(補訂:2020年5月9日)
2011年3月1日に千葉県松戸市へ引っ越した僕が、その10日後に遭遇した東日本大震災。
母が秋田出身ということもあり、少なからず東北へ思い入れがある僕でしたが、未曽有の被害を目の前にしてできることはあまりにも少なくて。
ただ強く思ったのは、「東北を旅したい」ということ。
2012年に松戸からいわき、そして磐越東線を経由して郡山から東北線で戻るという18きっぷの旅をしたのが、震災後最初の東北への旅。
その次は2014年夏。しかもまさかのライブ遠征笑
2014年8月24日、仙台のゼビオアリーナで行われた乃木坂46のライブに行くための旅となりました。
行きは時間に余裕があったので18きっぷを使い、帰りは新幹線で帰ることに。
千葉から仙台へ在来線で行くルートとしては東北線か常磐線があるわけですが、震災による原発事故の影響で常磐線は不通。現状ではルート選択の余地はありません。
しかし途中の郡山までは、東北線、水戸経由の水郡線、いわき経由の磐越東線とルートを選ぶことができます。
この時は水郡線が未乗車だったのでちょうどいい機会と思い、水郡線で郡山まで向かい、北上することにしました。
というわけでおはようございます。
みんな大好き2階建てグリーン車の誰もいない1階で、眠気に身を任せるべるしぃさんがそこにいました。
早朝に最寄り駅を発って茨城の県都・水戸には午前7時頃とかなり早い時間に到着。
以前乗車した磐越東線に負けず劣らず、水郡線もなかなかのローカル線。路線を全通する列車はそう多くないので、早めの出立となりました。
ところでキハE130系の行先表示って、「常陸大子」と「郡山」と2つ併記するんですね。
そういえば、水郡線のホームにいたら見慣れない色の列車が来たので驚いて見に行ってみたのですが、偶然にも485系「リゾートエクスプレスゆう」に初遭遇しました!
キハ110系がキハE130系に置き換わって久しい水郡線。カラフルな車体の列車は、久慈川に沿って平野から山あいへと進んでいきます。
途中、常陸大子(ひたちだいご)駅で少し長めに停車するとのことなので、ちょっと駅の外へ出てみることにしました。
駅舎はお洒落な昭和モダンの時代を感じる木造駅舎でしたが、この後2016年に改装され、より木目調を強めたレトロチックな駅舎になりました。
また駅前には、この路線で使用されていたC12型蒸気機関車も保存されており、昔から現在まで変わらぬ水郡線の要衝駅としての存在感をより際立たせています。
また、この駅ではホーローの駅名板を見かけたり、隣接する水郡線の拠点・水郡線営業所には転車台もまだ残っていて、この駅自体が昭和の鉄道風景を残す場所として観光資源になりうるのでは…などと思いました。
実際、この乗車の前後に高崎からC61を借りてSLを運転してたことがあったので、継続されていけば万年最下位という悲しい結果ばかりの茨城の魅力度向上にも繋がるような気がします…笑
(ちなみにべるしぃさん茨城めちゃくちゃ好きですし、茨城県内は割とくまなく回ってます。チバラキ民なので)
それにしても列車に3時間乗るというのは慣れていましたが、意外とキハE130系の座席って固くて長時間座るのしんどいんですよね…
そんなこんなで、郡山へ到着しました。ここからは順当に東北線で北へ向かいます。
クロスシート(2人掛)・ボックスシート(4人掛)至上主義の鉄ヲタにすこぶる不評な701系に乗車。個人的には701系嫌いじゃないですよ。
そして福島でE721系に乗り換えて仙台へ。
これも椅子固いやつ、、、
と思いきや、ちょっと途中の白石駅で降りてみることにしました。
なぜ降りたかというと、列車が白石行だったというのもあるのですが、単に乃木坂46のメンバーである白石麻衣さんと同じ名前の駅だからですw
(ちなみに駅・地名は「しろいし」、乃木坂は「しらいし」で読みは違いますが)
ライブに行く前に気勢を上げようというだけで途中下車しました。
仙台方面からの一部列車が折り返していくこともあって、列車本数も白石駅から増え、仙台都市圏に入ったことを感じさせます。
そんな白石駅を回ってみると、駅舎のある下りホームの傍に、レンガ造りの倉庫を発見しました。
レンガと言えば明治時代。おそらくは開業当初から使われている、築100年レベルの代物というのはパッと見ですぐわかります。
調べてみると、「れんがの油庫」という鉄道関連物のギャラリーとして使われているようなのですが、この日は開いておらず、外見を眺めるのみとなりました。
ちなみに油とはランプなどに使う灯火用の油のことで、建物や通路など人が居る場所だけでなく、鉄道黎明期には信号機でも電気の代わりに使われていたそうです。(ランプの灯を光源にして赤や緑の色付きレンズを光らせていた)
実は明治期に建設された鉄道路線にはこういうレンガ造りの建築物は意外と残っていて、パッと思い出せるところですと東海道線の藤枝駅(静岡県)とか、武豊線の半田駅(愛知県)などにもありますね。
時間もあまりないので、次の仙台行きの701系に乗って、今度は仙台のちょい手前の名取駅で再び途中下車。
ここから仙台空港アクセス線に乗り換えて、仙台空港を目指します!
この2つの写真はどちらも仙台行ですが、左が福島から乗ったJRのE721系の別バージョン、E721系500番台。右が仙台空港鉄道所有のSAT721系。両社は共通で運用されており、荷物置き場など空港輸送に重点を置いた車両となっています。
名取から10分ほどで、仙台空港駅に到着しました。
需要に合わせたコンパクトな感じの駅になってますが、仙台空港の出発ロビーに平面で直結しているので、利便性はめちゃくちゃ高い印象でした。
全体的な位置をつかむために地上へ降りて写真を撮ったのですけれど…
震災時の津波の高さを示す案内がエスカレーターに張り出されていました。
この高さでも、津波のエネルギーにさらされればひとたまりもないでしょうね…
仙台空港の中に入ってみると、さすがに3年も経ったので、一見すると爪痕は無いように感じられました。
テレビの映像で見ましたが、右写真の1階なんて完全に津波で浸ったはずですが、職員・スタッフの皆さんの不断の努力があったことと思います。
また、この時は震災に関するパネル展示などもありました。
屋上のデッキに上がれるということで、ちょっと行ってみました。ちょうどスカイマーク機が着陸するところも撮影成功。
あの海の向こうから津波が押し寄せてきたわけですね…。実際ここで海を見ると、とてもそんな津波が起こったとは思えないような穏やかさでしたが、逆にそれがあの時の記憶とのギャップを生んで、怖さが生まれました。
帰り際、「鉄道むすめ」のうちわを配っていたので、すかさず頂戴しましたw
せっかくなので、仙台空港でキーホルダーを1つ購入。まあ小さなお金でも、何かしら落として行かないことにはな、なんて思った次第で。
というわけで、色々寄り道をしながらも仙台に到着し、長町のゼビオアリーナで乃木坂46のライブを見てきました。
正直なところライブは座席の位置とセトリの微妙さであんまり印象に残っていません。
しかしながら、震災から3年が経ってようやく東北の地を本格的に踏んだこと、あの時の震災を改めて肌で感じたこと、そして自分のルーツの1つである東北をまたこうして訪れることができたこと、そういうもののほうが気持ちとして大きかったです。
そしてこの日の時点で、すでに1か月後に東北へ再びやってくることは決定していたのでした。
それはまた別のお話。
■この日のツイートはこちら→2014年8月24日

















































































