石器 、は、
1467 意思、むな、しくなる、の、
1467年、に、始まる、
『 応仁の乱 』 で、 使われたっぽいけど、
平地だからであって、
日本では、 ほとんどが、 山城だったから、
設置も出来ないし、 運搬も出来ないだろ。
その辺まで調べてくれよって言いたい。
@ 南北朝時代なら、 盾を使い、
矢をよけていた。
日本の弓矢の強さは、 半端ない。
盾が無い時は、 死体を担いで、
盾替わりにしている、 昔の絵もあったな
@ 盾の分類に入れていいか、
わからんが、 接近戦の時の、
斬撃を防ぐために、 左腕に、
超頑丈な籠手を装備してた人もいるそうで。
@ 大楯を連環して、 即席に、
突撃を防止する柵として、 うちのとのさんは、
使ってたってさ。
別名 なんこう っていうけど、
藁人形で、 矢を稼いだのや、
糞湯をぶっかけたとかが、有名だけどさ。
@ あっちの刃物は、
日本の感覚でいえば、
斬撃ではなく、 打撃だからなあ
@ 日本にも、 ボウガン ( 弩 ≒ イシユミ 、
ド ) は、 あったし、 使われたよ。
メイスやアックスも使われた
金砕棒 、 という、 バット状のメイスには、
木製の物や、金属製の物があった。
金属製のは、 鬼に金棒の金棒で、 おなじみ。
ハンマーも、 木製の槌があった。
小槌と大槌があり、
戦闘や、門扉への破壊にも使われた
鎖鎌や分銅のような 飛槌もある。
これは、 西洋で言う、
チェーン・ハンマーであり、
モーニングスターのような、
トゲの付いた物もあった。
弁慶どんの七つ道具と言う言葉は、有名だが、
その内容は、あまり知られていない
- 鉄熊手、大槌、大鋸、まさかり、つく棒、
さすまた、そでがらめ、 の、 7つだ。
これらの武器は、 室町から桃山にかけて、
実戦で使われた武器であり
日本には 一般に知られているより、
もっと多様な武器が存在し、使用されていた
2016/ 8/27 11:56
海外反応の紹介blog ;
そのblog主;
どうして、 日本の侍らは、 シールド ( 盾 )を使わなかったのか、 という、 疑問に答えた、
2つのビデオらが、話題になっていました。
ひとつ目のビデオでは、
日本の盾は、 時代とともに、
鎧 ヨロイ に組み込まれる形で、
進化していったことを解説、
二つ目のビデオでは、
戦国時代にも、 さまざまな盾らが使用されていた証拠を提示した内容になっています。
サムライらも、実戦で、盾を使用していた、
という、 意外な事実に、
海外からは、 多くの驚きの声らが寄せられていました。
動画主;
・僕は、 大学で、日本の歴史への研究をしてた。
・どうして、 日本人は、 シールド
( 盾 ) を使わなかったか、という、
質問の答えは、 「 使っていた 」 だ。
・画像2:14 ;
縄文時代から弥生時代にかけて、
手持ちシールドが、 一般的だった。
・どうして、 日本人らは、
手持ちシールドを使わなくなったのか。
・戦略に大きな変化をもたらした出来事は、
二度で、あった。
・千4百年代な、 15世紀の、
火縄銃の、 西洋からの、伝来は、有名だ。
日本の銃らの生産量は、
ヨーロッパの全てに匹敵した。
・4百年代な、 5世紀に、
有利な騎兵が登場すると、
歩兵らは、 盾を持つか、 攻撃に特化するか、
を迫られた。
・その後に、 弓に特化したものへと、
鎧が進化したが、
袖の形で、 シールドは残ってる。
・和弓は、 ロングボウ並みに、 強力で、
鎧を貫通したから、
