「恥の文化」はしかし、この国にやはり根付いている。
最近では、頭を下げて謝ることがはやっている。セレモニーだ。
「多くの方々にご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」、と。
迷惑をかけなければ良いのだろうか。
誰かが知らなければ、謝らなくとも済むのだろうか。
ここでは、自分がしたこと、しなかったことの問題はない。
罪の概念が全くない。誰かが見た、知った、聞いたという恥のレベルですべてが片付けられようとしている。
この罪の意識がない限り、頭を下げて謝るセレモニーはわが国からなくならない。
あるとき、電車の椅子の上でピョンピョン飛び跳ねる子どもがいた。
わたしはそれを見ていた、この母親はこの子をどうするのだろうかと?
母親はその子に注意をした。「おじさんにしかられるから止めなさい」。
「ナンダト・・・・」と心の中で思った。
問題は他人の目なのだ。椅子がどうなるかという問題ではない。
そういう注意しかできない親がいることにわたしはその日グレタ。
写真:OCN サンプル
