お城巡りに行ったはずなのに…
何がお墓参りだよ…と石を投げつけられそうですが(苦笑)
怒らずにとりあえず読んで下さいね。。。
今回の旅行の1番の目的は、
関ヶ原へ行って大谷吉継のお墓参りに行く事でした。
小学6年生の時に大谷吉継の事を知って以来、
何時かは訪れてみたいと思っていました。
あれから30年近く経ってやっと念願が叶いました。
夕方5時前に関ヶ原古戦場に到着。
この辺りは最大の激戦地です。
石田三成の陣跡です。
これから大谷吉継のお墓に向かう。
まずは私が尊敬する1人、平塚因幡守為広の碑。
道路沿いにあるのですぐに見つかりました。
しばしの間、この碑の前で手を合わせる。
剛勇の名を轟かせていた平塚為広は、
合戦当日は病身の大谷吉継に代わり、戸田重政と共に大谷隊を指揮したとも。。。
裏切った小早川隊相手に奮戦するも、脇坂隊など4隊の裏切りにあい、
覚悟を決めると、討ち取った首級とともに
辞世の句を
『名のために 棄つる命は 惜しからじ 終にとまらぬ 浮世と思へば』
大谷吉継へ送りつけ敵兵の中に突撃し壮絶な討死を遂げる。。。
少勢で多勢に果敢に立ち向かい、
戦場の露と消えた平塚為広…同じ男として何か惹かれるものがあります。。。
いよいよ、大谷吉継のお墓に向かう。
ベルさん専用タントを道路脇に停めて、山道を標識に従って入って行く。
曇っていたせいもあり、かなり薄暗い異様な雰囲気の森の中を一人で歩く。
岡山県民随一のビビりを自負する私は、
少しの音にもビビりまくりながら早足で歩く。
ビビりながら歩く事5分ほどで、お墓に到着。
大谷吉継のお墓は、
腹心、湯浅五助のお墓と寄り添うように建っていました。
きれいなお花が供えてあり、辺りには少しお線香のにおいもしていました。
ここでも長い時間、手を合わせる。
湯浅五助のお墓。
大谷吉継に最後まで付き従い、介錯を務めた側近中の側近。
主君の首を埋め終わった時に東軍の藤堂高刑に見つかるも、
自分の首と引き換えに口止めを願い、
また藤堂高刑も徳川家康に問われても場所を明かさなかったという。
主君の代わりに自分の首を差し出した湯浅五助。。。
湯浅五助との約束を守った藤堂高刑。。。
2人とも素晴らしい武将です。。。
大谷刑部少輔吉継のお墓。
病身を押して関ヶ原へ出陣して、
石田三成との友情に殉じた名将。
裏切り、傍観があった関ヶ原合戦の中、
東軍や裏切り部隊と死力を尽くして戦った大谷吉継。
決して逃げる事なく最期まで戦い抜き、
西軍の負けが決定的になると自害し果てた。
大谷吉継の辞世の句です。
『契りあれば 六つの衢に 待てしばし 遅れ先立つ ことはありとも』
平塚為広の辞世の句に応えて贈った返歌です。
男として、かなり惹かれるものがあります。
大谷吉継の人気が高いのも、分かる気がしますね。
帰りの車までの山道ですが、
さらに薄暗くなり不気味な雰囲気に…
何かしていないと怖いので、お友達へのメールを打ちながら歩く。
でも、何かの音がするとビビりまくりながら歩いていました(苦笑)
何とか車まで到着。
これから岡山までの長~い家路に。。。
次回は「名古屋城編」の予定です。