最も強度のある兜と袖で、 防御した。
・今回は、 忍術研究家とのコラボビデオにする。本も送ってくれた。
・弓や槍に特化するために、
シールドが使われなくなった、 というのは、
彼の言う通り。
・ただ、日本刀と盾を同時に使う場面もあった、
ということを指摘したい。
・画像 7:05
・1560年に書かれた、
服部半蔵氏の忍秘伝に、 シールドの記述がある。
・大きさは、 3尺、で、
内側に、持ち手があり、
敵を殴打するためのもので、
金属が使われることもあった。
・画像 6:13
・小笠原、 という、 戦国武将が書いた、
軍法侍要集に、 決定的な証拠がでてくる。
・1600年代に、 20年をかけて、
1500年代の出来事らを記したものだ。
・ろうそくがついて, のぞき窓がある。
袖には、 チェーンメイルがついてる。
・大きくしすぎると、
刀が使いずらい、と、 はっきり書いてある。
・画像 8:16
・これも、 軍法侍要集から。
・接続して、 折りたためるようにする。
1尺 ✖ 5尺 ~ 6尺の大きさ
・非常時には、 切り離して、 両手で使う。
・IN SERCH OF THE NINJA 、 という、
本にもでてくる。
・1584年、に、 徳川家康氏は、
大勢の伊賀の者らを派遣したが、
75名が、途中で撃ち殺された。
・徳川家康氏は、 鉄の盾を装備するように、
言い渡した。
・画像 10:29
・騎乗で使うシールドもでてくる。
・画像 11:46
・近松茂矩氏の忍術伝書にも、
”手盾” 、 という言葉が出てくる。
・弓の飛んでくる方へ前進するために使う。
・クジラの骨や動物の皮を使った、
複雑な構造をしている。
・海外の論弁ら;
@ これは、 知らなかった。
サムライらは、盾を使わなかったのかと思った。
¶ これは、 素晴らしいね。
最初の質問がでてから、本当に、
いろいろと学べて、よかった。
¶ 本当に、いいビデオだ。
肩のシールドは、 絵で知ってたけど、
手持ちシールドを使ってたなんて、知らなかった。
・ 本当に、不思議だ。
日本の博物館で、 鎧は、何度も見てるのに、
シールドを展示してるのを見たことがない。
本に出てくることは、本当っぽいのに。
・ つまり、 このシールドは、
夜襲に使われたってことかな。
警察が使う、暴動用のシールドみたいなもん?
・素晴らしい。このビデオが、
疑問に答えてくれた。
サムライらは、確かに、シールドを使ってたんだね。 騎乗でさえ。 そりゃそうだよね。
シールドは、非常に有用だもの。
¶ シールドを持ったままでは、
槍は使えないって、言ってるけど、
ギリシャ兵が、 まさに、それだよ。
フランスの鎧アーチャーは?
忍者が、 攻撃で、 壁を上ってるときって
言ってたけど、 忍者は、 スパイ活動や、
暗殺だけを行ったと思ったけど。
戦場でも、使われてたの?
¶ ↑君の忍者にたいする考えは、
完全に間違ってるよ。
それを正す事も、ビデオの目的だけどね。
¶ 日本にも、 盾爛灯があったの?
カッコいい。
¶ 四角いシールドを好んでるのが、
本当に興味深い。
何か特別な理由があるのかな?
¶ このシールドが、 実際に使われる様子を
見てみたいな。
¶ だから、 このチャンネルが好きなんだよ。
詳しい人らが、事実らを語ってる。
Google や Wiki を使った、
トップ10みたいなのとは、違うね。
¶ 他の忍術好きを見られて、よかった。
君も、忍術の修行を積んでる?
もしそうなら、誰とやってるの?
