自回答の引っ越し保管と改訂;

bobokura_masakazuさん

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無色透明って実際何色なんでしょうか?ガラスって無色透明ですよね?
でもガラスって透き通っているから向こう側から色んな色が反射して見えて最終的に「無色」じゃなくなりますよね?
だからガラスの向こう側にある物質という物質をとっぱらって完全に「無」にしたら、「無色」は色として見えるのでしょうか?

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2009/11/14 00:33

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bergflatさん

掛け値無しの全き透明というものは、 我々が、移動する経験を通して、空間というものについての認識の脈塊を茂らせてゆくに当たり、 観念上に存在させる事になる、観念的な設定存在です。
日常生活で、透明な、と形容される具体的な物らは、 ガラス製の金魚鉢であれ何であれ、 その物体の向こう側が透けて見える所のある物である、といった具合の物らで、
単に透明性が多少なりともある、といったものでしかない物らですが、
透明さそのものは、 我々の移動経験かそれに類似する経験(;全く身動きのできないままの人が、見える目であちこちを見回す、等とといった事でもよい)に基づく、観念上の設定存在であり、

我々の環境世界を立体的に思い構えて観る上で、 我々が、自他双方の移動による、諸々の色彩明暗の変化の諸相への諸認識と我々の移動経験上のその他の諸認識とを脈付けてしまうと共に、 知らず知らずのうちに、観念的に設定される事になる存在である、と思われ、

我々が、無自覚なまま、(あるいは、記憶定着化されない形で、何らかの自覚認識めいたものを伴いつつ、) 空間の観念を成り立たせる際に、 そこで、 自他の移動などによる色彩明暗の変化の諸相への諸認識が加味される事により、
そこに観念的に設定されるに至る存在であり、
空間性への認識の脈塊らと密接な関係を持っている観念上の存在である、と思われる。

透明さそのものは、色彩明暗の諸々のいずれかでは無く、 色彩明暗の変化の諸相への諸認識と空間性への認識の脈塊らとの相互浸透的な綜合関係の下に、それ自らの成り立ちを得る、観念的な設定存在である、と思われる。

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2009/11/17 03:26(編集あり)

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質問した人からのお礼

すごいとしか言いようがない。
ありがとうございました。