わたしたちは他人を裁き、批判して生きようとする。
ある人が、自分の親は町の誰かのことを茶請けにして、
朝から晩まで批判するのが日課だった、という。
その町では、だれかれの足の指の数まで知られているという。
そのような人は神の前で弁解の余地はない。
他人を裁きながら、実は自分をその罪に定めているのだ。
よく考えてみれば、人は同じようなことをしている。
他人を裁きながら、実は大差ないことをしているのだ。
だから、裁くことよりも愛することを大切にしよう。
たとえそれで噛み付いてきたとしても。
愛することは借りを作らない。
敵を愛することはできそうもない。
しかし、一緒にいることはなんとかできそうだ。
一緒にいる、それが愛することの始まり。
写真:T.I 清里町 サクラマス
