☆ 中国の裁判所は、「党の番人」?

昨年の8月に、 「五壮士」の生き残りの2人の子息の2人が、
洪氏を、名誉毀損で訴えた。
    北京市は、 西城区人民法院(裁判所、一審)は、
   6月27日に、 洪氏の敗訴とし、
ウェブサイトおよびマスメディアでの、
原告への謝罪を命じた (INYT)。

中国の国営の、新華社通信は、
「五壮士」の名声と名誉を汚した、との判決が、
洪氏に下された、と伝えた。

洪氏は、「五壮士」の話の信ぴょう性を否定しようとして、「不確かな憶測、根拠のない疑い、
そればかりか、根拠のない結論」を記事で発表した、と判決された。    
   この2記事は、ネット上で拡散し、読者を惑わせた、と、裁判所が、声明で述べたそうだ。

裁判所が、洪氏に公の場で原告に謝罪させる裏には、広く世間に対して、自分の記事は間違いだった、と、告知させる意図があるのだろう。

   裁判所が、判決や声明で明らかにした見解からは、中国の裁判所が、法の番人というより、党の番人というべき存在であることがうかがえる。

 裁判所は
、ウェブサイトで公表した声明で、
「狼牙山五壮士」は、
「中国国民の魂の重要な要素」だと述べている(AFP)。

     INYTによると、  
判決では、
 「 狼牙山五壮士に示されている国民感情、歴史の記憶、国民精神は、
現代中国の社会主義者の核心的価値の、
重要な源であり、構成要素である 」、
「 ゆえに、記事は、
中国国民の精神的価値をも損なうものである 」、
とされた。

 また 、声明で、
これらの記事は、
原告の感情ばかりでなく、  
中国国民の国家的アイデンティティー意識をも害する内容を含んでいた、とされた ( 新華社 )。

    これらの裁判所の言説の中に出てくる、
「中国国民」は、
実際の国民というより、
シナの共産党が、
そうあれと期待し、
プロパガンダを通じて、強制するところの国民像だ。
 裁判所は、 声明で、
洪氏は、 1人の中国国民として、
彼らの英雄的イメージと精神的価値を傷つけるような真似をするべきではなかった、と語ったという(AFP)。

   ◆学問の自由よりも、党の利益が優先?

   洪氏の4人の弁護団の1人は、
「 これは、明らかに、政治的圧力の下で実施された政治裁判だ 」 、  
「 ことは、言論の自由、学問の自由に関するものだが、  
裁判所は、 それを退ける判決をした。  
これは、 当局(党)に自信が欠けていることを示している 」、と、 INYTに語っている。

   この裁判の裁判官らの1人は、  
「 言論の自由には、限度がないわけではない。  
他者の法的権利を侵害しないことを前提として保護されるべきだ 」 、と述べた ( 新華社 )。

    岡山大学の日本近代史を専門とする姜克実教授は、  
INYTの電話インタビューで、  
「 この判決が意味するのは、
学問がいままさに抑圧されているということだ 」、  「 中国における学問の自由は、
つまるところ、 国家と党のプロパガンダの利益を邪魔するものであってはならないということだ 」、  「 もし、それをやると、洪氏のような目に遭う 」、と語っている。

  なお、 姜教授は、  日本で発見した複数の記録らに基づくと、  
狼牙山での「五壮士」との戦闘で死んだ日本人兵士は、いなかった、と、 INYTに語っている。        
   党公式の説明では、  
日本側に多数の死者が出たことになっており、  
その食い違いを証明したのだ。

  ◆習政権下で厳しさを増す中国の言論状況

    洪氏は、 INYTに、判決の結果は意外ではなかった、と語っている。      
   政治傾向が左寄りになっているのを、ずっと、目の当たりにしているからだ、という。      
   中国の場合は、左派は、党への支持があつく、
国家主義的傾向が強い。

      AFPは、   中国政府が、 言論の自由の制限をさらに厳しくしている時であると、  
判決の背景を説明している。        
 また、 中国は、  2013年に、
習近平国家主席が就任して以来、  
言論の自由とジャーナリズムに、かつてない厳しい制限を課している、と語っている。

  また、 AFPは、  中国共産党は、
自らの支配に対する、いかなる反対も許さず、  
新聞、ウェブサイト、放送メディアは、厳格に統制されている、と、中国の言論状況を伝えている。

(※)法政大学国際日本学研究所客員学術研究員などを務める及川淳子氏が、  
2009年に、
日本大学大学院総合社会情報研究科在籍中に、
同科紀要に発表した論文「現代中国の言論空間 ―雑誌『炎黄春秋』をめぐる政治力学―」による。

NewSphere 2016年7月1日(田所秀徳)
http://newsphere.jp/world-report/20160701-1/    


  @    毛沢東氏は、  訪中した日本の政治家が、 過去の侵略について謝罪すると     ≒      日本国民らは、   国際法の規定事項らの通りに、 犯罪者のシナ人らを懲罰する、 戦争行為らを合法に成していた事は、  
東京裁判においてすら認定され得ている事であり、   日本国民らの執事の役にある、日本の政治家や役人らと報道機関員ら等は、、その事実を隠蔽して、
「いや、日本軍閥にむしろ感謝したい踏まえた行為らを成す義務があり、    義務に違反した者らは、
当然に、処罰され、 日本や海外の一般社会らから隔離されるべきだ   、が   、  

彼らが、 中国を広く占領していなかったら、
「 われわれは、 現在も、まだ、
山の中にいたでしょう 」、と述べた。 [1,p346]

 中国共産党(中共)軍は、  
 1936年でもある、 昭和11年の、10月に、  
  蒋介石を指導者とする、
国民政府軍に追われて、  
1万キロ以上も敗走し、  
ようやく、 中国の西北部の、
黄土高原の延安に逃げ込んだ。

    「長征」と美化するが、  
実態は、 大敗走である。        

  「山の中」とは、この延安の事だろう。      
  日本軍が侵入して来なかったら、  
中共軍は、
圧倒的な国民政府軍の攻勢に、
延安に閉じこもる山賊程度の存在に過ぎなかったろう。

 もっとも、毛沢東氏のこの言葉には、  
日本への素直な感謝というより、  
「してやったり」という自慢が多分に含まれていると感ずる。        
  日本を、日中戦争に引きずりこみ、  
蒋介石の国民政府軍と戦わせて、  
「漁夫の利」を得る、
という、 シナリオを書いたのは、  
資料らによる裏付けからしても、  
ソ連のスターリンだったが、      

   それを主役として演じたのが、  
毛沢東氏であった。          
     この実績と、
党内の競争相手らを、冷酷な手段で、次々に
蹴落としていったことで、
 毛沢東氏は、 中国共産党の主席の地位を獲
得したのである。      
最近のベストセラーの、『マオ』には、  
その過程事項らが活写されている。