¶ 日本で、 盾らが使われなかった理由は、
知ってるよ。
日本刀なら、 バターのように切れるから。
¶ 君のせいで、サムライ好きになってしまった。
日本語論弁群;
@ 母衣衆 ホロシュウ 、 という、
伝令騎兵らの背中の母衣も、
風を受けて、 膨らむと、
背後からの、 矢などらを防ぐ、
シールドになっていたし、
100年も、 戦 イクサ をしていれば、
武具も、防具も、戦術も、色々と発展するわな。
2016/ 8/27 9:29
@ >母衣が守る
ある種のスペースドアーマーだよね
@ 盾が残ってないのは、
その大半が、 竹や木製だから、なんだろうな
盾なんか特に、 「 これ、 まな板にしようぜ! 」 、 等と、 他の物に再利用されたに違いない
@ 刀は、 見た目に反して、 重いから、
手盾の併用は、 ゴリラでもないと、無理だわな
要所で使い分けてたけど、
創作物では、 やっぱり、 いつも、
刀を持たせてた方が、映えるわけで
2016/08/2710:07
@ ※224289
騎馬鉄砲隊ってやつ。
戦国の後期に、 伊達さんちと、
加藤さんちで、 組織。
槍を持った騎馬隊が、 敵陣に、
カチ込みをかける前に、
連中が、ぶっ放して、 陣形を崩すんだと。
効果は高かったけど、
馬を、 鉄砲に慣らすとか、
鉄砲隊に、 更に、 騎乗での訓練させなきゃとか、
とにかく、 金と時間のかかる部隊なんで、
そこまで、広まらなかった。
ヨーロッパでは、 竜騎兵と呼ばれてるけど、
こっちは、 もっぱら撃つ時には、
馬を下りてたらしい。
@ 城攻めなんかじゃ、
竹束 ( 車輪付きのも、あり ) とか、
塹壕を掘って、 土嚢らを積んで、
鉄砲や大鉄砲なんかに対処してたんだし、
集団戦じゃあ、 手持ちの楯なんて、
邪魔になるだけで、 効率が悪かったでしょ。
@ 混戦で、 楯を持って、
片手で、 刀は扱えない。
力積と慣性の法則から、
隙だらけになるし、
相手を切り倒せない。
もっぱら、 突く以外にない。
突いたとしても、
引き戻す力は、必要なので、
両手の方が、 有利であることには、
変わりはない。
乗馬においては、
振り下ろした間にも、
馬で移動しながらなので、
一撃して、 離脱として、 有効だし、
振り下ろした後に、
刀を戻すのにも、 同じ場所に留まっていないので、
相手から、攻撃を受ける隙が小さく、
戻す時間を、あまり考慮せずに、
思いっきり、振り下ろせる。
陣営での防御ではなく、
攻撃に関しては、
日本では、 楯は、 相手の集団まで、
殴り込むまでのモノ。
@ カタパルト ≒ 投石器 、は、
1467 意思、むな、しくなる、の、
1467年、に、始まる、
『 応仁の乱 』 で、 使われたっぽいけど、
平地だからであって、
日本では、 ほとんどが、 山城だったから、
設置も出来ないし、 運搬も出来ないだろ。
その辺まで調べてくれよって言いたい。
@ 南北朝時代なら、 盾を使い、
矢をよけていた。
日本の弓矢の強さは、 半端ない。
盾が無い時は、 死体を担いで、
盾替わりにしている、 昔の絵もあったな
@ 盾の分類に入れていいか、
わからんが、 接近戦の時の、
斬撃を防ぐために、 左腕に、
超頑丈な籠手を装備してた人もいるそうで。
@ 大楯を連環して、 即席に、
突撃を防止する柵として、 うちのとのさんは、
使ってたってさ。
別名 なんこう っていうけど、
藁人形で、 矢を稼いだのや、
糞湯をぶっかけたとかが、有名だけどさ。
@ あっちの刃物は、
日本の感覚でいえば、
斬撃ではなく、 打撃だからなあ
@ 日本にも、 ボウガン ( 弩 ≒ イシユミ 、
ド ) は、 あったし、 使われたよ。
メイスやアックスも使われた
金砕棒 、 という、 バット状のメイスには、
木製の物や、金属製の物があった。
金属製のは、 鬼に金棒の金棒で、 おなじみ。
ハンマーも、 木製の槌があった。
小槌と大槌があり、
戦闘や、門扉への破壊にも使われた
鎖鎌や分銅のような 飛槌もある。
これは、 西洋で言う、
チェーン・ハンマーであり、
モーニングスターのような、
トゲの付いた物もあった。
弁慶どんの七つ道具と言う言葉は、有名だが、
その内容は、あまり知られていない
- 鉄熊手、大槌、大鋸、まさかり、つく棒、
さすまた、そでがらめ、 の、 7つだ。
これらの武器は、 室町から桃山にかけて、
実戦で使われた武器であり
日本には 一般に知られているより、
もっと多様な武器が存在し、使用されていた
2016/ 8/27 11:56